2011年08月10日

「(霊的に)声が聞こえる」〜清平で目の当たりにした奇跡の証し2

8月4日の記事『清平で目の当たりにした奇跡の証し』
の続きです。

1995年から始まった清平役事に不定期で参加するようになりました。
霊的な問題を抱えている兄弟たちも連れていくようになりました。

そのうちの一人の兄弟の証しです。
その兄弟は、人の声が聞こえて苦しんでいました。
背後から声をかけられるので、振り向いても誰もいないというのです。
しまいには、「誰々があなたの噂をしている」と告げ口されたり、
知っている人が姿を見せずに話しかけてくるといいます。
実際、「声が聞こえた」と報告してくる時には、
いつもの彼とは違って、何か別の人格が入っているような感じでした。

全体で役事をする時に、その頃は数百人に増えていましたが、
訓母様が来られて一人一人を按手してくださる時があります。
その時、彼の時には、必ず耳を按手されるのです。
普通は頭を按手してくださる時が多いのですが、
彼の場合は何故か必ず耳なのです。
すなわち耳に霊が憑いているので、解放してくださっていたのです。

そのようにして、その兄弟が日本に戻って来たときには、
霊的に整理され、霊界からの声も聞こえなくなっていました。
まさに奇跡的な役事が起こったのです。

人の体に霊が憑く場合、その霊は怨みの霊が多いといいます。
文先生の自叙伝書写講演会で有名な浅川勇男先生は、
「幸・不幸と霊界の仕組み」という書物を書かれていますが、
それを読むと、次のような例を挙げています。

ある先祖が無慈悲に人を殺害した場合、殺された人は
強い怨みの思いを持って、その先祖の体に入っていく。
普通、人間は死んだ後、霊界に行くにも関わらず、
自分を殺害した人の体に侵入することがある。
その場合、霊は肉体を貫通し、小さくなって入り込む。
そして、自分が苦痛を与えられた場所に居座って、
内側から復讐を謀り、苦痛を与えていく。


ずいぶん恐ろしい話しです。
病気には、内的要因と外的要因がありますが、
もう一つ、霊的要因があるというわけです。

ところが、自分は悪いことをした覚えがないのに、
何故このような現象が起こるのか、という場合があると思います。
その理由も浅川先生によれば、明白です。
霊が移動するというのです。
先祖が亡くなった後、その怨みの霊は、
亡くなった先祖の霊を引き連れて、
愛する自分の子供や孫に移動するというのです。

ですから、怨みの霊と人間の不幸には、
密接な関係があるというのです。

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posted by ten1ko2 at 07:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする