2011年09月16日

台風も避けて通った奉献式、巨文島の意味とは?


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☆奉献式当日の文先生ご夫妻☆


9月12日に行われた「巨文島海洋天正宮ホテル奉献式」の様子を紹介します。
(妻に届いた報告の抜粋)


この大会には、招請を受けたアメリカ聖職者たち172人を始め、
地域住民など1500人が参加しました。
テープカットと文先生は祝祷のあとに
「圓母平愛財團」と揮毫されました。
(写真は9月13日の記事に掲載:こちら

韓国と世界から貴賓が一人づつ祝辞を述べました。
世界を代表して、スターリングス大司教が力強く文先生を証ししました。
「今日この日は、まさに、天のみ言葉の一部分が成就される日です」
私たちは、真の父母様が見せてくださり、教えてくださった内容を土台に、
神様の祖国と入籍大会を通して韓国の姓氏を付与されて、
それと共に真の愛、真の家庭、真の平和のメッセージを
韓国国民と共に分かち合おうと、この地に来ました」と明らかにしました。
また、「今日、私たちは聖なる真の父母様をこのように証しします。
新約聖書でイエス様が語られた偉大なる業績を成し遂げられた方であり、
救世主、メシヤ、再臨主の品格と内容を充分に備えられた、
私たちが待ち望んだ、その新しいキリストであられます」として、
米国聖職者全員を起立させ、韓国語で号令しながら、一緒に父母様に敬礼を捧げました。

そして、世界会長が歓迎の辞を述べて、文先生を紹介しました。

文先生は登壇されて以下のように話されました。

「暑い日にこのような日の当たる広場に集めてすみません。
私はこのような大会を、
世界を回りながらたくさんしましたが、
韓国ではなかなか皆さんに会えないので
一度集まろうと思ったのですが、
この島の人々はどうしてそんなに大きな腹がないんですか。
どんどん規模が小さくなって、
人数がこんなものになりました。
ここに集まった大きな心を持った人は、
私よりも何百倍、何千倍大きな心を持って、
『この巨文島全体を一つの広場として、
世界の人々を集めて大会をしたらどれほどいいか』
という思いを持って、
開拓、後援し得る皆さんになることをお願いします。」
と語られました。


さらに、
「醜い、年を取った、世界に名前が知られた人、
文何某がこの壇に初めて立ちました。
見ている皆さんの顔は皆、私よりも若いので、
雄々しく勇猛な心を持って、台風が吹いてきていたのに、
『こら!台風よ、消えろ!』と祈祷した
皆さんの力で台風も逃げていきました。
今日の祝福の日をもって、
今後、希望の灯火を揚げ、
この台風以上の成果を、
神様が巨文島の地に下ろしてくださることを祈りながら、
み言葉を語ります」
このように語られたあと、
1時間10分にわたってみ言葉を読んで解説してくださいました。


そういえば、この数日前では日本に台風が上陸し、
多くの被害をもたらしました。
進路を見れば、巨文島に向かって突き進んでいたのです。
奇跡的に進路が変わってしまったのは、
本当に不思議だったのですが、ようやく解けました。

巨文島は、韓半島南端の麗水と済州島の中間地点にあり、
面積12km2の小さい島です。
文先生は、2006年1月15日初めて巨文島を訪ねられました。

この島を初めて訪れられ、同年8月29日には、この島で釣りをされて
小さな旅館に泊まられましたが、
同年11月15日 にはその同じ部屋で、
『平和神経』1〜10章を完成されました。
「巨文島」という名前は、
かつてこの島に学問に長けた優れた人が多いということで、
中国の清の提督によって名称が与えられたとされていますが、
お父様は、
「大きな文氏による道を教える島」という意味で、
この島を「巨文道島(コムンドじま)」と呼ぶように語られています。

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posted by ten1ko2 at 23:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする