2011年04月12日

留学70周年記念大会(2)〜日本を誰よりも愛された文先生〜

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式典の中で、「早稲田留学時代」という映像が流れました。
日帝時代でありながら、あえて日本に来られて、
勉学に勤しみながら、真理を探究された文先生。
さらには、日本で労働生活をされながら、
日本を愛する条件を立てようとされました。

映像の中で、昔の写真を織り交ぜながら、
文先生が早稲田留学時代に関して話されている
み言葉を朗読しているところがあります。
何度も読んでいる箇所ですが、
記念の大会で聞いて、改めて感動しました。
一部、掲載したいと思います。


ある休みの日なんかには、
川崎に航空会社があって、よく行ったもんだよ。
そこへ行ったら、硫酸タンクがある。
みんな、労働者がそのタンクの中に入って、
砂のセメントでもって、浄化するために、
原料をずっと降ろしていく。
そして、それが何年、何十年とすると
みんな使えなくなっちゃう。
その中に砂が入って、硫酸が染み込まないんだ。
そうすると、みんな切り替えなくっちゃならない。
タンクの中に入って、15分以上そこで働くことが出来ない。
先生は金がないから、そんなことやるんじゃないよ。
誰よりも私は日本を愛するんだという条件を立たそう。
まぁ、そういうことを考えたんだなぁ。

飢えた友達に会えば、
先生は食べるものをあげたし、
飢えた苦学生に会えば、
抱きしめて、つうごくしました。
彼らに食物がないときには、
食物をあげるために、
学生服を脱ぎ、埠頭で労働をし、
石炭の運搬をしました。
先生はそのような若い同志たちを愛するために、
戦ってきたということを
皆さんは知らなければなりません。



早稲田留学時代、日本を愛された文先生。
そして今もなお変わらずに、日本を愛する文先生は、
まさに、日本の守り神であるというほかありません。


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posted by ten1ko2 at 07:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする