2013年04月24日

口は災いの元! 言葉は50%削減できる?! 「かわりに愛の言葉を語ろう!」 愛天愛人愛国講座より4


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「出口は一つだけど、
出たら戻れないし、
広がってしまうものなぁに?」*


今回のテーマを書きながら、
言葉に対して、もっと謙虚にならないといけないし、
言動も気をつけないといけない
そのように思わされています。
今日で最後です。


大母様のみ言です。

「言葉というものは、一度出てしまえば
二度と拾って入れることができません。
絶対に言葉に注意しなければなりません。
いつでも言葉は減らさなければなりません。」


人のことを知らないなら、
うわさはしないほうがいいというのです。

言葉のダイエットをしましょう。
言葉が本人を不幸にしているというのです。

さきほどの続きになりますが、
大母様が語られています。

「今話している言葉から約50%
減らして話しても問題ありません。
サタンは言葉を通して、
私たちを引き離す役事をするために
一言一言を慎重によく考えて話さなければなりません。
真の愛の言葉だけを使わなければなりません。」


私たちはゴミを出しますね。
燃えるゴミを一ヶ月も置いたらどうなりますか。
部屋はくさくなるし、不衛生です。 

燃えないゴミだってそうです。

そのように、ゴミを出すのは当たり前なのです。
しかし、目に見えるゴミは、
幸不幸には影響しないのです。
部屋は臭くなりますが(笑)

しかし、見えないゴミのようなもの、
悪口や陰口など、口から出る言葉はどうでしょう。
口から出ても回収できないのです。

たとえば、「あの人馬鹿」と言ったとします。
言ったら別のものに変わるのです。
肥料を与えて肥やしになる。
「あの人に馬鹿にされた」と思ってしまいます。
いいことは何一つないのです。

だいたい、悪口よりも陰口の方が
腹が立ちませんか?
間接的に言われると、もっと血気に走ってしまいます。

だから、黙っておいたほうがいいのです。
そのほうが、平穏です。

感情が出たことを出さないように
口に出すと自分のものではなくなります。
悪口、陰口はゴミとして捨てられません。
不幸の原因になるのです。

言葉の消化力をつけましょう。
消化が悪いと病気になります。
消化、すなわち、口に出す前に飲み込こんでしまう、
つまり悪いことは話さないことです。

冷静にならなければなりません。
言ったら必ず後悔するのです。

そして、よい言葉をたくさん覚えて
口からだすようにしましょう。
ですから、訓読書写が一番いいのです。

お父様は愛情に満ちておられる方です。
人に生命を与え、力を与えます。

この世の言葉の中で
一番力を与えるのがみ言です。

それを口に出してしゃべることを訓読といい、
み言を書き写すことを書写といいます。

自分の心に言い聞かせるのです。
人に語る前にまず自分に語るのです。

そうすると、自分の心が
み言にだんだん影響を受けてきます。
だんだん神様を愛するようになっていきます。

「感謝します。私は幸せです。」
どんなときにもそう言いましょう。
そうすると、運気が変わってくるのです。



悪い言葉は
見えないゴミのようだが
排出したら回収不可能で、
不幸の原因になる。
言葉のダイエットをし
言葉の消化力をつける。
そして、よい言葉、
み言を吸収し、
愛の言葉、感謝の言葉を
発していく…。

言葉の使い方によって、
私たちの人生の幸不幸に
大きな影響がでてくるのは確かだと思います。

以前紹介した、ありとあらゆるみ言を
100回訓読されている方は、
話していると 口から
み言が出てくるといっていました。

私自身も
無神経な言葉などを
一言余計にしゃべってしまう課題があります。

今回の内容を肝に銘じて
訓読や書写を続けつつ、
言葉遣いに気をつけていきたいと思います。

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お父様のみ言

女性は本来、男性の平均の声よりも
小さな声で話さなければなりません。
女性のその声は
愛のささやきのようでなければなりません。

皆さんは心情にない言葉を語ってはいけません。
絶対に語ってはいけないのです。
引っかかるのです。
天法に引っ掛かるのです。


(礼節と儀式 より)

*
わざわざ記すまでもありませんが、
答えは「言葉」です。
「口」という出口から出ると
時に噂話ともなって広がります。
よい言葉、そしてみ言を
広く伝播したいですね。



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あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
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曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
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2013年04月23日

「あの人は悪い」と言い続けると、悪い人になる?! 一言を間違えれば清算に一年・・・・! 愛天愛人愛国講座より3


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「言葉」に関する
愛天愛人愛国講座
今日で3日目です。




「皆さんは言葉を瞬時に語りますが、
その一言を間違えると
それが一年間も影響するのです。
一瞬に間違った言葉を一年間もかけて
清算するようになるというのです。」


というみ言があります。

瞬間的に出した言葉を償うのに
一年かかるというのです。


「私たちの同僚関係においても
一言間違ったことによって、
その関係が壊れることもあります。
もし言葉を一言間違えれば、
その言葉を言った人も苦痛を受け、
その言葉を聞く人も苦痛を受けるのです。」


つまりは言った人が苦しみ、
聞く人も苦痛を受けるのです。

悪い言葉というのは、不幸を撒き散らし、
毒薬を出していることと同じです。
いいことなど一つもありません。

言葉は目に見えません。
しかし見えないものは霊だと表現できます。
言霊(ことだま)という言葉がありますね。
悪い言葉に悪霊が働くのです。
ですから、
考えた以上に悪い事態になってしまいます。


人の仲を裂き、ひそひそと
『誰々は悪く、誰々はどうでこうで・・・』
と言うことがありますが、
それはサタンの武器です。
『あの人は、こうだ』と評価するのはサタンです。」

とお父様は言われます。

悪霊というのはサタンの手下です。
夫婦、親子を裂こうとするのがサタンです。
サタンは、人間関係を裂こうとしています。
24時間、人の不幸を考えているのです。

ですから、悪い言葉を通して、
その人に銃や大砲を与えているのです。
口から出る言葉は本当に怖いです。

大母様は、家庭の幸せを願われて
言葉の指導をされます。
言葉が人を作るのだといいます。

大母様のみ言です。

「感謝する心で、ために生きる心で、
真の愛を伝えることの出来る
真の愛の言葉、真の言葉、よい言葉、善なる言葉、
賞賛する言葉のみを
使うようにしなければなりません。
どんなに憎い人、悪い人がいても
相手の人が良い人だと思って話し続けていくと、
その人は良い人になって行きます。
反対にどんなに良い人でも
『あの人は悪い』といい続けると、
人間は感情があるので、
悪い人に変わっていきます。」


「私の夫は悪い夫だ」
そのように決め付けて、
言い続けるとします。
そうすると、言った言葉以上に
悪い夫になってしまいます。

反対に子供に「大丈夫、いい子だ」
と言っていると
本当にいい子になっていくのです。

これも何かで読んだことがありますが、
子供が変わったという話です。

子供に対して、どんなときにも口癖で
このように言っているお母さんがいました。
「大丈夫、お前はいい子だよ」

子供は思春期に入り、非行に走りました。
それでも、
「大丈夫、お前はいい子だ」
そう言われます。
どんなに悪いことをしても
「お前はいい子だ」というのです。

ある日、お母さんが交通事故に遭いました。
病院にいったら、
お母さんは亡くなっていました。

あとでそのお母さんの真実を知りました。
親族の方が
「この人はお前の実母じゃない」
そのように言いました。

子供は愕然としました。
自分の本当のお母さんじゃないのに、
どんな悪いことをしても
「お前はいい子」
そう言ってくれた。
自分は何て事をしてきたんだろう。

子供は本当に改心して
立派な青年になっていきました。

浅川先生の愛天愛人愛国講座より
編集・抜粋しました


言葉の持つ力というものは
本当に素晴らしく、また恐ろしいです。

言葉には霊が伴うということも知りました。

本当に気をつけていきたいと思います。

スイマセン、
もう一回でまとめます。。。

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2013年04月22日

(証し)「ありがとうを1000回唱えると孫1人来る!」愛天愛人愛国講座より



生涯の幕を閉じる日まで天一国をこの地上に2


お父様のみ言やすべての行跡は
原石のようです。
いくら貴い原石でも研いで磨いて
輝かせなければなりません


「言葉には不思議な力があります」
愛天愛人愛国講座より
昨日の続きです。
少し編集しています。


真のお父様は次のように語られます。

「愛の心、真実をもって
接しなければなりません。
話をするにしても、
一日に良い言葉を三回ずつ
継続して言ってみてください」

良い言葉は3回言うのです。
そうしないと、人の心に入らないのだと思います。
ですから、書写をするときも3回訓読するようにしています。

ここで証しを紹介します。

あるおばあちゃんがいました。
息子と嫁と孫3人、すぐ近くに住んでいます。

しかし、嫁と仲がよくありません。
嫁が嫌っているのです。
孫にも会わせてもくれません。

おばあちゃんは、近所に住んでいるのに、
孫に会えずさびしいと思っていました。

「こんな状況なのは、嫁のせいだ」
おばあちゃんは、毎日毎日、悪口・陰口を言いました。

言えば言うほど、ますます関係が悪くなっていきます。
自体は好転しません。

おばあちゃんは、あるとき
「ありがとう」 を何回も口ずさむと
いいことがあるという話を聞きました。

「ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・」
おばあちゃんは、朝起きてから
一日中、言い続けました。

その日、1000回唱えました。
すると奇跡が起こりました。
一人の孫が「おばあちゃん」
と言って家にやってきました。

「1000回唱えると孫一人来る」
おばあちゃんは次の日3000回唱えました。

そしたらまたもや奇跡が起きました。
3人の孫が来たのです。

「これはいける!」
そう思って、もっと増やして唱えていきました。
すると嫁も来たのでした!

実は、経済のやりくりは嫁が握っていました。
今まではおばあちゃんの食事代もけちっていました。
ところが「ありがとう」を唱え続けると、
ベースアップしました。
さらには、おこづかいもくれるようになったと言います。

そのときには、毎日1万回以上唱えていました。

言葉の王者は、「ありがとう」そして、「感謝します」 です。
ありがたくないときほど
「ありがとう」を唱えると力が出ます。

ありがたくないときに悪い言葉を
感情のままに使うとさらに悪くなっていきます。

言葉というのは人生に影響します。
自分は何で不幸になっているかわからない
それは、悪い言葉を使うからです。

感情というのは、時間が過ぎるとなくなっていきます。
波紋のようにだんだん静まってくるのです。

だから、皆さん、感情的になったときには、
必ず冷静になる必要があります。

言ったら必ず後悔するのです。

そして、よい言葉をたくさん覚えて
口から出す、それを心がけましょう。

ですから、訓読書写が需要だというのです。
浅川先生の愛天愛人愛国講座より
編集・抜粋しました


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また長くなってしまいました。
もう一回だけ、おつきあいください。。。


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お母様のみ言

お父様のみ言やすべての行跡は
原石のようです。
いくら貴い原石でも研いで磨いて
輝かせなければなりません。
一言で原石は原石なのですが
精製されていない原石です。
私がやろうとするのは
天に栄光をお返しする事であり
このみ言が永久保存されることを願ってする事です。
私が天聖経を整えます。
(中略)
これはすべて皆さんと後代のためです。
皆さんが天命を果たして霊界に行くとき
この本を抱いて行けるようにする為のものです。
お父様に自慢するのです。
「私は生きている間お母様の教育を受け
お父様のみ言を愛しそれを抱いて来ました」
このように申し上げるのです。
きれいに完成完結完了させようというのです。


「第一伝承事業、天聖経増補版編纂」のみ言より

上に添付した映像
「生涯の幕を閉じる日まで天一国をこの地上に2」
の中のみ言です。
ファミリーフォーラムに掲載されていたものの一つです。


 真のお母様のみ言葉【映像】



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全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
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