2011年09月21日

み言は神と共に!実感する訓読の方法とは《100回訓読7年間の証し》3


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アジア大陸のリーダーは、
訓読により、さまざまな課題を克服した証しを聞いて、
次の聖句が浮かんできたといいます。

「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。
言は神であった。この言は初めに神と共にあった。
全てのものはこれによってできた。
できたもののうち一つとしてこれによらないものはなかった。
この言に命があった。そして、この命は人の光であった。
光は闇の中に輝いている。そして闇はこれに勝たなかった」
ヨハネによる福音書第1章1節から5節

この「言」を「訓読のみ言葉」に置き換えると、
その通りであると実感したといいます。
訓読によって、神様の愛を霊人体に受けることができるので、
霊的活力を与えられ、霊人体の成長が成されていくといいます。

それでは、訓読の仕方です。

@ 声を出す
 自分に聞こえる蚊の鳴くような声でもいいそうです。

A 早く読む
 訓読量が重要とのこと。多く読むと成長します。
 分かった、分からないではなく、読むことに意味があります。
 どんな人でも訓読することによって、神様が入ってきます。
 真の父母様は全てを知っておられるので、
 訓読が命であるとして、私たちに勧めてくださいます。
 しかし、私たちが実践していないので、わからないだけなのです。

B 正しく訓読する
 間違いなく読んでいるかチェックして読まないといけません。 
 理解しているかしていないか、何が書いてあるかよりも、
 読み間違っていないかをチェックしないといけないといいます。

複数の人で訓読する場合、代表者が70分一気に読むと、
神様の愛が充満し、喜びの霊界になり、
その場に来るだけで解放され、悩みが解け、役事が起こります。

証を伝えてくださった777双の先輩は、
朝の訓読の時間だけでなく、
一日の中で、時間が取れたらその都度訓読をしているそうです。
まだ1時間チャートを訓読し始めて、1ヶ月もしていないのに、
もうすぐ100回になると言っていました。
特別な役事はまだないと言っておられましたが、
やはり訓読をし始めてから、「霊的に復活している」
ということでした。

昨日も書きましたが、1時間用チャートは、
早く読むと40分くらいで読めます。
今朝、私も実践してみました。
ですから、朝、時間がなくても、
ちょっとした時間に訓読すれば、
一日1回は読むことが出来ると思います。

6時間訓読を実践しておられる方は、
「どうやったら神の力を受けることができるか、
その答えはあまりにもシンプルです。
やることはただ訓読のみです。」
と語られています。

やはり、実践あるのみ、ですね。


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posted by ten1ko2 at 08:33 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月20日

四つの恵沢とは《100回訓読7年間の証し》2


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昨日の続きです。
100回訓読を通して、4つの恵沢を受けたということですが、
今日は、残りの3つの内容もお伝えします。

@ 血気怒気がなくなった

A 霊人体の成長が早い
 血気怒気がなくなるということは、
 その分、霊人体が成長したということ。
 しかし、その成長の度合いが尋常ではありません。
 訓読をすればするほど、成長が早く進んでいくことを
 信じるようになったといいます。

B 壁がなくなった
 心と体の壁、家族間の壁がなくなったそうです。
 良いことも悪いことも正直に話せるようになりました。
 また、この方はアジアの大陸リーダーとともに
 今年の春、訓読の証しをするために
 アジア4カ国に訪問に行きました。 
 今まではオープンになれなかったのに、
 自然と兄弟姉妹という意識で接することが出来たそうです。
 また、日本男児という意識が強く、
 日本文化から抜けられなかったのに、
 どの国に行っても、日本にいるみたいな感覚であり、
 つたない英語で会話をしようとする自分がいたといいます。
 訓読をしただけなのに、壁が勝手に崩れているに驚いたそうです。

C 訓読家庭教会になった
 この方が訓読をしている運勢を相続しようと12名の方が、
 ともに訓読会に参加して、神様の愛を感じているのだそうです。
 来られている方は、さまざまな問題を抱えているのですが、
 みんな訓読を通して、問題が解決されていきます。
 週に1回、あるいは月に1回訓読会に参加してもらい、
 あとは自宅でやってもらっています。
 その恩恵を自宅に連結することで、奇跡的な証しが続出しています。
 毎日、原理を自分に入れていくという条件を立てることで、
 家が変わっていき、問題が解決するというのです。


訓読家庭教会に参加された方の証し

●10年以上うつ病の婦人。主婦業も出来ない状態だった。
 教会にもあまり通っていなかった。毎日70分の訓読。
 6ヶ月後に教会とは無縁だった夫が訓読に来るようになった。
 1年で祝福家庭となり、その後、婦人の両親も祝福家庭になった。
 み言葉も聞きたくない、信じたくもないと思っていた方が
 ただ病気を治したいという一心で訓読だけをしていたら、
 全てが恩恵になり、生まれ変わってしまった。
 訓読を始めて4年間で、1時間チャート100回、4時間チャート100回
 8時間チャート100回、現在原理講論72回訓読。

●徘徊のお母さんを抱えている婦人。夜中に母が起きて大変。
 あまりにも苦しいので死にたいと思うほどであった。
 訓読をしていったら、その思いが消えてしまった。
 憎い思い、負担な思い、すべてが取れてなくなってしまった。
 人間関係も葛藤して、仕事もそのことで何度も変わっていた。
 ところが訓読を通して、穏やかになり、人が集まってくるようになった。
 「何で嫌なことがあっても葛藤せずにそんなに穏やかなの?」
 と聞かれて、「その答えです」と自叙伝を4人の人に渡した。
 ただ訓読をしただけなのに、自分は救われたと心から感謝している。
 チャート1時間・4時間・8時間それぞれ100回訓読、
 原理講論訓読50回。

訓読家庭教会を推進しておられる方は、
毎日6時間も訓読をされていますけれど、
私たちはそこまでやるのは現実的には不可能です。
しかし、証しの方は毎日70分訓読をしておられるそうですし、
1時間チャートは40分で訓読できます。
まずはそこから始めていくことは可能かなと思います。
 
訓読の仕方なども伺うことが出来ましたので、
次回、お伝えしたいと思います。


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posted by ten1ko2 at 08:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月19日

訓読によって堕落性の根がなくなる!《100回訓読7年間の証し》1


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訓読は万事をうまく進ませる〜アジアに押し寄せる訓読の波
で書いた証しをもっと詳しく知りたいと思っていました。
そうしたら、同じ教区におられる777双の先輩と先日話す機会があり、
「実はうちの奥さんがこんな証しを聞いてきたんですよ」
とその方が訓読の証しをしてくださったのです。

「求めよ、さらば与えられん」という聖句がありますが、
本当にその如くに与えられた気がしました。
とても素晴らしい証しですので、何度かに分けて紹介したいと思います

2004年10月から訓読を自主的に始められました。
今までずっと続けてきたので6年7ヶ月になるそうです。
最初、8時間チャートの訓読を始めていきました。
総序から再臨論まで読むと6時間かかります。
アジアの大陸リーダーとの出会いを通して、
8時間チャートではなく、原理講論から読んだほうがいいと言われ、
原理講論100回、天聖経100回、平和神経100回、
そして自叙伝が90回になっています(2011年8月現在)。

最初は訓読が苦痛であったけれど、今は復興して読んでいます。
毎日6時間なのに、それ以上読みたくて仕方がないので、
6年5ヶ月で7年分を読んでしまいました。
訓読すると霊的に癒される感じ、神様の愛を感じ、
嬉しくて嬉しくて全く別の世界に入ってしまうといいます。

その方は、6年5ヶ月の訓読で4つの恵沢を受けたそうです。
今日は、一つだけ紹介します。

@ 血気怒気がなくなった
 とても激しい気性の人間であり、
 特に奥様と子供を傷つけてきたといいます。
 子供の時からずっと短気でありましたが、
 訓読して5年くらいしてから、
 根っこからきれいに全く無くなってしまったのです。
 奥様も子供さんも別の人を見ているという程だそうです。
 今まで、神様と真の父母様を信じているのに、
 死んでも残ってしまうのでは、というくらい
 血気怒気の非常に強い人間でした。
 一時的には、良くなってもすぐに元に戻ってしまうのです。
 しかし、訓読をして根っこからなくなってしまいました。
 このまま訓読をしていたら堕落性が
 全部なくなってしまうのではないか、
 そう思うほどに、生まれ変わってしまったのです。
 悔い改めの祈りをしたわけではなく、
 訓読をしただけなのに、消えていくのがわかるのです。 
 本当に特別なことが起こるのが、自分でわかると言います。


一つの恵沢を読んだだけでも、訓読って素晴らしいと思わされます。
しかし、その境地に至るのは、簡単ではないこともまたわかります。
み言葉が私たちを霊的に生みかえるものだということも感じます。
結局は、それを実践するかどうかにかかっているのですね。


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posted by ten1ko2 at 08:05 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする