2013年04月21日

人を傷つけてしまったら?!・・・「言葉は心の宅配便です」愛天愛人愛国講座より


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先日ある人に傷をつける言葉を
浴びせかけてしまいました。

私としては何気なく発したのですが、
その人にとっては本当に言ってはならない
内容だったと、発言した後で気づきました。

幸いにもその方が寛大だったので、
事なきを得ましたが、
私としては反省しきりです。
謝罪をしても、物足りない心境です。

言葉を通して、
私自身も傷を受けたことがあります。

具体的には書きませんが、
辛らつな発言を受けたこともありました。
今なら、受け流せることでも
まともに受けてしまい、
傷ついたこともありました。
そういうときに受けた傷はなかなか
忘れることができないですね。

それと同時に私自身も
さきほどと同じように
人を傷つけてしまったことも
ありましたし、また
数多くあったに違いありません。

浅川先生は
「言葉は心の宅配便です」と言われます。

言葉遣いに対して、
お父様のみ言を引用しながら
解説されていますので、
自戒をこめて紹介します。


車にもルールがあります。
ルールを破ったら違反になるし、
下手をすれば事故になります。

私たちは幸せの人生を生きようと思っています。
そのような中で、言葉を正しく使っているでしょうか。

言葉をただしく運転する必要があるのではないでしょうか。
真のお父様は言葉を深く使われる方です。

お父様は
「言葉には不思議な力があります。
言葉は力である。」
このように語られます。

またそれとは反対に
「ねたみや嫉妬の思いで語ればその言葉は人を傷つける凶器になります。」
そのようにも語られます。
言葉は凶器にもなるのです。

お父様は、
「私が語る言葉が神様を喜ばせ多くの人々を力づけるものであるか
いつも反省しなければなりません」
と語られます。
反省しないと成長がないのです。

皆さん、このコップは手でつかんだら動きますね。
でも言葉で言っても動きません。

しかしお父様は「言葉には力がある」と言われます。
人間の体というのは、コップより精巧にできていますね。
たとえばお母さんが子供に「こっちに来なさい」
そう言ったら、子供はこっちに来ますね。
移動するのです。

すなわち物が動きました。
心を動かし、そして体が動いたのです。
人間の言葉が人間の心と体を動かしたわけです。

ですからさきほどのみ言
「言葉には不思議な力があります」
ですが、本当は言葉が一つ入ります。

「言葉には人の心を動かす不思議な力があります」
なのです。

どういう心がどういう言葉となるでしょうか。
お父様は次のように語られます。
「愛と思いやりを持って語れば、
その言葉が相手に届くと人を励まし勇気付けることができます」

愛と思いやりを持つこと。
その言葉を届けて勇気付けられたら、
どんなにいいことでしょうか。
 
さきほども紹介しましたが、
「ねたみや嫉妬の思いで語れば
その言葉は人を傷つける凶器になります」

嫉妬の思いで「嫌い」「死ねばいい」
そう言ったとします。

そうすると、その思いが
相手の心に伝達されて、情念を受け取ります。

そして、気分が悪いだけでなく、
心が傷つき痛みが生じてきます。

手の傷は病院で治療して消えますが、
心の傷跡は消えることがありません。

これは包丁にたとえることが出来ます。
料理の達人は包丁さばきが上手ですね。

反対に、悪い気持ちを持って包丁を使い、
人を刺したら刃物になります。

言葉も同じです。
反省することが大事です。

人を喜ばせたのか、傷つけたのか、
言葉の反省をするのです。

もし人の言葉で傷ついた人がいたとします。
そのときに、「自分は人を傷つけるような
この言葉を人には言わない。
これは天のお告げだ。
人には絶対にしない」
そのように反省するのです。

そして、皆さん、
口から良い言葉を出す。
そのことを意識していきましょう。



言葉を話すのは人間だけです。
神様が思いを表現できるように
与えてくださったものです。

よい表現ができるように
本当に、努力していきたいものですね。

明日も続きます。

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お父様のみ言

言葉には不思議な力があります。
愛と思いやりをもって語れば
人を励まし勇気付けることができます。
妬みや嫉妬の思いで語れば
その言葉は
人を傷つける凶器にもなります。
私が語る言葉が
神様を喜ばせ
多くの人々を力づけるものであるか
いつも反省しなければなりません。


「こころの四季」より


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2013年04月20日

胎中から再臨主に侍った生涯?! 金聖道ハルモニの孫、鄭壽源先生(36家庭)聖和!


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36家庭の鄭壽源(チョンスウォン)先生が
先日聖和されたと聞きました。

鄭壽源先生のおばあさんは
お父様の摂理路程にも出てくる
金聖道(キムソンド)ハルモニです。

金聖道ハルモニについては、
皆様もよくご存知でしょうが、
教会のHP
 「神が準備された摂理」にも掲載されています。



(3)新約時代を代表する女性集団
1.金聖道(聖主教団)

金聖道は1882年に生まれ、長老教会の信徒となり、
独立運動の資金集めと、貧しい人々を助ける慈善事業をするとともに、
サタンの多くの試練を克服しながら聖書の奥義をさぐる特別 祈祷を継続していた。

そうして、1923年4月、天からの啓示が与えられ、
罪の根は人類始祖の淫行問題にあったこと、
イエス様が生きてみ旨を成就しなければならなかったこと、
再臨主は肉身をもって韓国に来られることなど、
3時間にわたって教えられた。

ところが、これらの啓示を発表すると、
長老教会から反対され、また、日本の統治時代は終わり、
韓国に再臨主が来て解放されると語っていたため、
独立運動の団体とみなされ、
金聖道を含めた3名が投獄され、拷問された。
100日以上の獄中生活を終えてまもなく金聖道は病死した。



鄭壽源先生の著書
「感謝する信仰」に
金聖道ハルモニの証しと
それに通じる鄭壽源先生の
証しが掲載されていました。



祖母の啓示による信仰の雰囲気の中で成長する

私の信仰生活は私が母親の胎中にいる時から始まった。
その当時、祖母は特別に啓示を受けた内容を中心として
信仰生活を送っていたので、
他の人とは違った困難を味わっていた。
なぜならば、その啓示の内容が理解しにくいものであり、
多くの非難を受けていたからであった。

祖母は啓示の内容ゆえに、通っていた教会からも罰を受け、
その教会に行くこともできないまま
家で礼拝をするようになったという。
これをきっかけとして、この時から祖母の役事は大きくなり、
志のある多くの人が集まり始め、
私の信仰も小さい時から祖母の教えに従っていくようになり、
信仰的な役事を見聞きしながら成長していった。
その当時、祖母が受けた啓示の内容は、
 1、再臨主は肉身をもって韓国に来られ、
 2、韓国は世界の中心的な国になり、
 3、人間の堕落はある木の実を食べて堕落したのではなく、
淫乱で堕落したのであり、
 4、イエス様を殺したのは過ちで、
十字架は既定事実ではない、ということだった。

私は幼い時から、
このような内容の信仰教育を受けてきたので、
祖母が受けた啓示の内容を絶対的に信じていた。
そして、『このみ旨を万一祖母が成就できなければ、
父親が達成するであろうし、
またもし父親もできなければ、
私の代になされるのであろう。
そしてもし、私の代でもできなければ、
私の後孫を通して必ず成就されるだろう』
と確信していた。

私の少年期の信仰生活は大部分、家で行なっていた。
私たちだけが知っている啓示の内容を中心として、
信仰生活をしてきたがその後、
私たちの家族は新しい原理のみ言に接するようになって、
大きな驚きと共に生の喜びを禁ずることができなかった。

原理のみ言は我が家で主張していた啓示の内容よりも、
より一層はっきりと正確に解明してくれるものなので、
私たちは大きな感銘を受けたのである。
その中でも特に、再臨論に対しては少しの疑いもなく、
ただ絶対的な真理として信じる、
その信仰心だけがより一層深く根をおろすようになった。

多くの人たちがここに呼応して集まってくるのを見る度に、
私はより一層固い決心をするようになり、
統一教会に入教した後にはこのみ旨が必ず成就されるということを、
より強く確信した。



鄭壽源先生は日本でも責任を持って歩まれたことがあります。
直接み言をお伺いしたことはありませんが、
『伝道したい人の名前を100回呼び続けると役事が起こる』
という証し文を読んだことがあります。

今回、真の御父母様が残された揮毫は
『祝 天城入国忠誠子』 だそうです。

霊界でのさらなるご活躍を
心からお祈りいたします。


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お父様のみ言

先生はどんなに苦労が絶えなくても
もっと苦労しようと思います。
もっと誤解され、もっと非難されようとも
それに一言の文句も言わず、すべてを受け
携えて霊界に行こうと思います。
そして引き続いて伝統を立てていきます。
そうすれば
いずれは我々のやっていること
我々の真理は勝利を収めるようになります。
先生は分かっています。
だから先生は霊界にいても
地上にいても働き続けるのです。


愛のシンフォニー3
「主の道」より


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2013年04月19日

このような罪深い私を、わが息子と呼んでくださる天の父母様、ありがとうございます! 〜ある再復帰の兄弟の証し〜


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昨日、ある方から嬉しいメールが来ました。
再復帰で、数年前から
ご縁をもっている方です。

かつて6000双を受けられた
お兄さんではありますが、
その後教会を離れていました。

ご自身で祝福を破棄され、
「こんなに罪深い人間だから、
もう戻ってくることが出来ない」
そう思って、長い期間、
教会を遠ざかっていました。

しかし、数年前のこと、
体がどうしようもなく
大変な状況になりました。
そこで、自分の人生が終わりを告げる前に
教会をたずねよう、そう思って
本部教会を訪ねたのだということです。

そして、
家庭局の人と話をしました。
祝福も破棄し、長い間離れて、
信仰とはほど遠い生活をしてきた自分。
そんな自分でも、
教会に行ってもいいんだ、
そのことを知った後、
死にそうだった体が
不思議とよくなりました。

そして住まいの近くの教会を
インターネットで調べて
当教会を訪ねてきたのです。

私が担当させていただきました。
霊の親はすでに教会を
離れていましたので、
私に霊の親になって欲しい
そう言われました。

最終的には様々な事情で
実家のある九州に帰られることに
なったのですが、帰る前、
「私と同じように
教会には戻ってくることが出来ない、
そう思っている人がたくさんいます。
私のような人を必ず導いてください」
「わかりました」
約束をして別れました。

今回、生まれて初めて、
大母様をお迎えした
還元祈願礼式に参加されたそうです。


お疲れさまです。
基元節の感謝なる恩赦に参席させて頂いた
光栄なる感謝なるこの身、
このようなどうしようもないほどの無残なる者を、
わが息子と呼んでくださる天の父母様、
天地人真の父母様の御前に唯ただ感謝申し上げます。

先日、テモ二ムが来られて
特別な役事をしてくださいました。
私も参加させていただきました。
同じ教会の食口たちとバスに乗り
会場まで行きました。
こうして再び統一教会人と神様が
この身を見てくださるなんという
偉大なる恩恵であり光栄なことでありましょうか!

いま最初の段階の原理講論
1時間用チャートを訓読しています。
2時間程かかりますが今日で7日目です。
訓読しながらさまざまな思いが去来します。

いまから訓読します。
家ではできないので外の街頭の灯りで静かな場所で。
今後ともよろしくご指導ください。



大母様の大会に感動し、
み言に触れて
本当に復活しておられます。

かつてみ言に出会い
長い期間、教会から遠ざかっている人々を
もう一度連れてきて欲しい・・・

彼の思いがきっと残されているからでしょうか。
また、ご父母様の切実な願いも
あるからでしょうか。

私が直接導いたわけではないのですが、
いろんな形で、一度遠ざかった人たちが
もう一度教会に来ておられます。
今回、基元節を転機として
そういう方が10名以上おられました。

そういう方々は
まだまだいらっしゃると思います。
私たちの愛の足りなさゆえに
遠ざかっているともいえるでしょう。
天の父母様は待っておられます。
一度、神と父母が覚えたその人たちを
天の前にお返ししたい。
そして、
本当に幸せになっていただきたいです。


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本当のアベルは愛の主体者である。
相手の心を引きつける本性の強さを
持っているのがアベルだよ。
だから涙があるんだ。
強いと涙が出るじゃないの。
恋しいという心情が強くなると、涙まで出てくる。
涙っていうのは、霊人体の汗だよ。
愛は見えないけれど涙は見えるよ。


李ヨハネ先生「本性で暮らす」より



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