2013年03月13日

歴史的なジュネーブ国連本部でのメシア宣布! の裏話。。。。「終わりよければすべてよし?!」


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☆スイス大会でみ言葉を語られるお父様☆


今回新しく日本の総会長になられた
宋龍天総会長ご夫妻と
徳野英治会長ご夫妻をお迎えしての
特別集会が
全国各地で行われています。

今日は、その中で李海玉(イヘオク)サモニムが語られた
真の父母様世界巡回路程の
エピソードを紹介したいと思います。

以前私が聞いた証しも含めて
多少、加筆・編集させていただきます。


2011年スイスジュネーブで行われた大会は
会場が国連の施設でありました。

この場所は
どんなNGO団体でも使うことの出来ない
特別な場所です。

しかし、UPF(天宙平和連合)の名前で
国連が特別に配慮してくださり、
会場を借りることができました。

国連といえば、
皆様の記憶にあると思いますが、
真のお父様は本来
1945年から7年路程を経て
1952年に国連でメシヤ宣布をするはずでした。

時を越えて、今回貴重なみ言を宣布されました。
お父様にとっては
どれだけ感慨深いことだったでしょうか。

正式的には、
国連でスピーチをする時は、
大声を出したらいけないそうです。

ところが、真のお父様は
第一声から大声を張り上げました。
参加した有識者たちが
びっくりしたのは、言うまでもありません。

しかも、今度は机を叩きながら説教をされます。
あまりの激しさに、
圧倒され完全に呑み込まれてしまったのです。

お父様は原稿文を用意しておられましたが、
原稿とは違う話をされるのは
よくある話です。

実はこのとき、
講演文を最初の一言読んだだけで、
説教を長く語られることになりました。

結局2時間たって、原稿文は
2ページしか進んでいません。

当時、ヨーロッパ大陸の会長であった
宋総会長は大慌てでした。

なぜかというなら、
会場は午後6時までしか
借りることが出来なかったのです。

総会長は真のお母様に
メモを渡しました。

「お母様、あと30分で
終わらなければなりません」

お母様もこれは大変だと思い、
スピーチをしておられる
真のお父様に無言のメッセージを送りました。

お父様もそのことを悟られて、
真のお母様を壇上にあげられました。

そして、速読のように
流暢にみ言を語られました。

お父様は隣でお母様に
横槍を入れたりしましたが、
そんなお父様も一切無視されて(笑)
勢いよく訓読をされました。

その時間、なんと25分。

無事に時間通り
大会が終了し、
スイス大会は
大勝利となりました。

サモニムは
真のお母様に本当に
感謝したといいます。

「この場にお母様がいなければ
一体どうなっていたでしょうか。
国連の施設でみ言を語るということが
どれほど重要でしょうか。
真のお母様ゆえに
見事に訓読ができたのです。
大会を終えられて、
お父様はお母様に対して
本当に感謝し喜ばれました」



結果的には、真の父母様が
国連で共にみ言葉を宣布されました。

その場に参加した人たちだけでなく、
もしかしたらそれ以上に
国連の建物そのものも
大いに喜んだのに違いありません。

なぜならば
ようやく本当の主人を
迎えることが出来たのですから。

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posted by ten1ko2 at 08:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月12日

なぜ親兄弟を訴えるのか?! 「闘いなさい!」神の義憤から出発した後藤裁判!!



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拉致監禁問題を解決するための
天王山ともいえる後藤徹さんの
本人尋問が昨日、無事に終わりました。

詳細は本部ホームページをご覧ください。↓ 
   後藤徹氏の本人尋問が行われる

今後とも、皆さんの
関心と理解を更に深めるために
どうして、このような
裁判をするに到ったか
もう一度お話したいと思います。

後藤徹さんが今回
裁判に踏み切ったのは、
拉致監禁に関わった
ご両親やご兄弟を
恨んで報復する思いを持って
やったのではありません。

「罪を憎んで人を憎まず」といいますが、
惨い仕打ちをした家族に対しても、むしろ
今でも深い愛情をもたれているがゆえの
苦渋の選択であり、
英断であると思います。

以前書いた記事を二つ紹介します。

後藤徹代表が、ある集会で
このように語ったと聞きました。
「私たちはだれも憎みません。
また、恨みもしません。
しかし、これ以上、
黙っていることも致しません。
神様の義なる怒りでもって、
この蛮行が根絶されるその日まで、
闘い続けるのです」


後藤さんが監禁されているとき、
神様は癒しの神様であり、
本当に愛されていることを
実感していたといいます。

しかし監禁を逃れて、
入院しているとき、
神様が突然後藤さんに
無言の思いをぶつけてきました。
『戦いなさい』
まさに神様の
義なる怒りでありました。

私は個人的に思うのですが、
後藤さんはこの拉致監禁を根絶させたい、
愛する兄弟姉妹に対して、
苦しい目にあわせたくない、
そういう思いをもって、
ご自身とご家族を犠牲にされたのです。

まさしく、全人類を生かすべく
ご自身の家族を犠牲にされた
真のご家庭のごとく、
同じ道を歩む決意をされたのだと思います。

神様は愛の神であります。
愛の神であるが故に、
今までは恩讐をも愛してきました。
恩讐を愛で屈服させる道を
神様は歩んでこられたし、
迫害を忍耐で越えてこられた
神様でありました。

しかし、お父様は
「復帰の道は打たれて
奪ってくる道である」
と語られていますように、
打たれた条件を持って、
悪を屈服させることができるのです。

正義を持って悪と戦う神様ですから、
義なる怒りをもって、
闘い続けていく神様であり、
私たちでなければならないのです。


これは体験者として
食口皆様に対する
率直な思いです。

食口ではありませんが、
この問題を解決するために
尽力してくださっている方が、
ある集会でこんなことを
語っておられました。

             ☆

私はある新興宗教の大幹部とお会いしました。
その時に統一教会で反対派による
拉致監禁が行われていることを話しました。
その方は次のようにゆっくりと
そして力強くつぶやきました。
「もし、私たちの教団で
このようなことが起こったら、
ただではおかない」
教団をあげて、
信者一人の命を守るために、
ありとあらゆることをして、
奪還すると宣言したのです。


             ☆

私たちの教義は本当に素晴らしいものであり、
それを実践していけばどれだけ
素晴らしい人間関係が築けるでしょうか。
しかし、日本の使命と責任が
あまりにも大きいので、
責任者の方たちはそれを果たすことに
全力投球せざるを得ません。

私自身も拉致監禁被害者であるがゆえに、
ブログを通して、訴えていますが、
当事者でなければ、
自分もどうしていただろうか、
そう思うこともあります。

実は、正直に言わせてもらえば、
私のブログにおいても
拉致監禁の記事と、
その他の記事を比較すると
アクセス数に歴然とした違いがあります。

これはおそらく
拉致監禁の記事を書くと、
反対派の方などが読まなくなるから
数が減るのだと思います。

食口の皆様は
この問題に関して
無関心ではないことを
心から信じたいです。


私たちの教会が
拉致監禁に対して
何もしてこなかったわけでは
もちろんありません。
ありとあらゆることをしても
先行され、奪われに奪われる
口惜しい年月がありました。

神様が『戦いなさい』と言われました。
拉致監禁は神様の悲しみであり、
義憤です。
今こそ、その無念を晴らし、
これ以上の犠牲者を起こさないためにも
闘え、と神様自身が
後押しをしてくださっています。

もし自分の本当の兄弟姉妹が
拉致監禁にあったとしたら、
『恩讐を愛さなければならない』
そう思って、
黙って何もしないのでしょうか。

拉致監禁の首謀者に対して
何の感情も起こらないのでしょうか。

『この人(拉致監禁被害者)の家族は大変だ、
きっと先祖の因縁が重いのだろう。
でも、うちはアベル的で教会を受け入れてくれている。
だから拉致監禁なんておきるはずがない』
そう思って、必死に戦っている人には
無関心なのでしょうか。

私たちは
神様を中心とした
本当の兄弟姉妹であるとするなら、
後藤さんが生命を賭けて
裁判をしていることに対して、
関心と祈りを注ぐべきだろうと思います。

今後とも
皆様の応援と祈りを
よろしくお願いします。


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勝利する秘訣は何か、
勝つまでやることです


(真のお父様のみ言葉)


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2013年03月11日

天国のあなたへ「ますます好きになりました!」 《奥様を亡くされた祝福家庭の証し》


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私は1年前に病気で倒れましたが、
そのとき、「死」というものに、
直面しました。

紙一重で生き残りましたが、
切れた脳の血管がほんの少し左側だったら
この世には、いませんでした。

それ以降、「死」や「霊界」の存在を
より強く意識するようになっています。

今回は、愛する奥様を亡くされた
二人の方を通して
感じたことを書いてみたいと思います。


いつも素晴らしいブログを書いている
「教育部長の講義日記」の教育部長さんは
奥様を若い頃に亡くされました。

それ以降、二人のお子さんを立派に育て上げ、
またお母様の介護もしっかりとなさっておられます。
本当に素晴らしいと思います。

奥様を思いながら、奥様の『声』に耳を傾けて
奥様の『姿』に目をこらしていますが、
霊的に見たり聞いたりということは
なかなか難しいとのこと。
しかし、霊的協助は
よく感じておられるようです。

そんな中、過去を回想しつつ、
奥様に喜ばれる歩みを意識しながら
生活をされています。

教育部長さんの耳には
直接届いていないのかも知れませんが、
奥様も
いつも感謝の思いを持って
語りかけておられるに違いありません。

教育部長さんのブログ記事より
(霊界の家族との交流のために
役立つ内容が紹介されています。)


思い込み交流から始める
霊界の家族と一緒に生活する努力
霊界の妻が伝えたいこと
本棚にいた私の妻



もう一人、最近SNSを通して
交流を始めるようになった方ですが、
奥様を昨年病気で亡くされました。

その衝撃はいかばかりだったでしょうか。
愛する伴侶を亡くされた方の思いは
その方でなければわからないと思います。

そして奥様を思いながら
いつも生活しておられます。

その様子を少し編集して
掲載いたします。

『朝のひととき

今朝の通勤の運転時も
愛しの妻は私の左横で
微笑んで座っていてくれました。
物理的な席は妻には
必ずしも必要ありません。

妻に見守られて、
安全運転で清々しく
一日の勤務をスタートできます。

今日は後部座席の父が
時々話し掛けるので、
妻との心の会話に
深くは入れませんでしたが、
妻は終始にこやかに
父の話も聞いています。

何と素敵な朝でしょう。
愛しの妻にまた惚れ惚れです。
大好きです。』

『目に見えない家族。

聖和した妻はまさに
目には見えない家族です。
今のところ妻と会話できると
自覚しているのは
家族の中では私だけです。

長男がその気になれば
できない筈はないように
私には思えますが、
長男は母親のことを意識して
思い出すのが苦痛なようです。
それも理解できます。

家内は肉眼では見えず、
触ることもできず、
声も聞こえませんが、
間違いなく一緒にいる家族です。
私にとってはかけがえのない妻です。
息子達にとっては大事な母親です。

「気のせいだ。」とするのは早計です。
余りにもったいないことです。
折角のチャンスを逃すことになります。

妻が聖和した夫は
悲痛の塊です。
しかし私は妻との交流を
積み重ねて来まして、
肉眼で見たかった「写真(絵)」も
「届けて」貰い、
生きる力も与えられました。

家内は頼りになります。
いつでも相談に乗ってくれます。
一緒に考えてくれます。
状況を的確に把握して判断して
必要な手を打ってくれます。

地上に残された夫は
目の欲求さえ克服できれば
悲痛さから解放されます。
悲痛な気持ちが襲って来る前に
「届けて」貰った、
夫として見たい「写真(絵)」を見れば
悲痛さに圧倒されて
災厄を被ることから免れるのです。』




「妻を愛しています。
ますます好きになりました。」
そのように率直に表現している文章は
私たちから見ても
とても清々しい気分になります。

また、その文章を見る奥様は
どれほど嬉しいか知れません。

奥様から届けてもらった「写真(絵)」
というのは
霊界の姿でしょうか。
なんなのかは、その方にしか
わからないものでしょう。

その方は、奥様との交流を
このように表現しておられました。

私なのか家内なのか面白い感覚です。
感覚が倍になったようでもあります。
私の肉身を家内も使っているのは
間違いありません。霊人体は溶け合うようで心地良いです。


霊的に感じることのできる人、
そうでない人個人差はありますが、
亡くなった家族が霊的に
存在しているのは確かなことです。
お父様のご聖和以降、
更に地上と霊界が通じやすく
なっているようにも思います。

大方の人は、遅かれ早かれ
相対のどちらかが先に
霊界に旅立っていきます。
いずれ、永遠の世界で
離れずに暮らせるとして、
この世で会うことのできない
日々の辛さは、
語りつくせないものがあるでしょう。

『妻が聖和した夫は
悲痛の塊です。』
この言葉だけでも
伝わってくるものがあります。

以下はあくまでも個人的な意見です。

男性と女性の平均寿命で
女性の年齢が少し高いのは、
日本だけではなく
世界的なものだと思います。

男性は縦的であり、
女性は横的であるので、
男性がしっかり立つには
支えがなければいけません。

すなわち女性の存在が必要なのです。
やはり妻を失った夫の方が
支えがないということで
大変なのではないか、
だから女性が長生きをするのも
意味があるのかもしれない
そんなことを思ったりします。


私たちは
霊界の存在を信じています。

そして
夫婦は霊界においても
永遠に夫婦なのです。

これは本当に素晴らしいことです。
そして愛する相対は
天国で生活しているのです。

霊界の存在を教えてくださり、
貴い聖和の恩恵を与えてくださった
真の父母様に改めて
感謝したいと思います。

地上に奥様がおられないお二人には、
計り知れない苦痛があり、
それは経験しなければ
分からない世界であると思います。

しかし、今後も間違いなく
奥様はお二人を見守っておられるだろうし、
お二人を通して
霊界の実在を証すことも
奥様にとって見れば、
かけがえのない喜びなのだろうと思います。

今後もお二人の活躍を
応援しつつ、
また感じたことがあれば
追って書きたいと思います。

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あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

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