2011年04月23日

尊敬する人に似るのが信仰の道だとしたら、反対牧師は?!〜神様を解放する道(6)〜


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ひとつの結論を出したいと思います。

人は誰しも、尊敬する人がいるとするなら、
その人の生き方を学び、
かつ相続したいと思い、
その人の人格に似たいと思うのです。

イエス様を慕い求める、クリスチャン、
とりわけ牧師と呼ばれる方においては、
なおのこと、イエス様の教えを相続しているはずです。

しかし、統一教会に反対する牧師においては、
本当にイエス様の教えを受け継いでいると言えるでしょうか。

有名な聖句を載せます。

「『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、
あなたがたの聞いているところである。
しかし、わたしはあなたがたに言う。
敵を愛し、迫害する者のために祈れ。」
(マタイによる福音書第5章43節から44節)

イエス様はこのような生き方に徹しました。
イエス様の教えを相続しているならば、
反対牧師の方々も、
このように生きるべきなのではないでしょうか。

反対牧師は、拉致監禁をして、
統一教会信者を脱会させます。
統一教会の信仰を捨てさせる時に
「あなたは、騙されていたんですよ」
といいながら、『ウソ』を並べ立てていきます。
「騙された!」となれば、
「よくも騙したな!」となり、
その腹いせに、「青春を返せ」となるわけです。

このときに恨みを持って、
統一教会を訴える元信者がどれほど多いことか。

あえて、「統一教会に恨みを持ちなさい」
と言っているわけではなかったとしても、
恨みを持たせたままにするというのは、
おかしいのではないでしょうか。

たとえ、脱会させるにせよ、
イエス様の仲保者として、
「今まで騙されていたとしても
恨んではいけませんよ」
このように脱会した信者に
教育を施すべきなのではないでしょうか。

恨みを持つこと自体、
反対牧師の心の中に
統一教会に特別な思いがあるという
そのことを証明しているのではないでしょうか。

ですから、イエス様の教えに反する
拉致監禁の行為は、行ってはならないということ
そのことを改めて訴えたいと思います。

それでも、拉致監禁を続けているとするなら、
その人は、牧師という肩書きをはずすべきである、
と言わざるを得ないのです。



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posted by ten1ko2 at 09:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする