2011年06月24日

拉致監禁撲滅プロジェクト《発動中!》〜希望的な兆し〜


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☆楽しそうに語られる文先生 ラスベガス6.23
(國進様ご夫妻や仁進様が来られたからでしょうか)☆


昨日、大宮教会で
拉致監禁撲滅プロジェクト責任者会議が行われました。

今回は、後藤代表が海外での会合に参加しているため、
本部の担当部長さんを迎えての会議になりました。

最初に部長から、最近の被害状況の報告がありました。
現在は2名の方が拉致監禁にあっているとのこと。
一人の方は、韓国の男性と祝福を受け、
帰省したときに拉致されたのであり、
すでに日本の主管から離れた状態でありました。

もう一人の方は、青年支部所属の方ですが、
親が反対派とつながっていることがわかっていたのに、
しっかりと報告がなされていなかったり、
対策的な措置をとっていなかったことなど、
後手後手の中で、被害にあってしまったとのことでした。

やはり、反対派はこちら側の隙を狙って、
拉致をしてくることを思うと、
私たちの守る意識をもっと高めていかないといけないと
感じさせられます。

また、マスコミが好意的な反応を示してきていること、
有識者の強力なバックアップが得られてきているなど
今後の見通しとして、明るい材料が増えてきています。

巷でうわさの「白い旅団」ブログも話題に上りました。
担当部長も誰が書いているかわからないけれど、
これは相当なスクープであると言っておられました。
第3弾は買春疑惑ですから、
これが本当だとすると、名前が上っている人たちは
『職を奪われる』可能性のある方もいますので、
注目に値するものだと思います。

そのあと、体験者の証しということで、
今回は私が話させていただきました。
少しブログにも載せたい内容があるので、
また次の機会に書く予定です。

その後、質疑応答の時間がありました。
『全体の(拉致監禁問題の)意識が薄れているのでは』
と私が暴言を吐いてしまい、
そんなことはないと、数名の方から
たしなめのお言葉もいただきました。
深い関心を持ってくださる方々に、お詫び申し上げます。

何よりこのような会合をすることが出来ることが感謝であり、
また國進理事長が意識をしてくださっている、
すなわち真の子女様が本当に兄弟姉妹として思いを寄せ、
必ず解決すると決意しておられる、
それだけでいいのだと改めて思わされました。
そう、この拉致監禁のあるまじき事件の数々を通して
世の中も関心を持たざるを得なくなり、
いよいよ私たちの真価が問われる時が来ているのでしょう。


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統一教会(統一協会)信者が受けてきた拉致監禁の真実の動画 3/3
先回の続き、完結です



posted by ten1ko2 at 08:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月23日

世界会長が何故ツイッターを始められたのか


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世界会長のツイッターに添付された文先生ご夫妻のイラスト


文亨進世界会長ならびに令夫人の李妍雅女史が、
毎日、何度もツイッターを通して、
文先生の動静を伝えてくださっています。

以前は、韓国統一教のHPやPeaceTVなどで、
知ることが出来ましたが、
やはり、末息子ならではのコメント、写真もあり、
文先生を一番身近にダイレクトに知ることが出来る、
世界会長ツイッターに勝るものはないと思います。

世界会長が何故ツイッターを始められたのでしょうか。
世界会長のツイッターlovintpが知らせた世界巡回の記事でも、一度述べましたが、
昨日の教会長の話を聞いて、さらに詳しくわかった気がします。

韓国統一教HPに秘書室長の報告が掲載されていて、
教会長が解説をしてくださいました。


実は、世界会長は3月からずっと文先生のそばにおられます。

ラスベガスで、「自叙伝5万冊配布記念実体み言葉宣布大会」
を勝利的に終えられた後、世界会長が韓国に戻られる時、
文先生は、寂しさを表しながら、
「もうあなたたちは、先生が必要ないんだね」と語られました。

この言葉は、世界会長の心に重くのしかかりました。
世界会長の仕事をしながら、文先生のそばで侍ることが出来るだろうか、
悩んで悩んで、寝ることが出来なかったといいます。

そして、兄の國進理事長と相談されて、
ついにラスベガス行きを決意されたのです。
韓国に戻ってから3日後のことでありました。

文先生は、その話を聞いて
「私たちの亨進が来るんだなぁ!」と語られ、
涙を見せながら喜ばれたそうです。

文先生にとって、2013年1月13日を目前にした
最も重要な期間にともに山頂に登っていく息子の姿は、
どれほど心強いものであるか知れません。

もちろん、令夫人の韓鶴子女史がいつもそばにおられますが、
それでも妻の支え、娘の支え、側近の支えとは違う、
息子の支えというものは、父にとってはどれだけ嬉しいでしょうか。
しかも自分から命令したのでなく、
世界会長ご自身で悟って、侍っておられるわけですから、
愛の振動を全身で感じておられると思います。

そして、世界会長がラスベガスに行かれたのが、
今年の3月5日であり、
ツイッターを始められたのが、3月9日です。

父に侍るようになった息子が、間近で父の姿を記録し、
神様のために休む間もなく歩んでおられる素の部分、
それを食口に伝えていきたい、
そんなことを思われて、ツイッターを始められたのではないでしょうか。

まだ、有名人から見れば、フォローされている数も少ないですが、
まずは、世界会長の目的である食口たちが見ていけばいいのですから。
量の問題はこれからです。

教会長は、「世界会長の姿を私たちも学ばないといけないし、
このような心情を持つ自分にならないといけない」
と語っておられました。

室長の報告は以下の言葉で締めくくられています。

世界会長は真の父母様のそばで、
愛と心情とみ言の真髄を学ぶことができ、
現場の指導者たちと食口は世界会長を通して、
真の父母様をより近くに侍ることができる機会となりました。

『チャンプモニム・オンマンセー』と叫びたい心情にさせられます。

余談ですが、私は韓国語の実力は小学生以下ですので、
「平和を愛する天国人」さんのツイッター
http://twitter.com/#!/watanabe_father
を利用しています。
いつもありがとうございます。

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posted by ten1ko2 at 08:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月22日

いつも私のとなりに神様はいるのか?!


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☆文先生ご夫妻とHappy Father'sDay 6.19☆


私の幸せを一番願っているのは、誰でしょうか?
すぐに思い浮かぶのは、両親だと思います。
親は子供の幸せを願って、生み、育ててきたといえるでしょう。
しかし、親は幸せを願っていたにも関わらず、
本当の幸せの道しるべを教えてくれたかというと
必ずしもそうではないと言わざるを得ません。
なぜなら、親自体も幸福な人生をどのように送っていけばいいのか、
わからなかったからです。

私の幸福だけを考えている存在がいるというのです。
神様はもちろん私の幸せを願っておられます。
しかし、私の幸せのためだけに担当してくれる存在があるというのです。
それは何か、そうです。良心です。

文先生はかつて
「良心は、両親に勝り、
良心は、先生に勝り、
良心は、神様に勝る」

という良心宣言をしてくださったことがあります。

韓国・水澤里での男性修練会が1995年1月に行われましたが、
25回あった女性修練会のおまけのように
3回だけあったことを記憶されている方も多いと思います。
その中で、重要なみ言葉を数多く語られた文先生でしたが、
やはり一番印象に残っているのが、
先生とともに『良心は〜!(良心は〜!)
神様に勝り!(神様に勝り!)』と叫んだ良心宣言でした。
それ以外、あんまり残っていないような・・・

良心は小さな神様であり、
第2の神様であるというのです。
その良心を今まで踏みにじって生きてきたのが私たちの人生でした。

私の幸せのために私に語りかけているのに、
「どうせ私は幸せになれない」と決めつけ、
良心の声にふたをしてきたしまったというのです。
どれだけ、良心を傷つけ、悲しませ、泣かせてきたのでしょうか。

親を苦しめれば、人は幸せになれないように、
良心を苦しめれば、幸せになることは出来ません。

神様が私の良心を通して、語りかけてくださる、
その神様の声を謙虚に受け止める私となるべく、
瞑想や祈りを通して、私に働きかける神様の内なる声を
謙虚に聞き入れる私になっていきたいと思うものです。


私のブログの題目
「いつも私のとなりに神さま」に対して、
ご批判をいただいたようです。

「いつも私のとなりに神様」というのは、
天のはるか遠くからただ見つめている神様というのではなく
私のすぐ隣を歩いている、
そして私が辛いと思う時には、
私よりも神様はもっと辛い立場で私を
背負ってくださっているという、
拉致監禁の体験から得た私の信条のようなものでもあります。

しかし、このブログタイトルはもう一つ別の意味もあるのです。

以下の記事を読んでいただくとわかるのですが、
題目の発案は妻であり、
また、「となりの神さま」というのは、
記事にあるように、文字通りの
目に見えない神様ということもそうですが、
人間関係を通して働く神様のことをいっております。

文先生は
夫(または妻)は第2の神様と語られていますし、
また夫婦がひとつになるところに神様が顕現されるとも言われます。

上述したように、良心を通して、私自身に働く神様もいれば、
相対関係を通して、働く神様もおられるのです。
神様は様々な形で私に働きかけてくださると認識していただけたらと思います。


「あしあと」

ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、
砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、
もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
 あなたは、すべての道において、
わたしとともに歩み、
 わたしと語り合ってくださると約束されました。
 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
 ひとりのあしあとしかなかったのです。
 いちばんあなたを必要としたときに、
 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
 わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
 わたしは、あなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。
 あしあとがひとつだったとき、
 わたしはあなたを背負って歩いていた。」


マーガレット・F・パワーズ 
松代恵美 訳


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写真解説:おそらく、6.19は日本もそうでしたが、米国でも父の日が祝われているため、文先生をお祝いされたのではないでしょうか。(韓国では父母の日が5月にある)

世界会長は次のようにツイートしています:「父の日のピンク」を身につけられた真のお父様は、まるで美しいピンクの桜のように見えます。この唯一の実体の男性のみがピンクをまとえるのだと言わんばかりです。(訳は正確ではないかもしれません)



posted by ten1ko2 at 08:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする