2011年07月22日

文先生が10時間のみ言葉を語られる理由とは


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ナイジェリアから戻られ、訓読会後の特別祈祷をされる文先生


今回のナイジェリア大会勝利のために
文先生は、訓読会の精誠をされたと記事に書きました。 こちら

ラスベガスツアーで、文先生との出会いを成された教会長は、
10時間の訓読会に参加された時、
「ただ単に精誠だけで、長い訓読会をしておられるのではない」
と感じたといいます。

日本食口がラスベガス訪問をする時、
必ず同行するのが、宋総会長です。
毎回、訓読会に参加すること自体、
肉体的には大変だと思いますが、
「文先生のみ言は、60%くらいしかわからない」
と語られたそうです。

だいたい訓読会の流れは、
鄭元周(チョンウォンジュ)補佐官が、文先生のみ言を訓読し、
それから、文先生がみ言を語られ、
幹部の先生が証しや報告をされたり、
また、歌を歌われたりして終わっていくという感じだと思います。

ところが今回は、最初から文先生はみ言を語られました。
途中和動会もありましたが、
10時間、ほとんど文先生お一人でみ言を語られたのです。

知り合いの男性は、今回参加して、
「途中、ぼーっとしてしまったり、
居眠りしてしまった時もあったかも知れないけれど、
それでもほとんどの時間、一生懸命聞いていた。
でもお父様が話されているみ言は、
90%くらい理解できなかった」
と言っていました。

10時間、文先生はほとんど姿勢を変えず、
ずっとみ言を語られるといいます。
参加している食口たちは、
居眠りをしたり、体を動かしたり、
ぼーっとしてしまったり・・・。

それでも文先生は、怒ることもなく、
ひたすらみ言を語られていかれます。
相手がわかっていると思って話されているのではない、
とにかく話し続けられるのです。

教会長はこの時、
「お父様は、私たちにわかって欲しいと思って、
語っている言葉ではなく、
親として語っている姿なんだ」
そう感じたといいます。

相手がわかるわからないは関係ない、
ずっと話したい、久し振りに会う子供たちなんだ、
だからずっと一緒にいたい、
そんなことを思って、語り続けていかれたのだ、
教会長は、そう感じられたのです。

親は子供にひさしぶりに会った時、
嬉しくて嬉しくて、いろんな話をしたいから、
沢山話すんだけど、
子供は10分も聞けば、うんざりして聞くのが嫌になる、
でも親は話したくて、仕方がないんだ・・・
教会長はそんな話をされました。

文先生は、ナイジェリア大会において、
「もう次にアフリカに来ることは(ないかも知れない)
(だから)今、真の父母と正しく出会えないと大変なことになる。
この次は百年、千年後に先生の息子が来るときまで機会がない」
と語られたといいます。

「この人と会うのが最後かも知れない、
だから全てを投入して語るんだ・・・」
そんな思いを持ち続けて、み言を語られる
文先生の姿を感じるひとときでした。




世界会長のツイッターより

「今日この一日を、ナイジェリアに行って来て、
遥かに高く、草木から、この乾いた砂漠に
オアシスの澄んだ水が流れさらに流れ、
子孫万代、清算することのできる多くの子孫たちを
育てることができますようにお祈りします」


〈訓読会後、お父様の特別祈祷〉


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posted by ten1ko2 at 09:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界巡回路程2011 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする