2011年09月26日

私たちが責任分担を果たすとき、奇跡がおきる!


昨日の礼拝説教と感じた内容をお伝えしようと思います。

信仰には、奇跡が伴うといいます。
しかし、神様は必ず「試してみなさい」と言われます。
無条件では、奇跡は起きないのです。

聖書に出てくる二つの話を挙げたいと思います。

悪霊に取り付かれた娘を持つ異邦人の女がいます。
イエス様に助けを求めた時、一度はイエス様から否定されました。
しかし、その女はそれでもイエス様を求めました。
「主よ、お言葉どおりです。でも、食卓の下にいる小犬も、
子供たちのパンくずは、いただきます」
(マルコによる福音書第7章28節)
犬のような異邦人の私ではあるけれど、
パンくずを拾うように、イエス様の恩恵の
おこぼれでもいいから頂くことができれば・・・
イエス様はこの言葉に異邦人の女の信仰を見ました。
この女の信仰によって、
イエス様は、娘の悪霊を出すことができました。

取税人ザアカイの話も出てきます。
背が低く、取税人という嫌われていた職業についていたこともあり、
イエス様が町にやってきたとき、
町の人たちと一緒にイエス様に会うことが出来ませんでした。
しかし、「イエス様に会いたい、一目見たい」
その一心で桑の木に登りました。
その姿を見たイエス様は、ザアカイの純粋な心情を感じ、
ザアカイの家を訪ねるという奇跡が起きました。

どちらもイエス様が奇跡を起こすのですが、その背後に
「あなたの信仰があなたを救う」
その人の信仰が土台であり、出発の原点なのです。

そして終末の時ほど、その世界が強調されていきます。
ノアの洪水審判においても、ノアの言葉を信じて
箱舟に乗りさえすれば助かる道がありました。

さらには、イスラエルの民がエジプトからカナンに入るときにも、
12人の偵察をカナンに送りましたが、
10人は現実的な報告をしたのですが、
カナンに入ることが出来ませんでした。
ヨシュアとカレブのみが、我々には神が背後にいる
絶対に勝利できると、信仰をプラスした報告をしたのです。


「私たちの背後には神様が共にある」という信仰、
それなくして、私たちは天一国に入ることが出来ません。
本当の終末が今であると思います。
「私の信仰」が試されているということだと思います。

巨文島天正宮ホテル奉献式において、文先生は、
「真の父母を信じるのです!信じますか、信じませんか?
信じるなら、全員立ち上がって、拍手してください!」
と強調しておられます。

今は、天一国に入るために、私の心に神様が働く時であります。
それと同時に、さまざまな思いも去来してきます。
まさに善悪交差の時であります。

最近、統一教会ブログ村においても、
本当にさまざまなブログが暗躍しています。
「自分の頭で考えなさい」
「こんな考え方もあるよ」
まさに、私が監禁中に何度も反対牧師から言われた言葉です。
「自分の頭で」と誘導しながら、
神様を否定し、み言を不信する方向に導いているわけです。

今こそ、神様に祈りを捧げ、み言葉に立ち返り、
一つとなって、試練を越えていく時であると思います。


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posted by ten1ko2 at 08:30 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする