2011年06月27日

文先生の前で紹介された「火事で4名の子女を失った夫婦の苦悩からの勝利」の証し


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☆今村さんの証を聞かれる文先生☆


世界会長のツイッターによれば、

在韓日本7000名宣教師代表の江利川会長が手紙で送られた今村さんの証しを訓読会で真の父母様に読んで差し上げました。
ケイコさんは2002年火災で四名の子供を失いましたが、その暗黒のような絶望の中でどうやって伝道を通して再び信仰を取り戻したのかを証しました。
再び本当に心情が大変なとき、真の父母様億万歳の讃美でどのように勝ち取ったかを証されました。
今村さん〜真の父母様が証しを聞かれました〜もう心を落ち着かせてください。
メッセージをくださった江利川会長様に感謝します。
チャンプモニム・オンマンセ


Tomy4509さんが『今村さんの証し』として記事を書いておられます。
こちら

10年近く前、私たちも日本から祈りを捧げさせていただきました。
ご夫婦共に新聞配達をされていて、
子供4人が寝ているときに、火事になってしまい、
親が帰ってくる前にすでに助けることが出来ない状況だったと記憶しています。

自分のこととして考えると想像もつかないことであり、
受け止めて乗り越えるのは簡単ではないと思います。

今村さんもどれだけご自身を責めたでしょうか。
子供を失って4年間は困難だったといいますから、
言葉では言い表せないほどに塗炭の苦しみを通過していかれたでしょう。

しかし、それを乗り越えて、今頑張っておられるといいます。
ご夫婦ともに伝道に邁進されているのです。
きっかけはソウルに引っ越して、
世界会長の礼拝を受けるようになってからだそうです。

やはり、自分の思いでは超えることが出来ない内容を
神様、父母様とともに超えていかれたのだと思います。


世界会長は、礼拝『真実の愛』(2011年2月20日)で
ご自身の証しを語られています。

すぐ上のお兄さん、榮進様がなくなった時、
「お兄さんが若くして霊界に行ったという事実が、
私のとって、どれほど苦痛か、人には分からない。
自分の苦痛は特別だ。
自分の苦痛は唯一だ。
人々はこの苦痛を理解できない」
このように考えました。

しかし、そのように考える自分を悔い改めたといいます。
仏教の教えを例にあげておられます。
「ある女性が釈迦のところに来て、
死んだ赤ん坊を生き返らせて欲しいと頼んだ。。
釈迦は、全ての家を訪ね、死に遭遇しなかった家を見つけて、
再び来るなら、赤ん坊を助けようと言った。
女性は家々を訪ねたが、死に遭遇しない家庭を
見つけることが出来なかった」

大なり小なり同じ苦痛を体験している、
自分だけが特別ではない、
そう思いつつ、乗り越えていかれたといいます。

今村さんの体験も、世界会長が体験されたことも、
誰でも経験するものではありません。
しかし、「私だけが・・・」という思いを持つと、
自分で苦痛を作り出してしまうというのです。

「私が苦しんでいる姿を見る神様がもっと苦痛を受けている、
神様を傷つけている、それが罪である」
そう世界会長は語られます。

信仰の真髄に通じる内容ですから、
簡単な言葉で表現できない感じです。
またじっくり考えていきたいと思います。

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posted by ten1ko2 at 08:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月26日

幸せのキーワード〜文先生の『おきて』とは


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☆訓読会での文先生ご夫妻6.25☆


「マルモのおきて」というドラマが人気だそうです。
死亡した親友が男手一つで育てていた小学1年生の双子を
30代の独身サラリーマンが引きとり、懸命に育てて、
ともに生きる姿を描いています。

震災のこともあり、家族の絆を考えるときに始まったタイミングとか
双子の一人が天才子役であると言われているのもあったり、
番組の最後の踊りがかわいいとか、
いろんな話題が重なったのもあって、視聴率も右肩上がりなんだとか。

基本的に我が家ではドラマを見ないのですが、
番組を見ていないにも関わらず、
小学2年生の長女が歌と踊りを覚えていて、
これは何だろうというところから、インターネットを検索し、
面白そうだと思い、録画してみんなで見るようになりました。
と言っても、今夜を含め、あと2回だけになってしまいましたが。。。

ドラマの題名「マルモ」というのは、
主人公の高木護の名前を双子の弟が間違って
「マルモ」と呼んだところから名づけられています。
毎回、おきてノートに決まりごとをマルモが書いて終わるので、
「マルモのおきて」というわけです。

『好きでも嫌いでも家族』とか
『たんじょう日は家族みんなでお祝いすること』とか。
そのおきてを守りながら、
本当の家族になっていくのです。


文先生もたくさんのおきてを通して、
私たちを幸せに導いてくださっています。
そのキーワードが何かというならば、
『愛天愛人愛国』であるというのです。
この言葉に幸せになる秘訣が全て含まれているといいます。

文先生の自叙伝『平和を愛する世界人として』には、

「神様を愛することにより、 
私の人生は完全に変わりました」
(327ページ)

とあります。
何よりも生きておられる神様と出会ったことにより、
神様を愛する『愛天』の人生を送られるようになりました。

さらには、神様を愛するがゆえに

「自分よりも人類をもっと愛し、
私と私の家族の問題より人類の苦痛を
先に考える人になったのです」

(同)
 
とあるように、人類を愛することによって、神様を喜ばせる、
すなわち『愛人』の道を歩んでおられます。

そして、
「神様がつくられたすべてのものを
愛そうと努力しました。
山にある木も愛し、
水にいる魚も愛する心で見ました。
世の中のすべてのものから
神様のみ手を感じようと、
触覚を鋭敏にしました」

(同)

とも言われています。
神様が創造された万物を愛し、
万物を愛することを通し、
神様を感じる生活を徹底されました。
国には国土があり、国土は自然環境によって成り立っています。
すなわち万物を愛することが、国を愛すること
『愛国』につながっているのです。

『愛天愛人愛国』の生活、
この『おきて』を守ることが幸せになる秘訣なのです。

本部の先生がわかりやすく指導してくださっていますので、
また具体的なことは次の機会に。

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posted by ten1ko2 at 09:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 自叙伝書写(浅川先生) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月25日

拉致監禁者のくぐる『踏み絵』の儀式とは〜拉致監禁撲滅プロジェクトでの証し1


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拉致監禁を受けてから、脱会する場合、
それが本当かどうかを確認するために、
いわゆる『踏み絵』の儀式 を通過しなければなりません。
自分は辞めたのだから、紹介した人に対しては、
必ず脱会するように連絡をします。

普通ならば、
「自分はとんでもないところを紹介してしまった、
だから教会を辞めて欲しい」
と直接本人に連絡をすればいいのですが、
そこは反対派ならではの戦略です。
青年ならば、親に
婦人ならば、夫に連絡をするのです。

また、同じ時期に監禁されている食口に対して、
「あなたは辞めた方がいいよ」
と脱会の支援をしていきます。

これが、偽装脱会の場合は本当に大変なのです。

私と私の紹介者、さらにはそのまた上の紹介者は
ともに高校の同級生でした。
紹介者を霊の親といいますので、そのまた上の紹介者は
霊のおじいさんと呼んでも差し支えないと思います。

霊のおじいさんの父親は、共産党員でした。
ですから、子供が教会に入ったことがわかってから、
牧師を通して、すぐに拉致監禁をしました。
霊のおじいさんは、偽装脱会したのですが、
ここで、『踏み絵』の儀式 を通過しなければなりません。
すなわち、自分を紹介した人に連絡をしないといけませんでした。
霊の子の家に連絡をしました。
そして、霊の子(すなわち私の霊の親ですが)は、
拉致監禁されてしまいました。

彼らは、同時期に同じ牧師に監禁されました。
そして、二人で会うことがあったといいます。

すでに二人とも『脱会』の意思を持っていたので、
牧師も会わせることにしたのでしょう。
しかし、霊のおじいさんは『偽装脱会』であり、
霊の親は、『脱会寸前』の立場でありました。

霊のおじいさんは、このとき、自分の立場を
はっきりと言うことが出来ませんでした。
私の霊の親が『偽装』ではない雰囲気だったので、
自分が『偽装』であることを伝えると、
それを牧師に言われた場合、
監禁が長期化する恐れがあったからです。

しかし、このことが私の霊の親が脱会する、
決定的な動機となってしまったのです。

「霊の親が離れたのだから、自分も離れよう」
こう思って、私の霊の親は脱会してしまいました。
そして、霊のおじいさんは、偽装脱会を通して、
教会に戻ってきたのです。

霊のおじいさんは、ずっと自分を責めました。
「自分があの時、教会を辞めていない気持ちを
彼に伝えていれば、彼は脱会しなかったかも知れない・・・」
おそらく、今もこの気持ちを持ち続けているのだと思います。

監禁下ではこのようなことが今でも行われています。
人の心をこんなに簡単に踏みにじるのが反対派なのです。

先日の会議で、私の証しの際、
最初に話した内容を踏まえてお話しました。


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posted by ten1ko2 at 09:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする