2011年06月20日

直接出会わなくてもみ旨を歩む尊さ〜金元弼先生の講話より〜


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☆宋総会長にサインしてくださった文先生
世界会長とともに6.20☆


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昨年昇華された、3弟子の一人である金元弼先生が
20年前に日本で証しをされたことがあります。

今日はその一部を要約して掲載いたします。


私は皆さんよりも先にお父様に出会って、
そしてともにみ旨を歩んできました。
それは、もちろん重要なことかも知れません。

でも皆さんは画面を通してお父様に会っているんですね。
一緒に生活をすることなく、
真の父母様に会わないでいながらも、
み旨を歩んでこられました。

そう考えたとき、私たちの観点から見れば、
真の父母様と一緒に生活をして、み旨をやった、
それはどれほどいいだろうか、と思うんですね。

でも、神様から考えたとき、真の父母様から考えたとき、
全く違うんですね。
神様から見たとき、一緒に生活して歩んでいる者と
直接会わないで、み旨を歩んでいる者と
どちらが信頼できるでしょうか。

それは、皆さんのように、一緒にいないにも関わらず、
歩んでいる人を信頼できるというのです。

何故だかわかりますか。

それは、一緒に歩んだ者はその方がいないときに、
いらっしゃる時と同じようにやれるのかというのです。
それとは反対に、
一緒にいない時にみ旨を歩んでいる者たちは、
親がいなくても出来る人たちなのですから、
親がいるとき、すなわち真の父母様とともに歩めるならば、
どれほど熱心に歩むことが出来るでしょうか。

ですから、神様から見たときに、皆さんのことを
確実に信頼できるんです。親がいなくても出来た人ですから。
ですから、直接会っていた人も貴重ですけれど、
会わないのに歩んでいる皆さんが、もっと貴重なのです。


金元弼先生ならではの発想です。
でも、親から見れば確かにそうなのかも知れない
それが放蕩息子に対する父親の姿であり、
また、昨日夢で見たお父様の姿である・・・
そんな気がします。

ラスベガスの地に、今回参加している食口たちを
どれだけ歓迎したかわからないお父様ではありますが、
被災地の人々を含め、
来ることが出来ない者に対して、
もっと思いを寄せている神様であり、真の父母である、
改めてそう思うのです。

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posted by ten1ko2 at 08:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする