2011年09月04日

患難の中で忠節の心情を持つ時

神様はアダムとエバを通して、
創造理想を実現しようとされましたが、
果たすことが出来ませんでした。
その時の悲しみを乗り越えて、
復帰の道を行かれた神様でありました。

文先生がその神様の悲しみに出会い、
神様を解放するために歩んでこられました。

本来は、アダムとエバを通して喜びたかった神様でしたが、
その喜びが文先生ご夫妻を通して実現できたのです。
それが、「神様の服を着て、金婚式を祝われた」
と総会長が表現されています。

堕落することはあってはならなかったのですが、
その悲しみのままでは終わることが出来ない神様であり、
復帰の道を通して、過去の恨みを帳消しにする道を歩まれ、
そして勝利するのが神様の道なのであります。

ですから、文先生の道は、「最悪を最善に帰る道」なのです。
神様から指示された道は、行けば行くほど、苦難の連続でした。
例をあげれば、アメリカに神様のみ言を述べ伝え、
愛を投入した結果、アメリカからの返答はダンベリーでした。
しかし、文先生は、「統一教会の本部をダンベリーに移す」
と語られながら、アメリカを許し愛していかれました。
その結果、キリスト教の牧師たちが、文先生の姿に感動し、
統一原理を学び、聖地巡礼ツアーに参加して、
文先生と統一教会に歩み寄っていきました。

今回の一連の問題においても、最悪の中でも最悪であると
表現せざるを得ないのではないかと思います。
文先生は私たちにはわからないところで、血の涙を流されています。
しかし、文先生は涙を流し、ただ落胆しているのではなく、
最善の道を切り開こうとされています。

そんな文先生の心情を知って、
私たちも最善の道を模索しながら歩んでいかなければならないと思います。

以前にも紹介しましたが、1961年に語られたみ言葉
「患難の中で忠節の心情を持つ真の息子娘」の一部をお伝えします。

だから皆さんは、
教会が揺れ動くのを見ても悲しまずに、
何かしらの主義が動揺してしまうのを見ても悲しまずに、
何かしらの主権者が倒れるのを見ても悲しまずに、
自分の父母が変わっても悲しまずに、
自分の兄弟が変わって落ちてしまったとしても
悲しまないでください。
頼って信じていた世の中のすべてのものが動揺したとしても、
皆さんの心は平然でなければいけません。
神様は動揺せずに、
この時間も私を尋ねて来られているということを
知らなければなりません。
神様が私たちに苦痛を与えるのは、
ご自身の貴い一日、ご自身が経て来た苦痛の因縁を、
私たちに結んでくれるための
大きな約束であるということが分からなければなりません。
そのような立場で天をかき抱き、
「一緒に行きましょう。
一緒に戦いましょう。
一緒に行動しましょう」
と叫んで立ち上がる人を捜すために、
そのような世の中が必要だというのです。


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posted by ten1ko2 at 10:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする