2018年10月20日

(証し)私がなぜ国会議員になれたのか?! 家庭連合が世界で最高!! <文総裁との縁>忠清圏大会で



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先日、清心ワールドセンターで行われた
2018 神韓国 和合統一 第3地区 希望前進決意大会で
韓国の国会議員が祝辞を述べました。
素晴らしい証しで、参加した食口たちがとても感動したそうです。

韓日家庭の姉妹が送ってくれた訳をもとに
編集したものをご紹介します。


私は、国会議員になる前には、
大宇(デウ)重工業 昌原(チャンウォン)工場で
30年間、超精密分野の仕事をしました。

私は小学校しか出ていません。
中学校と高等学校は通うことが出来なかったし、
大学は考えも及びませんでした。

ところでどうして国会議員になったのでしょうか?
実は、私は文鮮明総裁とはとても若い時からの縁があるのです。


私は1976年に大宇重工業に掃除夫として入りました。
母が早く亡くなりまして、(それまでは)
幼い妹を背負って乞食のような生活をするしかありませんでした。

食べて暮らすのが大変で、正門前で
乞食が来たと警備に怒られている時、
ちょうど会社に来た車に乗っていた社長が、
「かわいそうだから面倒をみてやれ」と言いました。

私は掃除夫として入り、一生懸命、庭を掃き、雑草を取りました。

会社は防衛産業なのですが、品物を作ると、
その材料を会社の近所にあった統一重工業に運びます。
私達の会社とは何百メーター程しか離れていません。
私は材料を積んで運ぶ仕事をしました。


ある時、統一重工業に行った時、ちょうど黒い乗用車何台かが入って来ました。
警備がどけと声を上げました。
私は荷車を止めて、端に立っていました。

ところである方が一番最後に降りて、行かれながら振り返って見られ、
「こちらに来なさい」と言われました。
私はその方が誰かも知りませんでした。

そして、その方が私に
「何の仕事をしに来たのだ」と尋ねられました。

「材料を積んで 統一重工業に納めに来ました」

「お前を見ると瞳がとてもキラキラして立派な仕事をしそうだ。
会社でどんな仕事をしているのだ?」

「超精密分野で仕事をしています」

「その分野でお前は必ず一人者になるだろう。
最善を尽くして、目標を第一において頑張りなさい。
お前の夢は叶うだろう」

とお話してくださいました。


その方が後に知る事になりましたが、文鮮明総裁でした。

私は本当に最善をつくしましたし、生命を賭けました。

そして我が国で最初に超精密分野の国家品質名匠として選抜され、
そうして私は大統領が守護する名匠の1号証を受けたのです。


その後、歳月が流れました。

文鮮明総裁が『平和を愛する世界人として』という本を出版されました。
私は名匠になり、その方のみ言を守りました。

もしかしてお会いすることが出来るかと思い、
私はカンナムに有る大きな建物で開かれる出版記念会行事へ訪ねて行きました。

招待状がなかったために、そのままこっそり入りました。
そして入り口にある席にそのまま座りました。
ところがその席の主が来て、どけと言いました。
仕方なく、立ちました。

その日は席に座った人だけご飯をくれるということで、
もしかして自分もご飯を食べれるかと空席を探してみましたが
盛況でどこにも空席が有りませんでした。

ところでその行事で文総裁はご高齢にも関わらず、
2時間、み言を語られました。


終わって手を振られ出られ、文総裁様が私の横を通りすぎる時、
お姿を拝見しました。

総裁は、振り返えられて私を見て手招きされました。
「おい!来たのか!」
「はい、名匠になりました」

「そうなるとわかっていた。
あんたの夢は何だ?
その夢は必ずかなう。
その大きい夢は絶対にかなうから
その時まで最善をつくせ。

私の本の中に、どんな状況ででも打ち勝つ方法が有る。
その本を見て、頂上に立つ時まで最善を尽くせ」

とみ言を語られました。

そして自叙伝をくださったのですが、
その本は皆さんが持っていない、
とても大きなサイズでした。


私はその「夢」というのが、何であるかが良くわかりませんでした。
しかし、ここに来てみると、
その夢が何であるかを知る事が出来ます。

この場におられる内外貴賓の皆様!
そして大韓民国国民の皆様!

(文総裁は)本当に辛く難しい仕事をしてこられました。
疎外を受ける人達を結婚させてあげ、
勉強もさせてあげ、その途方もない仕事をなされながら、
「平和を愛する世界人」'として一緒に行こうと語られ、
ゴルバチョフに共産党を捨てるようにされた文鮮明総裁。

世界平和統一家庭連合、ここがすなわち世界で最高である、
まさに正しい宗教がここだという事実を
私は、良くわかっています。

この場に参加された方達は、
イスラム教、モルモン教、韓国仏教、太古宗、 大倧ヘ、 儒教等
10を越える宗教が全て集いました。

彼らが愚か者ですか?
違います。


愛と家庭を中心として語られた文鮮明総裁様が
私達にその希望を残して、霊界に行かれました。

総裁様が逝かれて、この場(ワールドセンター)で行事をされる時、
私はもう一度参加しました(天宙聖和式)。

真のお母様が、この場で涙を流されながら
み言を語られるのを見ました。

実に独生女(独り娘)であるその方が、
仕事を本当に良くされておられます。
皆様、祝福の大きな拍手を、一緒に
(韓総裁に)お贈り致しましょう。

その方をどうして独生女と言われるのか、
私は今になってようやくわかりました。

皆様、手に手を取らねばなりません。
そして大韓民国の為に祈祷をしなければなりません。
世界平和の為に祈祷をしなければなりません。
私も祈祷を致します。

本当に良くこの場にお越しになりました。
これで本日の祝辞に代えさせて頂きます。
皆様本当にありがとうございました。

編集・文責 ten1ko2


この方は、小学校しか出ていないし、
仕事も最初は掃除夫という、
決して将来を嘱望する立場ではありませんでした。
(お父様に会った時にはすでに超精密分野の仕事をしていたということですが。)

しかしお父様との出会いにより、
人生は大きく変わりました。

お父様はこの方に、夢を与えました。
それが大きな目標となり、希望になり、力になったことでしょう。
そのみ言を信じて、一心に守っていかれました。

証しでは具体的に書かれてはいないのですが、
2回目にお父様から自叙伝をもらって
「頂上に立つ時まで最善を尽くせ」と
激励されたことで、国会議員になられたのかもしれません。

また、私が思うには、
この方の精神というか、
熱心に働く気持ちとともに、
与えられた環境に不平不満を持たず、
感謝する気持ちがあったからこそ、
今の立場があられるのではないかと思います。

真の父母様と正しい出会いをすることで、
正しい人生を送ることができるのだ、
そのことを教えていただきました。

奇しくも「教育部長の講義日記」で
同じ題材を取り上げています
君の目を見ると、輝いている




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posted by ten1ko2 at 08:31 | Comment(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月19日

子供に教えようとしてはいけない?! 愛情を伝える教育 《家庭力up↑講座》



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久しぶりになりますが、
多田先生の「家庭力アップ講座」
から、紹介します。


「家庭力アップ講座」に参加した母親の体験談です。

「2日間の家庭力アップ講座に参加した時のことですが、
1日目の朝に家を出る時、小学校1年生の娘が
『母さん、どこへ行くの?』と聞いてきました。

随分私が出かけるのを嫌がっているようでした。
まるで今日はどこにも行かないでほしいとでもいう感じでした。

2日目の講座に出かけようとしたとき、
娘は『母さん、またどこへ行くの』と聞いて来ました。

私は、講座で学んでいたので
『講座の先生が言ってたんだけどね、
親の愛が子供に届いていないんだって。
だから、母さんの愛情が
あなたに届くようにするため勉強に行くんだよ』と言いました。

すると娘は
『そうだよ母さん。その通りだよ。
しっかりと学んできてね』と言って私を送り出してくれました」

小さな子供であっても親の心を良く理解しているのですね。

どうしたら、親の愛が子供に届くのかをしっかりと学び、
「真の愛」を身につけることが出来る良いチャンスです。



子供の心が「育つ」教育

学校では、算数や国語、理科などを「教える」ことが中心であり、
家庭では、子供が「育つ」環境を
どうやってつくるかということが中心になります。

明確に分けることは出来ませんが、
「教える」責任は学校にあり、
子供が「育つ」責任は家庭にあるわけです。

親は子供に比べて、経験や知識、失敗談、
成功例をたくさんもっているので、
どうしても「教えなければいけない」と思いがちです。

子供の「育つ」環境づくりは後回しになり、
子供に「教える」ことが中心になってしまうのです。

今までは、教える教育になる、傾向性があったようです。

すると、子供は「何でも教えてもらおうとする」
癖がつきやすくなるようです。
そして、依頼心が出てきてしまうのです。
ですから教えることで、考える力がつきにくくなるわけです。


ですから、家庭の責任は、
「子供が正しく育つ環境をつくるところにある」ことになります。

親が子供に「教える」という観点に立った場合、中心は親になります。
教えている側の親の心が満たされることが多いものです。

しかし、子供に教えようとするので、
子供がそのことが理解できないでいると、
いらいらして「分かったの? 聞いているの!」
と怒ってしまうことも多いでしょう。


それに対して、子供が「育つ」という観点に立てば中心は子供になります。
家庭での親の生き方が子供の育つ環境を作ることになります。

子供は、親の後ろ姿を見て育つとよく言います。
実際、農家や商家などのように、家庭で親の働く姿を
見て育った子供のほうが、そうでない子供より、よく育つ場合が多いのです。

子供がよく「育つ」には、子供の心が愛情で満たされなければなりません。
ひたむきに生きる親の姿を通して、子供は親の愛を感じ取っていくのです。

理想家庭を目指して一生懸命歩む親の姿、親の努力自体が子育てです。
子供の心が育つのは、家庭を理想家庭にするために
親が一生懸命努力することではないでしょうか。


そのためには「愛情の伝え方」を学ぶ必要があります。

ですから、「教える」ことももちろん必要ですが、
ややもすると、相手の行動だけを変えようとしてしまいます。

学校や塾に行かない子供を無理に行かそうとしたり、
勉強をせずにテレビやゲームばかりをしている子供を
勉強するようにさせようとしたり、
相手の行動を変えさせようとすることが多くなります。

しかしそのように、行動を変えさせようとすると、
相手はなかなか思うように行動してくれないのです。

そんな時、子供に対して悪い印象が
親の中に植え付けられてしまいます。


父と子の例を一つ紹介します。

「息子が中学生のときでした。
たびたび勉強せずに遊んでいたので、
『テレビやゲームばかりやっていて勉強しないと、
駄目な人間になるぞ。
親の気持ちが分からないのか』と怒ったのです。

すると息子が、『お父さんは自己満足で、怒っているだろう』
と言い返しました。

『親を馬鹿にしているのか』と声を荒げると、
息子は『お父さんは怒ったから気が済んだだろう。
怒られた僕の気持ちはどうなるの』と言うのです。

そのときはすぐには、子供が言ったことが理解出来ませんでした。
あとでじっくり考えたとき、息子の言うとおり
「自己満足」だったと悟りました。

子供は、親の動機をよく感じているのだと分かりました」


また、講座でのある感想には、

「本当に自分が行動してきた事が、
いかに相手に対して愛が届いていなかったか、
押しつけであったか、
また自己満足であったかをよくよくわかりました」

というのがありました。

親は自分の気持ちをぶつけただけであって、
子供に何のよい影響も与えなかったのです。
「教える」ことは、意外にも自己満足に陥りやすいのです。


子供は、親の動機を見抜く天才です。
どんな素晴らしいことを親が話したとしても
本当に子供を信頼していなければ、
すぐに見抜いてしまうのです。

私たち親は、よく「お前のことが心配だから怒っているのだ」
とか子供に強く言いますが、
親から「心配だ」と言われると子供の多くは「自分のことを信じていない」
という親からのメッセージとしてとらえてしまいます。

親の心を子供は、鋭く見抜いてしまうことが多いのです。

多田聡夫先生〜家庭力アップ講座〜
第1章 序論より



小学1年生の女の子の言葉、
ドキッとさせられますね。
うちの子供たちに聞いたら何て答えるかな、
今度試しに聞いてみようかな、思わされました。

先日、ある1800双の大先輩から、
こんな証しを聞いたことがあります。

「妻がアメリカで活動している時、
ある36家庭のサモニムが語られたみ言で、
とても印象に残っている言葉があるんです。

それは、
『子供さんたちと
なんでも話せる関係をもたないといけないよ』」

この先輩は、いろんな食口たちと会う度に
いつもこの話をするそうです。

「家庭は愛の学校」
教えることよりも
愛することを先立たせていきたいです。





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2018年10月18日

お金は役に立たない! 霊界でこれがないと大変なものとは?! 《浅川先生》



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浅川先生の講話
「霊界を知らなければならない理由」
から続編です。



霊界での真の愛の力

さて、霊界に行って、何が一番生活のために必要なのでしょうか。

この世で一番大切なものとは何でしょうか。
衣食住が重要ですが、お金がなければ、この世では生活することができません。

お金がなければ、食べ物を買うことができません。
着物一着買うことができませんし、
ましてや大きなお金がなければ良い住居に住むことはできません。

そのため人は出世しようとし、良い会社に入って、多くの給与を得ようとします。
その意味では、この世ではお金というものが重要な要素を担っています。


では、霊界ではお金は役に立つのでしょうか。
食べたい物、着たい物、住みたい家、
それはお金で得ることができるのでしょうか。

ここが重要なのです。
霊界ではお金は全く役に立ちません。

お金があっても食べ物の一つも手に入らず、
服の一着も手に入れることができません。
車も買うことができません。
ましてや住居などは造ることもできません。

では、何があったら食べ物を手に入れることができ、
何があったら着る物を手に入れることができ、
何があったら良い住居に住むことができるのでしょうか。


このお金に代わる大切なものとは何でしょうか。
それが真実の愛というものなのです。
真実の愛がお金に代わるのです。

(まこと)の愛だけが食べ物を得る力になります。
真の愛が服を作る力になります。
真の愛が住居を得る力になるのです。
実に霊界は、真の愛がすべての力になるのです。

ここであえて「真」の愛と言っているのは、
霊界に行って「役に立たない愛」と、
「役に立つ愛」の二つがあるからです。

世の多くの人は「人を愛した」とも言い、
「愛し合った」とも言います。

愛し合えば霊界に行って、それが役に立つのでしょうか。
立ちません。
愛すればいいというものではないのです。

真の愛でなければ、霊界に行っては着物一着も手に入らないのです。


では真の愛とはいったい何でしょうか。
人のために尽くす、与えるということは、どちらも愛ですが、
「真」がつくかつかないかで違いがあります。

尽くしたことを忘れ切る愛を真の愛と言います。
しかし、尽くしたことをしっかり記憶しながら見返りを要求し、
尽くしたことを強調し、見返りがなければ怨(うら)みに変わってしまう、
愛しながら怨みに変わる、愛しながら憎しみに転換していく、
このような愛は真の愛ではありません。

お金で言えば偽札(にせさつ)なのです。
偽札も本物の札も形は似ていますが、
一方は物を買うことができ、一方はそれを使えば犯罪になります。
だましたことになります。

偽の愛と真の愛。
真実その人の幸せだけを考え、
尽くしながら忘れていくこの愛を、真の愛といいます。

この真の愛だけが物を生み出し、食べる物を得させ、
生活の最高の力になるのです。

その意味においては、霊界の生活を深く考えるならば、
この世で生活しながら、真の愛を体得する、
真の愛を実践するためにお金を使い、知識を使い、技術を使い、
自分の命と生涯を真の愛の実践につなぐことが大事です。

真の愛が自分自身の「心根」になっていくことが霊界を見据えた、
天国に行くための人生であると考えられるのです。

浅川 勇男・著
(光言社・刊『幸・不幸と霊界の仕組み』より)
第一章 霊界を知らなければならない理由
 


私たちはとかく目に見えない物より、
目に見える物を追及してしまいがちです。
それでも愛が重要であることは知っています。

イエス様は「神の国と神の義を求めよ」
そのように語られました。

すなわち神様を求める生活をしなければならないし、
神様が与えてくださった愛、
すなわち、真の愛を実践する生活を
何よりも心掛けないといけないと思います。






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posted by ten1ko2 at 07:30 | Comment(0) | 霊界 霊人と共に歩む生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする