2013年06月27日

レンズを通して見た統一教会の真実! 天宙聖和式写真集 『慟哭』、カメラマンの率直な感想は…?!


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“見たことも、感じたこともない現場”に立ち会えたことに興奮。
いい、悪いを超越した“何か”があることは確信した。
(カメラマン 酒井透氏)☆


真のお父様の聖和式の様子を一般のカメラマンが撮影した
写真集が発売されました。
『世界基督教統一神霊協会創始者「文鮮明 天地人真の父母天宙聖和式」
二〇一二年九月十三―十五日全記録 慟哭 통곡 』です。

その時の様子をカメラマン酒井透氏が
インタビューを受けています。

 統一教会・文鮮明氏とは何者だったのか?葬儀に参列してむせび泣く信徒の姿を捉えた写真集『慟哭 통곡 』が発売!!


酒井氏は撮影の経緯と、印象をこう語っています。

「今回撮影できたのは、取材の申し込みをしたからです。
至って普通の段取りですよ。
葬儀当日も、教団の方はみんなウェルカムモードで、
なんの不自由も不快感もない環境で撮影することができました。
ごはんも質素でしたが、おいしかったですよ(笑)」


また、撮影を通して少なからず心を動かされたことを
このように話してくださっています。

「とにかく、“見たことも、感じたこともない現場”に立ち会えたことに興奮しました。
確かに、日本では“カルト教団”として語られることが多い統一教会ですが、
今回の撮影を通じて、いい、悪いを超越した“何か”があることは確信しました。
1人の男が亡くなった事実に、(ワールドセンターに集まった)2万5,000人が
むせび泣く光景なんて、見たことありますか? 
私は統一教会の信者ではありませんが、撮影しながら涙が出てきましたよ。
あの時の様子を表現するには“慟哭”という二文字がふさわしいと考え、
写真集のタイトルにもしました。
これまでもアフリカのアニミズムを題材とした写真を撮影するなど、
宗教に関わる光景には何度も立ち会っていますが、
これほどの衝撃を受けたのは初めてかもしれません。
写真家としてとにかく興奮しました」


酒井氏が撮影しながら感じた率直な気持ちだったのだと思います。

この記事はこのように締められています。

「日本では悪いウワサがつきまとう文鮮明氏。
しかし、この写真集には
『本当に文鮮明氏を愛して止まなかった人々』の姿が刻銘に映し出されている。
メディアの報道ではわからない、
統一教会の真の姿に迫る、貴重な一冊だ。

 
真実とは、統一教会とは、一体なんなのか?
改めて考えさせられる大作である。」



また、『慟哭』のあとがきでは酒井氏は次のように語っています。

私は、カメラマンという仕事に就いてから
国内外で様々な取材を重ねて来た。
... しかし、ひとりの人物の死を悼んで、
これほど多くの人たちが涙を流す場面を見たことはなかった。
文鮮明師の「聖和」から172日という月日が流れ、
会場に涙はなかった。
私は、「聖和式」や「即位式」などといった式典を見て
感銘を受けていた。
そこには、文鮮明師ご夫妻を信奉する信徒たちの
信仰心の深さそのものがあったからである。

写真家・酒井透



私たちが真のお父様を慕い、涙する
真実の姿を感じ取ったのではないかと思います。
やはりわかる人にはわかるのだ、
そのようにも思いました。

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お父様の最後の祈祷

今日 最終的な
完成の完結を
お父様の前に
お返しいたしましたので
今日までの一生涯を
お父様の前に
お捧げしたと
思っていますので
そのみ意(こころ)のままに
全生涯を
全うする時間を
最後の時間を
備えて
氏族的メシヤが
国家を代表できる
名を成し
この業を
すべてを成した
すべてを成した

アージュ



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2013年06月26日

「感謝」とは?! 共産圏で死刑を宣告された兄弟からの手紙は「感謝」に満ちていた! 《桜井先生の証し》


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☆ハワイ・コナ島の夕日☆


先日の礼拝で、地区長が故・桜井先生の証しをしてくださいました。


1980年代、このときも天の願いがありました。
お父様は日本にいろいろ願われるけれど、
兄弟たちがどれほど苦労をしているか、
そのことを、お父様は知っているんだろうか。
一度日本の状況を詳しく、正確に
お伝えしないといけない。
その説明をするのに、誰がふさわしいか
それで選ばれたのが桜井先生だったそうです。

桜井先生はクリスチャン出身で、
とても人格的な方でした。
若いときのニックネームが
「原罪のあるイエス・キリスト」(笑)。
凄いニックネームですね。

ですから、お父様は
桜井先生であればお話を聞かれるんじゃないか、
それでちょうど12月だったそうです。
そのとき、御父母様はアメリカにおられました。
桜井先生はアメリカに旅立たれました。

あるとき、お部屋に御父母様だけおられる、
そういうときがあったそうです。
「チャンスだ」そう思って、
桜井先生はお部屋に入っていかれました。

そうしたら、御父母様は一つの手紙を見ながら、
泣いておられました。
共産圏の兄弟から手紙が来ました。
内容はだいたいこんな感じでした。

『御父母様、今度のクリスマスには
御父母様に手紙を差し上げることが出来ません。
なぜかといえば、今日、死刑の判決が出ました。
でも私は御父母様に出会えたことを後悔していません。
最後にお願いがあります。
是非、私のいるこの国に早く来てください。』
そういう手紙でした。
その手紙を読みながら、
御父母様は涙しておられたのです。

そのあと、御父母様は
「桜井、話があるんだろう」
といわれましたが、桜井先生は
「いいえ、何もありません」
そう言って帰ってこられたのだそうです。



1973年にチェコスロバキアで
マリア・ジブナさんが殉教してからも、
共産圏などでこのように感謝して
亡くなっていく兄弟たちがいました。
究極的な「感謝」ではないでしょうか。

この日の礼拝の説教題は、まさしく
「感謝する生活」でした。

つらいとき、苦しいとき、
自分が苦労している、
そう思って人と比較してしまうことがあります。

どうしても、自分より、
楽な生活をしている人と比較してしまうのです。

しかし、自分よりも苦労をして、
それでも感謝している人を見ると
頭をあげることが出来ません。

桜井先生がまさにそうだったのではないか、
そう思います。

何よりも真の父母様が
どれほどの苦労をしていかれたでしょうか。
それでも感謝の思いを持って歩まれています。

そして、御父母様がそのような道をいかれたのは、
神様が何よりも苦労の道を乗り越えて、
今もなお人類を愛する道を歩まれている、
そのことを心から実感されたからではないでしょうか。

「感謝する生活」
この証しを肝に銘じて、
気合を入れて頑張っていきたいと思います。


神様は、私を救う立場にいらっしゃるので、
私よりもっと可哀そうな方です。
いつ神様が私に感謝できる日があるのでしょうか。
神様が私に感謝できる日をもてなければ、
私たちがいくら神様に感謝を捧げたとしても、
それは私だけで終わる感謝であって、
神様と一つの目的を中心とする感謝として実を結べません。

わたしよりも神様が感謝できるところは、
どのようなところでしょうか。
それは孝行するところしかありません。
では、その孝行するとは、どういうことでしょうか。
父母が悲しむことに対して、子女が先に悲しむということです。
いくら孤独な立場でも、
感謝できる人にならなければなりません。

信仰生活は、
必ず第三者の立場から抜け出さなければなりません。
・・天を中心として感謝できる生活であり、
一人で満足する生活ができなければなりません。
世の中がどんなに悪くても、天地を見つめながら、
「感謝します。私は幸福です」
と言える信仰生活をしなければなりません。


(愛天愛人愛国 より)

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2013年06月25日

90%は生還?! どうやって監禁が解かれたのか・・・!!


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先日、スカイプで拉致監禁被害者のメンバーと交流したとき、
韓国在住の方が、
新興宗教の「新天地」の話をしていました。

以前、私もとりあげたことがあります。
 3年間で500人!韓国で急増する拉致監禁、その背後にあるものは…?!

正式名称は「新天地イエス教証拠幕屋聖殿」
といい、韓国のキリスト教会から、異端視扱いされていて、
今も拉致監禁が行なわれているそうです。

その人は新天地の信者と交流があるそうですが、
特筆すべきは、監禁されたあとに、
教会に戻ってくる確立の高さです。

拉致をされた人の90%は、
元の教会に戻ってくるといいます。

実際、既成キリスト教会の信仰を持っていた人が、
限界を感じて、新天地に導かれ、
その教理に確信を持って信仰をするので、
監禁をされて、牧師の説得を受けても
「だから何なの?」という感じで、
全く相対せず、
結果的には牧師もあきらめて
新天地に戻ってくるそうです。

実際、拉致監禁の仕方、
マニュアルがあるのか、
また親の対し方はどうなのか、
そういったことを詳しく聞いていないので、
なんともいえませんが、
統一教会の信仰を持って、
拉致監禁の被害にあい、
偽装脱会などを通して、
教会に戻ってくる確立と比較すると
相当な開きがあるでしょう。

日本の拉致監禁をまねてやっているようにも見える、
新天地信者に対する拉致監禁。
実際に、日本の反牧・改宗屋が指導しているのかもしれない
という見方もできます。

また、これまでの日本における、親、家族、親族が絡み
反牧や改宗屋がマニュアルをもって主管する
拉致監禁・強制改宗のしくみが、
どれだけ巧妙で熟練したものであったか、
ということが逆にいえるのかもしれません。

今まで離教した人たちが、
けっして信仰に熱くなかったわけではありません。
そういう信じていたものを
巧妙に混乱させてきますし、
親との情関係で引っ張ってくるのですから。

この新天地に対する強制改宗は、
もしかしたら、日本の食口に対するものより
熟練してはいないということも考えられます。
日本人は連携が得意ですし。

また、親の係わり合いとか、
日本と韓国の違い、
信仰を持つということの認識など、
単純に比べることのできない部分もあります。

しかし、いずれにしても、
彼らの大半は教会に帰ってきているのです。
これは大きいです。

私たちも
反省すべきところはあるのではないか、
そのように思わされました。
また、時代的にも、
やられるだけの時代は終わった、
ともいえるかもしれません。

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お父様のみ言

あなた方は
「先生だからこそ、それをすることができるのであって
自分たちにはできない」
そう思っているようですが、そうではありません。
あなた方もみな、それをすることができるのです。
なぜならあなた方は
大変多くの支援を得ているからです。
レバレンド・ムーンを支えている神様は
あなた方をも支えています。
そして統一教会を支えているのです。


愛のシンフォニーB
「 主の道 」
写真で見る文鮮明氏の路程 より



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