2013年04月27日

天国とは私が造るもの! 世界に一つだけしかない花を咲かせよう?!


写真 2.jpg


写真 1.jpg
(教区本部の入り口に咲いている花たち)
♪世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい☆


昔、学生部にいた頃のことです。

入教する兄弟たちの人数が多いこともあり、
ホームがとても狭いので、
全員が 一人一つの布団に
寝ることが出来ませんでした。

しかし、それが楽しいのです。
「今日は〇〇兄と一緒に寝よう!」
そんな感じで一枚の布団で寝るのが
今でも懐かしい思い出です。

私は大学を卒業してから、いったん就職したのですが、
通勤電車があまりにも混んで
辟易したことがありました。

汗臭かったり、化粧臭かったり・・・。
東京の満員電車というのは、
何でこんなに混むのかとよく思いました。

そのときふと、
「一緒に乗っているのが
学生部の兄弟だったらどうだろう」
そんな風に思ったことがありました。

そう考えたら
一緒に満員電車に揺られるのが、
きっと楽しいだろうな、
ぶつかってもぶつけられても
また、もし汗臭かったとしても
全部笑いに変えられるだろうな、
そう思えたのでした。

まさにこれが天国なのではないか、
そんな風に思いました。

全人類が兄弟姉妹である、
そのことを本当に感じることができれば、
どれだけ素晴らしいだろうか、
そう思います。

しかし、現実的には、
難しい部分も正直あります。

学生部時代、あるいは献身生活をしていると
ともに歩むメンバーが慕わしいのですが、
家庭を持って、そこで信仰生活をすると、
お互いをどれだけ兄弟姉妹である
そう思っていくことができるでしょうか。

先日北千葉教区の教区本部教会に行きました。

会議に参加したのですが、
教会の敷地のフェンスに
色とりどりの花が咲いた
プランターがいくつも
掛かっていました。

「綺麗だな」
そう思ってみると、
プランターに名前が書いてありました。

スタッフに聞くと、
自分の好きな花を買って、
自分で飾るように
教区長が指導されているとのことでした。

「教会は誰の教会ですか?
皆さんの教会、私の教会なのです。」
そう言われながら、
みんなが教会に来ることを願って、
このようなことをされているそうです。

そうしながら実際は、教区長自ら
毎朝、丹念に雑草を摘み取ったり、
一番綺麗に咲いている花を
玄関の手前に配置したり、
精誠を捧げておられるのでした。

まさに食口を愛する心情で
花の手入れをされているのだと思います。

神様、父母様に侍るとするなら、
教会に来るということが
どれほど貴いことでしょうか。

そのような縦的関係を確立した土台で、
さきほどのような心情関係を築くことが出来たなら、
それこそが本当の天国なのだと思います。

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お父様のみ言

統一教会は信じて天国に行くという人間が、
集まる所ではありません。
天国を造って暮らして、あの世に行くと言うのです。
ですから思想的な根拠をもって、
そんな確固とした信念を持って、
風が吹き、世の中が変わっても変わらず、
指導的な活動をせよと言うのです。
そのようにしても基準もなく率いて、
風が吹くたびに倒れていたら何事をしたことになりますか? 
自分が風に倒されるのですか? 
そして自分が苦労をしないというのでしょうか?


文鮮明先生み言選集 No.21
「天の国の宗孫となれ」
1968年11月24日(日) 前本部教会


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2013年04月26日

「拉致監禁はもうしない。疲れたよ」父の電話を信じた息子、そして裏切りの事件が!!《後藤裁判》


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拉致監禁by宮村の裁判記録
3月11日に行なわれた原告後藤徹氏の
本人尋問の調書の連載が始まっています。
すでに2回目です。

 原告後藤徹氏本人尋問(主尋問その1)―統一教会入会から1回目の監禁まで

 原告後藤徹氏本人尋問(主尋問その2)―1回目の監禁から解放されてから 2回目の監禁まで

主尋問だけでも長時間ですが、
それを電子化するには
相当な労力があったと思います。
実際には、支援者の皆さんが協力をされたそうです。

まず、後藤徹氏は証言に先立ち、
下記のような宣誓文に署名をし、
緊張した面持ちで尋問に臨みました。

「良心に従って真実を述べ、
何事も隠さず
偽りを述べないことを誓います。」

後藤さんの尋問に次のような箇所がありました。
長いですが、是非読んでください。

原告代理人とは、原告(後藤さん)側の
弁護士のことです。


原告代理人: 「お父さんは,もう拉致監禁はやらないと
言ったんじゃないんですか。」

後藤: 「はい。あるとき電話で父がもうあんなことはやらないと,
もう疲れたよと,そのように言いました。」

 「そういった言葉もあって,家にも帰るようになったんじゃないですか。」

 「そうですね。もう拉致監禁をしないということを約束してくれましたので,
その後私は実家にも帰ることができるようになりまして,
夕食を共にするような,そういう場を持つことができるようになりました。」

 「その日,どういうことがありましたか。」

 「いつものように食事を済ませまして,一息ついていますと,
父親のほうから,徹,話があるということを切り出されまして,
それでいろいろ統一教会に対する批判を言い出しました。
そして,ここでは何だから,別の場所に移ろうと,そのようなことを言われました。」

 「それを聞いて,あなたはどういうふうに答えたんですか。」

 「私は,話ならここですればいいだろうと,
私はもう今日帰らなくちゃいけないんだと,
私がいないと困るんだと,いきなり言われても駄目だと,そういうことを言いました。」

 「あなたは断ったんだけれども,家族はどうでしたか。」

 「それに対して全く耳を傾けるような様子はなく,
だんだんと圧力が強まってまいりました。
それで,私はもうこれはまたやられるんじゃないかということを思いまして,
非常に恐怖を感じました。」

 「検察審査会の議決文には,
申立人が大声を出して救助を求めることは容易にできたのに言っていないとあって,
あなたの同意のもとで移動したから拉致ではないかのごとく
書いてあるんですけれども,どうなんでしょう。」

 「確かにあのときは私は大声で叫んで
助けを求めるようなことはありませんでしたけれども,
それはそもそもそのときの状況が大声を上げて抵抗できるような
状況ではありませんでした。」

 「理由は。」

 「あのときはやはり用意周到なる家族の準備,
計画を見せつけられまして,
もう私はこちらがどんなに必死に抵抗してもこれは無駄な抵抗に終わると,
そのように思わされました。
そのときに現れたのは家族はもちろんですけれども,
突然叔父が現れ,そして見知らぬ男たちまでも
そこに次々に連行要員として現れてまいりましたし。
あるいは私がもう本当にそこを移動したくない
という意思表示をしているにもかかわらず,
全くそれに耳を傾けるような状況はありませんでした。 
もうそこに集まった人たちの状況が始めに連行ありき
という状況がありありと分かりましたので,
私はこれは抵抗しても無駄だと,そのように思わされました。」

 「ほかにも理由があるんじゃないですか。」

 「信じていた家族に裏切られた,
そのショックが大きかったと思います。
当時は最初の監禁から8年が経過しておりましたけれども,
その間,いろいろありましたけれども,
何とか家族と信頼関係を回復して,
父親からはもう拉致監禁はしないと,
そういう約束をしてもらっておりましたから,
私も何とか実家に帰ることができるようになっておりましたけれども,
その矢先に突然,見知らぬ他人まで現れて,
またやられると,そのように思った瞬間に,
私は本当に抵抗する,大声を出す気力さえも失われてしまいました。」



後藤さんは1回目に拉致をされて
教会に戻ってきた後にお父さんから電話で
「もうあんなことはやらない」と
はっきり言われています。

だからこそ、帰省するようになり、
よい関係を作っていた、
このように考えていたのです。

それなのに、後藤さんを裏切って
2回目の拉致を決行しました。

後藤さんの衝撃はいかばかりだったでしょうか。

あまりの衝撃に
「私は本当に抵抗する,大声を出す気力さえも失われてしまいました」
と証言しています。

この衝撃・・・
私も過去2回(さらに1回あったがそのときは未遂)
の時には同様のことがあったので、
後藤さんの体験を読むにつけ
過去の記憶が思い出されて
心が重くなります。

これに対して
被告側(反対派)は、
「逃げる素振りを見せなかったから
本人は同意していた」
そのように主張します。

まったく考えられません。
そういうはずがありません。

親から監禁される衝撃がどんなものか、
一度経験し、充分に分かっている人が
「もうやらない」
そう言われて
もう一度信じたのです。
それなのに 裏切られたショックというものは
どれほどのものか、
被告・反対派はそういうことを
考えられないのでしょうか。。。

尋問の内容は定期的にアップされるそうなので、
私もときあるごとに記事を書きたいと思います。

後藤さん、また賛同者の方の
苦労をねぎらうためにも
是非、上記のブログと
尋問の内容をお読みくださいませ。

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2013年04月25日

「基元節ビデオを見ると、しきりに涙が出ます」 そして決意されたものとは?! 《お母様の訓読会のみ言より》


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ファミリーフォーラムに
 「真のお母様のメッセージ 4/20 ラスベガス」
と題して、お母様がアメリカに行かれたときに
天和宮の訓読会において語られた
み言が掲載されていました。

すべて掲載するのは長いので、
一部ピックアップして紹介します。



去る4月17日ユタ州にあるモルモン教本部博物館を訪問し、
200年近くたった教団の歴史を見て来ながら
感じた点がありました。
まず私たちは早い期間内に、真の父母様が来られたことを
全世界の人類に知らせるのが至急な事であると思いました。
真の父母様がすでに来られたということを
人類に知らせることが、未来に私たちの大きな資産になります。

本当に私たちは真の父母様に感謝しなければならないし、
ありがとうございますと言わなければなりません。
私たちはみ言を通じて蕩減原則が分かったし、
その蕩減を通じた復帰の原則をパスせずしては、
これから出発することができないということが分かりました。
それで私が天一国基元節行事のビデオを
しきりに何度も見る理由が、
皆さんも父母様のような心情圏に立たなければならないし、
ひいては同じ心情圏で生きなければならないからです。

真の父母様の立場から見る時、
真の家庭の子女達もこの点では皆さんとまったく同じです。
これから私が生きている限り、
私は皆さんと真の家庭が真の父母様のような心情圏に
正しく立つことができるように天の伝統を立てて行くでしょう。

真の父母様がいらっしゃったという知らせを聞くことができずに
70億人類たちがすべて霊界に行くようになる時、
彼らが霊界で皆さんたちに何と言うでしょうか?
「私たちとあなたたちは真の父母様と同じ時代に
呼吸しながら暮していたが、
どうして私たちには真の父母様を知らせなかったか!
紹介することができなかったか!
私が真の父母様が知っていたなら
あなたたちよりもっとよく侍ったのに」
というような讒訴を永遠に受けるようになるのです。

皆さんたちが真の父母様を知らせる使命を
つくすことができなかったら
そんな讒訴から脱することができないのです。
それは真の家庭も同じ使命があるのです。

真の父母の直系子女で生まれて
人類を思うことができなかったとしたら
永遠に讒訴を受けることになるでしょう。
その責任が皆さんにあるというのを肝に銘じてください。
私たちは歴史を通じて成功と失敗のすべての典型路程を
すべて見て来ました。
歴史的な教訓を見ながらも
それよりできなくてよいのでしょうか?

このような摂理的な隊列に
私と一緒に同参することができなかったら
子孫たちが皆さんを讒訴するでしょう。
知らなかったとは言えないのです。
私がすべて話し教えてあげました。

天の摂理のより大きい発展を成すようにするために
私たちは本当に貴い立場に立っています。

私たちの永遠な生命を生んでくれたこの立場が
どれほど貴い位置であり誇らしい立場ですか?
子孫たちが永遠に顔を上げて生きていかせることできるという
栄光の立場に皆さんたちが立っているというのです。

私は皆さんに言いました。
皆さんたちを忠・孝・烈の位置に立つように
してあげたいと言いました。
そうしようとすれば皆さんは
私の言葉と一つにならなければなりません。
忠・孝・烈の立場に立つのは口先だけではなされません。

行動で実践しなければなりません。
そうすることができるように
責任者たちは励ましてあげなければなりません。
私は基元節ビデオを見るときにしきりに涙が出ます。
そしてまた決意をするようになります。

まさに善なる人となることによって
世界が回るようになるのです。
その中心的隊列に
皆さんたちが立ったということを忘れないで下さい。


*これは公式訳ではありません、とのことです


真のお母様の切実な思いがこめられていると感じます。

教会長はこのみ言を訓読しながら、
「私自身が問題である。
そのように思わなければならない。
お父様が聖和された今、
私がお父様の代身なんだ、
そう思って物事を捉えていかないといけない」
そのように語られました。

私たちは真の父母様の半導体の立場で、
多くの人たちに対しているのか、
それとも絶縁体になっていないか、
そのことを感じさせられます。

勝利された真の父母様を正しく証しする者として
私がここにいるのだ、
その自覚が必要なのだと思います。

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