2011年04月14日

傲慢不遜?!神を解放する道を行かれた文先生


CHRIST BEFORE PILATE .jpg


私が2度目の拉致監禁をされたとき、
牧師がこのようなことを言っていました。

すなわち、
「文鮮明は傲慢不遜である。
なぜなら彼は、
『神を解放しなければならない』
と言っている。
神様は永遠・不変・絶対であり、
栄光の神様であるので、
『解放する』なんておかしい」
と言ったのです。

かつてイエス様が十字架につきました。
その原因は何でしょうか。
次のような聖句があります。

「あなたは神の子キリストなのかどうか、
生ける神に誓ってわれわれに答えよ」。
イエスは彼に言われた、
「あなたの言うとおりである。
しかし、わたしは言っておく。
あなたがたは、間もなく、
人の子が力ある者の右に座し、
天の雲に乗って来るのを見るであろう」。
すると、大祭司はその衣を引き裂いて言った、
「彼は神を汚した。
どうしてこれ以上、証人の必要があろう。
あなたがたは今このけがし言を聞いた。
あなたがたの意見はどうか」。
すると、彼らは答えて言った、
「彼は死に当るものだ」。

マタイによる福音書第26章64節〜66節


2000年前、神の子であると宣言されたイエス様。
当時は、自分が神の子であると表現することが
神を冒涜する行為でありました。

しかし、イエス様は真なる神の子であったのです。
当時のユダヤ教徒たちは、
イエス様の真実の姿がわからなかったのです。

文先生が「神様を解放する」
と語られたことに対する批判も、
2000年前と同じなのではないでしょうか。

子供である人間が、堕落して以来
苦しみを負って生きている姿を見て、
人間以上に苦しみ悲しんでいるのが、
親である神様であり、
その神様を慰めるために歩んでこられたのが、
文鮮明先生の生涯であります。
ですから、神様に親孝行する意味で、
「神様を解放する」と語られたのです。

文先生のこの言葉は、
傲慢ゆえの発言ではなく、
神の息子として自然に出た表現なのです。

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posted by ten1ko2 at 08:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする