2013年05月15日

(証し)「人生の目的を教えてくれる人に親になってもらいなさい!」 小山田先生を作った二人の母?!


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本部の先生方が各地区を回られ
特別セミナーを開いています。
私も参加させていただきました。
非常に盛りだくさんなので、
何回かに分けて報告したいと思います。

今回は小山田先生のお母さんの証しです。


小山田先生は子供のころ、
とにかく一生懸命勉強をしました。
中学のとき、勉強しすぎて、
何で生きているのだろう、という風に思いました。

高校生の時、人生の目的について
さらに深く考えました。

そしてあまりにも悩んで
両親に尋ねたそうです。

お父さんは、即座に
「そんなことは簡単にわかるもんじゃないよ」
といわれました。

お母さんは尋ねられて1週間考えました。
それから次のように言ったそうです。
「お前に人生の目的を教えてくれる人を探してきなさい。
そして、その人にお前の親になってもらいなさい」

まさに本当に親になる人、
真の父母様にお会いできたのです。


小山田先生のお母さんは
このように
深い親の愛をもたれた方でした。
小山田先生といえば
真のお母様との出会いで
印象深い証しがあります。


真のお母様と、私が深い因縁を結んだのは、
真のお母様が初来日された、
翌年の一九六八年初夏のことでした。

その年の六月に、韓国で韓日大学生勝共大会が開かれたのです。
その大会に参加するため、日本から学生を代表して、
私を含め七人が訪韓しました。

訪韓する前、久保木哲子夫人から、
このような話を聞いて出発したのです。
「私の性格は、引っ込み思案だから、
四百三十双の祝福(一九六八年二月二十二日)を
受けるために訪韓したときは、
今にして思えば、真のお父様に十分に甘えることなく、
帰国してしまいました。
ですから、私の代わりに、お父様に甘えてきてください。」

それで私は、
「分かりました。久保木夫人の恨みを必ず晴らして来ます。」
と言って、訪韓したのです。

真のご父母様の所に七人で伺ったのですが、
私たちは地方に行き、真のご父母様にお会いする機会もなく、
二週間がたとうとしていました。

真のお父様からは、何の連絡もなかったので、
“今回は、真のお父様に十分に甘えることもできず、
帰国しなければならない。”という状況でした。

ところが、真のお父様から慶州にいた私たちに連絡が入り、
ソウルに上京することとなりました。

私たちは最終列車に乗り、
夜の十二時過ぎにソウルの青坡洞の前本部教会に到着しました。
夜中であったので、私と黄煥ァ先生と二人で、
真のご父母様のいらっしゃるベランダに伺いました。

そこには、真のご父母様をはじめ、
劉孝元先生、崔元福先生、
李貞玉先生が座っていらっしゃいました。

私が、「ただいま帰りました。」と申し上げると、
真のお父様は、「どうだったか?」と、尋ねられました。
そのとき、真のお父様は、
「おまえよりも、先生のほうが、もっとよく知っているけれどね。」
と、おっしゃったのです。

このとき、出発前に久保木夫人から言われたことを思い起こして、
「あとは、お父様に愛されるだけである。
久保木夫人の果たせなかった恨みを果たして帰ろう。」と、
独りほくそ笑んでいると、
お父様は、私の心を読まれるのです。

真のお父様は私に、
「帰りはどうするのか?」と、尋ねられました。
“意地悪だな。”と、思いました。
ようやくお父様に甘えようと思っているのに、
「帰りはどうするのか? チケットはあるのかね?」
と、言われるのです。

私も、ちょっとふてくされて、
「チケットはあります。大丈夫です。」
と、申し上げました。

この一連の会話を、近くで真のお母様が聞いておられ、
崔元福先生を通して、
お母様は私に、こうおっしゃったのです。
「この子は、今、来たばかりなのに、『帰る。』などと言って、
なぜ、私を悲しませるのですか?」
そのとき、真のお母様の言葉を伺って、
「これは、うちのおふくろの口癖だ。」と、思ったのです。

なぜかといえば、私が大学時代に、夏休みなどで故郷に帰ると、
母親はいつも三日間ぐらい、私に尽くしてくれるのです。

そして、私が帰るころになると、母親は、
「おまえ、今、来たばかりなのに、『帰る。』などと言って。」
と、言うのです。
それが、母親の口癖であったのです。

真のお母様が、そのようなことを言われるのを聞いて、
本当に、“私のおふくろだ。”と、思いました。

そのとき、私は真のお母様に、
「お母様。今度、伺うときには、
私が、韓国語で会話ができるように勉強してまいります。」
と申し上げたのです。

話が終わり、私がお部屋を出ると、真のお母様は、
日本語で「おやすみなさい。」と言われ、
玄関まで見送ってくださいました。
このときが、
一対一の初めてのお母様との出会いでした。

真のお父様に十分、甘えることはできませんでしたが、
真のお母様から愛を受け、
深い心情的な絆を結ぶことができたのです。

それから十数年後、
真のご父母様と釣りをするためにボートに乗ったとき、
真のお母様のすぐ近くに座ったことがありました。

そのとき、一九六八年七月、
前本部教会のベランダで、
私が真のお母様にお伝えしたことをお話しすると、
お母様は「それ、覚えているよ。」と、言われました。
このように、真のお母様は、
私たちのことをよく覚えていらっしゃるのです。

(証言より)



小山田先生のお母さんの口癖と
真のお母様の話された内容と
まったく同じであるのは
本当に不思議だと思います。

実の母と真の母が会い通じるものがある・・
親の愛というものは
かくも似通うものがあるのだなと思いました。

小山田先生は
「韓国語で話をできるようにします」
と、お母様に約束されましたが、
見事その約束を果たしておられます。
それは、お母様との出会いが
真実で通じ合うような
出会いだったからでしょう。

ご父母様は私の親だ。
ようやく本当の親に会った。
その感激が原動力となったのでは、と思います。

そして、約束通り
韓国語で会話を交わしたときの喜びは
どれほどだったでしょうか。

また、それに対してお母様は
「覚えているよ」とおっしゃりながら
喜んでくださったことでしょう。
息子のその間の苦労も
きっとよく理解されていたに違いありません。

このような証しを通しても
母の愛に 癒され、活力を得たような気がします。
お母様に、
大きな喜びをお返ししていきたいと思うのです。

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posted by ten1ko2 at 08:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする