2011年06月15日

これが拉致監禁されたマンションだ!後藤代表の陳述書(3)が出ました


「拉致監禁by宮村の裁判記録」が更新されています。
http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-24.html

今回は、実家での、亡くなったお父さんとの対面の場面と、
その後、新潟から荻窪へと拉致監禁場所が移ったことの
経緯などが書かれています。

最終的に、フラワーホームというマンションで
長い期間、拉致されるわけですが、
その見取り図は以下のようになっています。

securedownload間.jpg


今はあまり見られない縦長の作りになっていますが、
これは、拉致をするには打ってつけのマンションです。

玄関から、一番遠い部屋に居るように言われ、
その部屋には、ベランダが隣接していますが、
8階から飛び降りることは、到底出来ません。

宮村氏もよくこのようなマンションを探したものです。
しかも、宮村氏は1980年代後半から、
ずっとこのマンションを使い続けているのです。

家賃は、もちろん後藤さんの親・兄弟が負担しているわけですから、
マンションのオーナーにとっても、いいお客さんです。

玄関の鍵もどのようになっていたのか、
再現した写真が掲載されていますが、
拉致監禁体験者にとっては
これと同じような環境であったことは
共通の事実であります。

しかし、証拠がないということで、
こんなことも一蹴されてしまうわけです。

「拉致ではなく、保護説得だ。拉致はしていない」
と主張する反対派には、良心というものがあるのでしょうか。

南京錠をすることが、教会員が訪ねたとき、
彼らの進入を防ぐために鍵をかけていたというのです。

是非、良識ある方に、この陳述書を見ていただき、
拉致監禁の実態とその恐ろしさを知っていただきたいと思います。



全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会のサイトからの転載です
続きはまた次回



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posted by ten1ko2 at 08:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月14日

放蕩息子を愛する神様(ヨーロッパ巡回での証し)



bykql[1].jpg
☆ドイツでの訓読会☆


ヨーロッパ大会での出来事です。

古くから教会にいる方がヨーロッパで生活しているので、
文先生は、その人と会うことを楽しみにしていたと聞きました。

先生は、ずっと待っておられました。
しかし、待てども待てども一向にやってきません。

そして、その方は来られました。
いつ来られたのかというと、
文先生が最後の大会をされたドイツに来られました。
しかも、最終日の訓読会に来られたそうです。

もしかしたら、
先生から与えられた責任に対して、
出来ていなかったのかも知れません。

それとも、何か個人的に負債があり、
正しく信仰生活が出来ていなかったのかも知れません。

家庭や個人の事情があり、
それを優先してしまい、
最後の日だけ参加したのかも知れません。

いずれにしろ最終日だけ来られたのです。
そして、先生は、その人の姿を見て、
叱られたといいます。

先生は、その方に対して、
このように語られました。

「あなたの力で後孫を愛して、
いくら頑張ったとしても、
後孫が良くなると思うな。
天運とともにすることは、
もっと大事なんだ」


先生は、息子と会いたくてたまらなかったのです。
その気持ちをわからずに
自分の立場ばかりを考えて、
親と会うことを躊躇していました。

逆に言えば、叱られるような子供であってこそ、
そういう子供ほど、来て欲しいのが親の姿なのです。


聖書に放蕩息子のたとえ話があります。
親からもらった財産を使い果たして、
結局帰るところは、親のところしかないと思い、
家に戻ったとき、どれほど父親は喜んだことでしょうか。

財産を使い果たしたことを叱るのでなく、
帰ってきたことを喜んだ親の姿がありました。


私たちは、自分の姿だけを見て、
神様の立場、親の立場をわからなくなることがあります。

しかし、自分の事情を優先すればするほど、
親と遠く離れてしまうのです。
親は子供と会うために精誠を捧げているのに、
子供は自分の姿ばかりを考えて、
親と会うのをためらってしまう。

やはり、親の姿、親の気持ちを悟り、
自分が大変なときほど、親を求め、
そして天運を受ける私とならないといけないのだと思います。


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posted by ten1ko2 at 08:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界巡回路程2011 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

「苦しくて離れようとした時、神様を感じた」ある先輩の証し


115752s-.jpg


先日、信仰の道を山登りでたとえましたが、
初期の頃から歩んでいる先輩もまた、
開拓時代を通して、茨の道を歩まれました。

道を切り開くのもまた大変だったのです。
信仰の道を歩む一人一人に神様が導いています。

ふと以前お世話になった方の
証しを思い出したので、掲載したいと思います。

大学生で統一教会に導かれた私は、
教会の学生部に所属しました。

その時の学生部長は、女性でした。
40名以上のメンバーを指導しながら、
実績も全国トップクラスでありました。

毎週、公園で野球をするのですが、
その時にノックをされたのも学生部長でありました。
子どもの頃、野球をしていたわけではないのに、
見よう見まねでノックをしていくのです。
早い玉が来るわけではないのですが、
その姿にみんな圧倒されっぱなしでした。

また、皇居一周マラソンをした時も、
若い私たちとともに走り、
しかもペースも私たちとほとんど変わらずに、
完走される姿には、舌を巻いたものです。

その学生部長は、ほとんど自分の証しをしたことがありません。
私自身も、下っ端の立場でしたから、
個人的にじっくり話をしたこともそれほどないのですが、
心に残っている証しがひとつあります。

学生部長が統一教会に導かれたのは、
大学卒業後、社会人になってからのことでした。
秘書をしていたそうですが、この道の素晴らしさを知り、
仕事をやめ、教会に献身しました。

教会で伝道活動が出来ると思っていましたら、
食当(食事をつくる人)の責任分担を与えられました。
一生懸命食事を作って、おいしいと言われ、
感謝してもらえるのは、嬉しいのだけれど、
みんなと一緒に伝道活動をしたい、
そんな思いを持ちながらも食事を作っていきました。

しかし、何ヶ月過ぎてもずっと食当のままです。
いつこの責任分担が変わるのだろうか、
だんだんと料理をするのが苦しくなってきました。
苦しくて苦しくて、その気持ちを誰にも相談することも出来ず、
意を決して、辞める決心をして、誰もいない時を見計らって
荷物をまとめ、そっと教会から出て行こうとしました。

その時、たまたまおられた巡回師のお姉さんが、
いつもと違う雰囲気で外を歩いている彼女を見つけました。

荷物を持って、歩いている彼女を見たとき、
お姉さんは、走って追いかけました。
彼女はその姿に神様を見たといいます。

なぜなら、そのお姉さんは足が不自由で
普段歩くのも簡単ではないので、
到底、走ることなど出来るはずがありません。
そんなお姉さんが、幼い姉妹が
教会から離れようとしているその姿を見つけた時、
我知らず力が与えられて、思わず走っていたのです。

学生部長は、お姉さんの必死に走ってくる姿に神様を感じました。

今は、苦しいかもしれないけれど、
乗り越えて頑張って欲しい・・・。
あなたにこのような立場を与えているのも、
私もこのような道を歩んできたことを知って欲しかったからだ。
そして、私はあなたを愛している!

巡回師のお姉さんの姿に、
神様の声ならぬ声を聞いたのでした。

さらには、その期間というのは、
自分の傲慢性を打つ砕く期間であった、
自分は、教会に来たら何でも出来る、
実績だって先輩なんかより、上げることが出来る、
そんな傲慢な思いを持っていた、
だからそんな思いを否定するために、
神様が食当という責任分担を与えたんだ。。。
そんなことを感じたといいます。

私たちに与えられた環境には、無駄なことは一切なく、
しかも必ず神様が見つめ、守ってくださっておられる、
このことをもう一度感じさせられます。


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posted by ten1ko2 at 08:36 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする