2011年04月09日

「そこの美人の奥さん!」文先生との出会い


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先日、文先生との一対一の出会いをした
婦人の証しを掲載しました。↓
(「 あなたは強い女だね」麗水での文先生との出会い)

証し会にいなかった婦人たちに、話しをすると
「いい出会いがありましたね」で終わりません。
そんな言葉を言うや否や、
だいたい次のような答えが返ってきます。

「私の時は・・・」

すなわち、文先生が主催された修練会に参加した時、
自分も文先生と一対一の出会いがあったことを
話し始めるのです。
これは、青年で教会に導かれた私のような年代の者より、
結婚した後に、教会に来られた婦人たちに多い現象です。
婦人たちは、本当に純粋だなぁと思わされます。

そんな証しのひとつを、今回は掲載したいと思います。

文先生が1994年に主催された
女性指導者修練会に参加したときのこと。
文先生が突然のように、
「そこの美人の奥さん」
と声をかけられたのです。
先生の眼差しがこちらに向かっているのがわかったそうです。
さほど、近い場所に座っていたわけではないのに、
婦人の方を見ておられたのです。

前に座っている人たちも、どんな美人がいるのかと、
みんな後ろに顔を向けて、その婦人の顔を見るのですが
そのまま、前を向いてしまったそうです。

文先生は、婦人のどこを見て、「美人」と言われたのでしょうか。
婦人の心を見られて、「美人」と言われたのです。
心が本当に美しいというのです。

その婦人は、教会に導かれてから、ご主人を導き、
そのあとは、娘と息子を導きました。
氏族にも統一教会を証し、今も氏族伝道にまい進しています。
祈りと奉仕の生活を心がけ、教会でも模範的な歩みをされ、
「お母さん」として慕われています。

それでも、「こんなに足りない自分が」という思いを持ちつつ、
謙虚な姿で、文先生の元に行かれたのです。

私たちはとかく外見で人を判断しがちですが、
人間の本質的な部分は、外見ではなく、中身です。
その人がどんな心持ちをしているのか、
もちろん、表情で判断できる部分もありますが、
人生をどんな風に生きたのか、
さらには、神様の前に清く純粋に歩む姿こそが、
「美しい」「美人だ」ということになるのだと思います。

文先生には、それがわかるのです。
ですから、その婦人は、文先生から直接「美人だ」
と言われたわけですから、これ以上の讃美はないでしょう。

感じるのか、悟るのか、教えられるのか・・・
心情世界を見つめる文先生の奥深さは計り知れません。


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posted by ten1ko2 at 09:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする