2011年04月27日

「今日の私の救世主になって下さりありがとうございます」世界会長から岩手の食口へ


5vdyc[1]iwatesikku.jpg
文先生の元に行かれた岩手のメンバーたち


先週の4月17日、岩手教区のメンバーが
アメリカの地で、文先生と出会いの場を持ちました。

世界会長のツイッターでは、以下のように記述されています。

今日(4月17日)の私の救世主は、
今回の津波被害の中でも
真の父母様へ自分達のりりしい姿をお見せする、
こちらに訪ねてきた岩手県、
日本食口達でした。
今日の私の救世主になって下さりありがとうございます。

文先生は、2日前の4月15日に
岩手教区のメンバーが訪ねてこられることを知りました。
「 いつ来るんだ。あとどれくらいで来るんだ」
と側近の方に何度も何度も尋ねられたそうです。

岩手のメンバーの中には、
津波で家が流された方もいたといいます。
そんな状況の中でありながら、
真のお父様を慕い、訪ねてこられました。

文亨進世界会長も
「今日の私の救世主」
と語っておられますように、
文先生の心もどれほど癒されていかれたでしょうか。
地震と津波の被害を受けて、
苦しい状況の中を過ごしている日本食口に
思いを馳せておられる先生の元を
直接元気な姿を見せられたのです。

nardo.jpg


教会長は、ナルドの香油の話をして
解説してくださいました。

マグラダのマリアは、高価な香油を
イエス様の足に自分の髪でぬぐったといいます。
300デナリという量をすべて使ってしまったので、
弟子もその行為を見て止めさせようとしましたが、
イエス様はこう語られました。

この人のするままにさせておきなさい。
わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから

300デナリというのは、
当時の労働者1年分の賃金に値するといいます。
それだけの価値を持ったものを
イエス様にすべて捧げたのです。

自分の事情を越えて、
アメリカに行かれた岩手のメンバーは、
精一杯の真心を捧げていかれたので、
まさにマグダラのマリアのような姿だったというのです。

この日に、文先生は、ヨーロッパ行きを決められました。
4月17日というのは、
76年前である1935年のこの日、
イエス様が文先生に霊的に現れて
「私の使命を果たして欲しい」
と願われて、先生ご自身が、再臨主としての道を
決意していかれた記念すべき日です。

そんな歴史的な日に、特別な出来事があったのです。
偶然とはいえない、そんな思いにさせられます。

そして、翌日の18日
講演文を何度も訓読され、
一度も席を立たれることなく、
しかも水を一滴も飲まれることなく、
12時間もみ言葉を語りつづけられたといいます。

岩手の食口たちと真の父母様の精誠、
その土台で、今回のヨーロッパ大会があると思わされます。

応援のクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村



posted by ten1ko2 at 08:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 震災・食口の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月26日

世界巡回に込められる文先生の精誠


securedownload世界巡回.jpg
訓読会中の文先生


今回、第1次世界巡回として、
ヨーロッパを訪問されておられる文先生。
かつて120ヶ国の巡回をされたときのことが
思い浮かんできました。

以前、韓国の協会長をしておられた
黄善祚(ファンソンジョ)会長が、
この時のことを語られた時がありました。

「神様の理想家庭と平和理想世界王国」というみ言葉を持って、
文先生は、2005年9月から世界巡回に出発されました。
世界120カ国でみ言葉を語られたのですが、
この時は、1日に1カ国ずつ、回られたのです。
出発する前に、先生は
「私は再び漢南洞(ハンナムドン)に帰ってこられるだろうか」
と言われていたそうです。
数え年で86歳の老人が毎日1カ国120日間世界を回るというのは、
簡単なことでないのは、皆さんも想像できると思います。
すなわち、死を覚悟して出発された文先生であった、ということです。
そして見事に120カ国講演を勝利されました。
韓国に帰国された次の日、幹部達を漢南洞に呼ばれて
「この講演文が私の遺言である」
と語られたのでした。

そのように命がけで120カ国巡回を終えられ、
「これが私の遺言…」とまで言われた文先生でしたが、
2005年12月27日、「韓国歓迎大会」が行われる中で、
集まった5万人の人達に向かって
「次に御母様が180カ国巡回講演をするように」と指示されたのです。
それで韓鶴子女史とお子様方が2006年3月から、
今度は世界180カ都市の巡回大会に出発されました。

そして、勝利の土台によって、お孫様までもが
40ヵ国480都市の巡回をされるようになり、
アメリカの聖職者たち120人が120カ国1万4400都市大会を行い、
更に超宗教圏の平和大使1200人が120カ国14万4000都市巡回大会を行いました。
その後、超国家圏平和大使12000人が120カ国144万都市大会を行いました。

この12000人には、私たち教会のメンバーも含まれていましたから、
覚えておられる方も多いかと思います。

実は、この期間、文先生は何をしておられたのでしょうか。
自分の妻や子供、孫が訓読をしている期間、
さらには、平和大使や信徒たちが、講演をしている時、
ご自身も講演文の原稿を訓読されていました。
しかも、1日に5回以上訓読していたというのです。
すなわち1年2カ月の間に、約2000回以上このみ言を訓読された、
ということになります。
ここまで来ると、人間業ではありません。

そのような過程を通して、2006年11月15日、
巨文島(コムンド)の小さな旅館の部屋で
「神様の理想家庭と平和理想世界王国」のみ言葉を
「平和のメッセージ1号完成」とサインをされたのです。

一つのみ言葉を神様に奉献するために、
どれだけの精誠が込められているか、
この平和メッセージ完成の背景だけ見ても
十分過ぎるほど、わかるかと思います。

今回、語っておられる
「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」のみ言葉。
これを確立するためにも多くの精誠が込められ、
さらに今回の大会期間中においても、
何度も訓読されながら、
本番に臨んでいかれる文先生であると思います。

応援のクリックを!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村



posted by ten1ko2 at 07:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界巡回路程2011 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月25日

世界巡回に命がけで臨まれる文鮮明先生

8fyxk[1].jpg



世界巡回路程を出発された文先生ご夫妻。
昨日は、韓国の仁川において大会をされました。

語られたみ言葉は、約1時間半であったそうです。
「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」
の御言葉だけを訓読されるならば、
もっと短い時間で終わるのですが、
訓読した箇所を解説されながら、時間が延長しました。

時には、横道にそれて、いつ戻って来られるのかな。。。
なんて思ってしまうくらい、
長く御言葉を語られる時もあったりします。

91歳の文先生が、1時間半訓読するのは、
簡単なことではないと思います。
しかも、椅子に座っているのではなく、
壇上で立っておられて、御言葉を訓読されるのです。

91歳という年齢だけではなく、
2年半前に、ヘリコプター事故に遭われ、
足がさらに悪くなっておられます。
肉体の限界を越えて語っておられるのです。

それでも何故、訓読する御言葉以外に、
長い間、他の話をされながら、
壇上に立たれるのでしょうか。

人類の真の父母として来られた文先生において、
直接、御言葉を語る機会は、もう限られています。
さらに、今回の大会に初めて参加する方もいるでしょう。
一生に一度の限られた時間の中での出会いかも知れません。

真の父母として、たった一度の出会いを大切にされるため、
文先生は力の限り、御言葉を語り続けられるのだと思います。
それが、親としての愛の表現であるのです。

ヨーロッパにも、これから何度行くことが出来るでしょうか。
そういう意味では、たった一度の出会いをかけて、
愛の限りを尽くして出発される今回の世界巡回であると思います。

そして、ヨーロッパでのスケジュールも
91歳では考えられないものであり、
まさに命がけであると言えるでしょう。

先生を慕う弟子として、
いや父母として慕う、子供として、
この精神を相続していかないといけないと
改めて思わされています。


応援のクリックを!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村

posted by ten1ko2 at 10:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界巡回路程2011 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする