2011年08月22日

「文先生に会わせてください」夢で師から直接伝道!〜自叙伝伝道の証し〜


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昨日は、インターネット礼拝でした。
文先生の自叙伝書写啓蒙のため、
全国を飛び回っておられる浅川先生の特別礼拝です。
3日前は関西、翌日は首都圏、また次の日は関西、
そして昨日は千葉(船橋)で講演会という、
まさに東海道新幹線が通勤電車の如くの忙しさです。

関西のある教会で聞いた証を冒頭に語ってくださいましたので、
今日はその証を紹介したいと思います。

ある青年が突然教会に訪ねてきたといいます。
教会長が対応されて、何で来たのか聞いていきました。
すると、こんな答えが返って来たのです。

「数日前に夢を見ました。
とても元気なおじさんが出てきました。
私の見知らぬ人でした。
そのおじさんは、私のことを叱るのです。
『お前の人生はなっていない』と言われました。
知らない人なのに、自分のおじいさんのように、
厳しく叱られながらも愛情が伝わってきました。
『あなたの生き方はダメだから、書店に行って、
私の本を買って読みなさい』
すぐさま書店に行き、
夢に出てきたおじさんの書いた本を探しました。
そうしたら、おじさんと同じ顔が
表紙を飾っている本があるではないですか。
それは文鮮明先生の自叙伝でした。
すぐさま買って読みました。
私は本なんかまともに読んだことがないのですが、
この本だけは最後まで読みました。
そして、文先生の行き方に本当に感動しました。
『文先生に会いたい』
そう思って電話帳で住所を調べて、教会に来たのです。
是非、文先生に会わせてください。」

本当にこんなことがあるのか、と思わされる
凄まじい夢の証しです。
かつて、古い先輩で神様の啓示を受けて、
文先生の元を訪ねた方や、
「主が来られた」と啓示を受けて、文先生がおられる
教会を示された方など、いらっしゃいました。
しかし、(その青年には失礼かも知れませんが)普通の青年で、
突然文先生の夢を見て、自叙伝を読んで、
それから教会に来た、なんていう話を聞いたことがありません。

ちなみにその青年は文先生に会うべく、
一生懸命、み言を学んでいるそうです。

浅川先生は、
「今後、このような証が続出するでしょう」
と予言しておられました。

このような奇跡の証が起こる背後には、
時代的な恵沢があるのだと思いますし、
自叙伝を配布する条件なども重なっていると思います。

自叙伝が発刊された時、
「本が伝道する時代が来たよ」
と文先生が語られましたが、
まさにその如くの時代がやってきました。
さらに自叙伝配布に向けて頑張らないといけないと思わされます。

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2011年08月21日

拉致監禁によってつくられた「青春を返せ」裁判


「全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会」ブログに
以前、私が記事にした魚谷氏の論文が、
全文日本語訳で掲載されています。 こちら

この論文が「新宗教研究センター(CESNUR)」の
公式サイトにそのまま掲載されたのですから、
日本においてはあまり知られていないかも知れませんが、
海外においては相当な影響力があるのではないでしょうか。

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魚谷論文では、3つの結論をあげています。
@ 統一教会を訴えた元信者たちの大部分(少なくとも75%)が、
教会を脱会する際に家族から物理的な拘束を受けていた。
A 物理的な拘束があったか否かに関わらず、
すべての原告が脱会を決意するにあたって、
「脱会カウンセラー」と呼ばれる第三者の介入があった。
B 「脱会カウンセラー」から聞かされた内容は神学的・教義的な事柄であり、
統一教会に対する信仰を棄てさせることが「脱会カウンセラー」の目的であった。

反対派は、統一教会側が「拉致監禁」と言っているけれど、
あくまでも「保護説得」あるいは「救出」であり、
反社会的団体である統一教会に入ってしまった子供を両親が心配するあまり、
やむにやまれず取った行動であると主張していますが、
この件に関しても、魚谷論文では、以下のように反論しています。

すでに拉致監禁・強制改宗は1966年に始まっていて、
「青春を返せ」裁判が始まったのは1987年である。
また、両親の「心配」も自発的に生じたものではなく、
しばしば反対牧師にアプローチされた結果として生じたものであり、
拉致監禁がなければ、「青春を返せ」裁判はなかった。
拉致監禁による強制改宗によって、「統一教会は反社会的団体である」
であるという社会的評価が戦略的に作り出されたものだ。

この論文の訴えている通りだと思います。

「拉致監禁by宮村の裁判記録」のブログに
原告後藤徹氏側準備書面(2) ─その1
原告後藤徹氏側準備書面(2) ─その2
が先週と今週でアップされていました。

反対派は、拉致監禁はなかったと主張しますが、
後藤代表の文面を読めば、どんな監禁生活をしていたか、
具体的にはっきりすると思います。
是非、ご一読ください。

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posted by ten1ko2 at 07:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月19日

〜金元弼先生が号泣された証し〜統一教の「古い人」とは?


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文先生の第1弟子である金元弼(キムウォンピル)先生の証しをしたいと思います。
教会長が、ずいぶん前に集会で聞いた証しですが、
こんなことを話してくださったそうです。

「皆さんは、私のような者のことを『古い人』というでしょう。
古くから教会にいる信仰歴の長い人のことですね。
『古い先輩は、お父様からたくさん愛された、うらやましい』
こんな風に思うんじゃないでしょうか。
お父様は昔からたくさん苦労されました。
その苦労は誰のためにしたのでしょうか。
古くから教会にいる私のような者のために苦労されました。

一般的には、古い人、すなわちおじいさん、おばあさんは、
自分の昔の話をよくします。
『自分はこんなに苦労したんだ、こんなに頑張った』
と過去の話をするのです。
しかし、私たちはそのようになってはいけません。
それはお父様に苦労をかけたからです。
本当はお父様に一番苦労をかけたなら、一番頑張るのが
古い者たちなのです。」

                ◇

統一教会説教ブログ(5/14)に「真のお父様を絶対的に信じて」
と題しての説教が掲載されています。

その中に、金元弼先生の証しがありました。

金満辰地区長が生前の金元弼先生を車に乗せて、
途中立ち寄ったパーキングでトイレ休憩をしました。
ところがいつになっても先生が帰ってこられないので、
どうしたものかと思って探したら、
先生が一枚の絵を見て、激しく泣かれていました。
その絵が何の絵かといえば、長野にある姨(うば)捨て山という
山の絵だったそうです。

先生がその絵を見て泣きながら、
「そうだ、そうだ。私が統一教会に来て、
第一の弟子として何度神様をおんぶして、
あるときは真の父母様をおんぶして、
このような山に捨てたかわからない」。
そして大粒の涙を流して泣いておられたというのです。

金元弼先生のようなお方が、神様をおんぶして、
文先生をおんぶして「山に捨てた」と言う表現は、
本当に激しいのですが、自分は罪人であるという、
気持ちの表れなのかなと思います。

親孝行しようと思っても、願いを果たせずに、
親を捨ててしまった子供のような姿であるという、
この深い心情世界は、まだ幼き者には計りかねるものがありますが、
世界会長が語られる罪人と同じような境地なのかなと思います。
また、理論理屈ではない心情世界なので、
他の人がどうのこうの言う次元の話ではないように思います。

               ◇

教会長は、「皆さんは教会で祝福を受けて、
すでに20年、あるいはそれ以上になるんだから、
(私を含めて)古い人と言ってもいいのかも知れませんね。」
と語られていました。

過去を語る私ではなく、今を証しする私となるべく、
頑張らないといけないと思わされるひとときでした。


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上の画像は安藤広重の「更科田毎の月」
長野県にある姥捨て山で
棚田に映る「田毎(たごと)の月」を見て
子が悔い改める民話が残っています
 
金元弼先生の見た絵は、別のものかと思いますが



posted by ten1ko2 at 18:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする