2011年08月15日

「今は黙っている時ではない!」 拉致監禁《死》からの生還

終戦記念日によせて、もうひとつ思うことがあります。
これは私たち統一教会と反対派との戦いに対してです。

私は拉致監禁を受けたとき、一度は死んだ立場であると感じました。
「死」というのは、肉的な死ではなく、霊的な死ということです。

結局、どのような状況であれ、
氏族を正しく導くことができなかったのは、私自身の責任ですから、
死んだ立場になりました。
しかし、もう一度生き返って復活することができました。
このことに対する感謝の思いは尽きることがありません。

後藤代表が12年5カ月の間、拉致監禁されていた状況から、
マンションを追い出され、荻窪から渋谷の街を歩いた時、
肉体的には、限界であったと思いますが、
精神的には、どれだけ解放されたでしょうか。

拉致監禁体験者にとっては、外部から遮断された状況下で、
霊的な命をなんとかつなぎとめるだけの立場から、
その場を脱出するために、たとえ偽装脱会であったとしても、
それでも信仰の火をかろうじて灯し続けたことで、
蘇ることができた解放感というものは、口では言い表せないものです。

反対派は、後藤代表を始めとした生還者たちに対して、
内部がヒーロー扱いしていると批判していますが、
私たちは、そんな格好いい立場ではありません。

いずれ明らかにする時がくるのかも知れませんが、
勝利者として、凱旋されて帰ってきた生還者は皆無だと言えるでしょう。
私は聖人ではありませんので、いろんな思いもあります。
それで傷ついた方たちも少なくはないことも聞いています。

この細く短くなったロウソクの火、今にも消えそうな火でありましたが、
今、その火は、炎となって熱く燃えています。
これは誰にも消すことができません。

今、後藤代表を始めとした拉致監禁被害者は、
みな同じ気持ちだと思います。

反対派が「拉致監禁ではない」と言い続けている間は、
この炎は燃え続けるでしょう。
拉致監禁を認め、二度と行わないと宣言するまでは、
この戦いは終わらないのです。

昨年か、それ以前のことでしたか、文先生ご自身が、
拉致監禁に対して、このように語られています。
「今は、黙っている時ではない・・・」
叫んで、訴える時であるというのです。

ですから、この戦いが終わるまで、
これからもこのブログ、さらにはありとあらゆる所で
真実を叫び続けていきたいと思います。


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posted by ten1ko2 at 19:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする