2011年06月22日

いつも私のとなりに神様はいるのか?!


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☆文先生ご夫妻とHappy Father'sDay 6.19☆


私の幸せを一番願っているのは、誰でしょうか?
すぐに思い浮かぶのは、両親だと思います。
親は子供の幸せを願って、生み、育ててきたといえるでしょう。
しかし、親は幸せを願っていたにも関わらず、
本当の幸せの道しるべを教えてくれたかというと
必ずしもそうではないと言わざるを得ません。
なぜなら、親自体も幸福な人生をどのように送っていけばいいのか、
わからなかったからです。

私の幸福だけを考えている存在がいるというのです。
神様はもちろん私の幸せを願っておられます。
しかし、私の幸せのためだけに担当してくれる存在があるというのです。
それは何か、そうです。良心です。

文先生はかつて
「良心は、両親に勝り、
良心は、先生に勝り、
良心は、神様に勝る」

という良心宣言をしてくださったことがあります。

韓国・水澤里での男性修練会が1995年1月に行われましたが、
25回あった女性修練会のおまけのように
3回だけあったことを記憶されている方も多いと思います。
その中で、重要なみ言葉を数多く語られた文先生でしたが、
やはり一番印象に残っているのが、
先生とともに『良心は〜!(良心は〜!)
神様に勝り!(神様に勝り!)』と叫んだ良心宣言でした。
それ以外、あんまり残っていないような・・・

良心は小さな神様であり、
第2の神様であるというのです。
その良心を今まで踏みにじって生きてきたのが私たちの人生でした。

私の幸せのために私に語りかけているのに、
「どうせ私は幸せになれない」と決めつけ、
良心の声にふたをしてきたしまったというのです。
どれだけ、良心を傷つけ、悲しませ、泣かせてきたのでしょうか。

親を苦しめれば、人は幸せになれないように、
良心を苦しめれば、幸せになることは出来ません。

神様が私の良心を通して、語りかけてくださる、
その神様の声を謙虚に受け止める私となるべく、
瞑想や祈りを通して、私に働きかける神様の内なる声を
謙虚に聞き入れる私になっていきたいと思うものです。


私のブログの題目
「いつも私のとなりに神さま」に対して、
ご批判をいただいたようです。

「いつも私のとなりに神様」というのは、
天のはるか遠くからただ見つめている神様というのではなく
私のすぐ隣を歩いている、
そして私が辛いと思う時には、
私よりも神様はもっと辛い立場で私を
背負ってくださっているという、
拉致監禁の体験から得た私の信条のようなものでもあります。

しかし、このブログタイトルはもう一つ別の意味もあるのです。

以下の記事を読んでいただくとわかるのですが、
題目の発案は妻であり、
また、「となりの神さま」というのは、
記事にあるように、文字通りの
目に見えない神様ということもそうですが、
人間関係を通して働く神様のことをいっております。

文先生は
夫(または妻)は第2の神様と語られていますし、
また夫婦がひとつになるところに神様が顕現されるとも言われます。

上述したように、良心を通して、私自身に働く神様もいれば、
相対関係を通して、働く神様もおられるのです。
神様は様々な形で私に働きかけてくださると認識していただけたらと思います。


「あしあと」

ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、
砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、
もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
 あなたは、すべての道において、
わたしとともに歩み、
 わたしと語り合ってくださると約束されました。
 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
 ひとりのあしあとしかなかったのです。
 いちばんあなたを必要としたときに、
 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
 わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
 わたしは、あなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。
 あしあとがひとつだったとき、
 わたしはあなたを背負って歩いていた。」


マーガレット・F・パワーズ 
松代恵美 訳


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写真解説:おそらく、6.19は日本もそうでしたが、米国でも父の日が祝われているため、文先生をお祝いされたのではないでしょうか。(韓国では父母の日が5月にある)

世界会長は次のようにツイートしています:「父の日のピンク」を身につけられた真のお父様は、まるで美しいピンクの桜のように見えます。この唯一の実体の男性のみがピンクをまとえるのだと言わんばかりです。(訳は正確ではないかもしれません)



posted by ten1ko2 at 08:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする