2013年06月21日

天聖経を作られたのは誰だ?! 天一国聖書が私たちに必要な理由(わけ)!


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☆ハワイ・コナにて☆


初めに言(ことば)があった。
言は神と共にあった。
言は神であった。
…すべてのものは、これによってできた。


ヨハネによる福音書 第一章



金榮輝先生を中心とする、120名の
天聖経・平和経編纂委員の一人でもある先生から
お話を聞く機会がありました。
お父様の遺志を継がれたお母様の
並々ならぬ決意に相対して、
精誠を尽くして、捧げられた天聖経、平和経であると思うのです。

旧約聖書が記されたのは、モーセの時代からでした。
「神(エホバ)」という言葉が出てくるたびに
毎回身を浄めて、文字を刻んだのだそうです。

また、新約聖書のイエス様のみ言はたった6ページ、
あとは弟子が書いたものです。
全体でも409ページにしかなりません。
しかし、それが人類の歴史を変えました。

天聖経は天一国時代の聖書であると言います。
天聖経と平和教は天と地を表わすのだということです。

私たちは真の父母のみ言によって
命を与えられた存在ですが、
天一国時代となって、新しいみ言を頂けるというのは
どれだけ感謝かわかりません。

先日は天聖経・平和経出版記念式における
お母様のみ言を紹介しましたが、
今回は、天聖経出版に責任を持たれた
天聖経・平和経編纂委員会委員長 金榮輝先生の
記念の辞を一部紹介します。



真のお母様が、真のお父様の伝承事業の中で
最も重点的に推進してこられたのが、天一国経典編纂事業です。
真のお母様は、「真の父母様のみ言は原石のようなものであり、
その原石を加工して宝石につくり上げ、
子孫万代に伝承しなければならない」と語られました。

『天聖経』と『平和経』は、神様と真の父母様を信じ、従い、
その似姿になっていこうとする全人類のための経典であり、
天一国を完成していくにあたって、
永遠なる道しるべとなることでしょう。
特に、天一国国民の使命と関連した真のお母様のみ言には、
摂理的転換期における私たちの行くべき方向が示されています。

天の父母様は二性性相としておられます。
天の父母様は、男性であられる父なる神と、
女性であられる母なる神が一体となられているお方です。
天の父母様の中におられる父なる神が
実体として現れたお方が真のお父様であられ、
母なる神の実体として現れたお方が真のお母様であられます。

真のお父様は、地上に誕生されてから一人で、
父なる神の実体となるための40年路程を、
サタンとの熾烈な闘いの中で歩まれ、
1954年に摂理の中心機関として
世界基督教統一神霊協会を創立されました。

ついにサタン分立の40年路程に勝利なさった真のお父様は、
真のお母様を迎えられ、1960年に、
天の父母様があれほどまで待ち焦がれた小羊の婚宴を挙げ、
お二人が一つになられることによって、
真の父母様の位置に上がられました。
この時から、真のお父様は、
天の父母様の中におられる父なる神の実体として、
蕩減復帰摂理と天一国創建に至るまでのすべての摂理を直接主管し、
指揮されたのであり、真のお母様は、
真のお父様の横で摂理の同伴者として共にあられ、
協助してこられました。

真のお父様が聖和されて以降は、真のお母様は、
天の父母様の中におられる母なる神の実体として、
真のお父様の使命を継承され、
すべての復帰摂理と天一国創建の摂理を直接主管しながら指揮され、
真のお父様は、霊的に真のお母様の横で協助していらっしゃいます。

真のお父様がすべての摂理を主管なさっていた時代から、
真のお母様がすべての摂理を主管される今の時代まで、
二つの時代にわたり、真のお父様と真のお母様を
摂理の最高主管者として侍り、
共に働くことになった私たちは、
いかなる時代の誰も浴することのできない
特別な栄光の恩賜を受けているのです。
天の父母様の中の父なる神の実体であられる真のお父様と、
母なる神の実体であられる真のお母様に、
二つの時代にわたって侍ることになった私たちは、
この地と霊界に天一国を定着させるために、
全心全力を傾けて、あらゆる忠誠と孝誠を尽くさなければなりません。



真のお父様が霊界に行かれた以上、
今まで無尽蔵に語って頂いたものを、
同じように受けることは、もうできません。

お父様の膨大なみ言も保存されていますが、
さらにそこから、エッセンスのようなものを
集めて天一国の聖書に仕上げたのです。

神様と一つになられたご父母様のみ言。
膨大なその内容をまとめるのは
並大抵のものではなかったといいます。

まさしく神の一文字に身を浄めたという
旧約聖書を記した人たちと
注がれた精誠は同じようなものがあったのではないでしょうか。

日本語版の発刊が楽しみですし、
さらには来年完成されるという「真の父母経」も
期待を寄せると同時に、祈って協助していきたいと思います。

この貴い天聖経に対して、私たちは
神様と一つとなったお父様のみ言として侍っていくべきでしょう。

聖書を作るということは、
神様のみ言を記すということ、
これは真の父母の弟子である私たちの当然の責任です。

また、真のお母様が切実に願われたのは、
生前からのお父様の願いであったからです。
そして、今も
「真のお父様は、霊的に真のお母様の横で
協助していらっしゃ」います。

「真の父母様のみ言は原石のようなものであり、
その原石を加工して宝石につくり上げ、
子孫万代に伝承しなければならない」
と語られるごとく、
貴いみ言を今回、真の父母様の指示によって
新たに編集されたのだ、
そのことを私たちは忘れることなく
歩まなければならないと思います。


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お父様のみ言

三十年前に古い食口たちに語ったことも
誰も本当に理解されませんでした。
彼らは知的に分かったけれども、
心情的にはよく分かっていなかったのです。
そして、三十年後の今になって
先生のところに来て言うのです。
「先生が三十年前に言われたことが今分かりました」と。
あなたたちも同じことで
先生が今語っていることが三十年後に実現されて
その時理解されるということも多いでしょう。


愛のシンフォニーB
「 主の道 」
写真で見る文鮮明氏の路程 より



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2013年06月20日

(証し)お父様に、「キスしなさい!」と言われたら?! 《ジャルジンの思い出》


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☆6500双の祝福式☆


先日、本部の先生を迎えて研修会がありました。

印象に残ったのが、
ご自身の証しでしたので、
紹介したいと思います。

真のお父様にまつわる心に残る証しです。


南米ジャルジンの修練会にご夫婦で参加された時のこと。
第3回目で、もの凄く人数が多かったそうです。

ある日、夫婦で
「明日は、前の方に座ろう」
ということになり、
朝の3時におきて、
前から3番目に座ることが出来ました。

お父様のみ言が始まります。
お父様が、
「この中で夫婦で来ている者、手を挙げて」
もちろん、基本的にジャルジンは
夫婦で参加するわけですから、
ほとんどの人が手を挙げるわけです。

ふと、お父様はご夫婦の前に近づきました。
そして、突然両手を出して、
ご夫婦の頭をつかみました。
そのあと、「キスをしなさい」
と言われて、キスをしたそうです。

それで本当に解放されたといいます。
それは、キスをしたことが良かったというのではなく、
ある隠されたエピソードがありました。

6500双の祝福のとき、
お父様に初めてお会いした喜びがあり、
そして、貴いみ言を受けたにも関わらず、
疲れて眠くなってしまったそうです。
それは奥様も同じでした。

ふと、何か全体が盛り上がっている、
騒がしい雰囲気に気づきました。

一体何があったのか、
そう思って、周囲に尋ねてみると、
お父様がカップル全員に、
キスをするように言われたのです。

それを聞いて、とても悔やみました。
それは、奥様にキスが出来なかった、
ということではなくて、
初めてお父様にお会いして、
初めてお父様から指示されたみ言を
成就できなかった、
そのことがお父様に申し訳ない・・・
心から申し訳ないと思ったそうです。

その思いを10年間持ち続けていました。

そして、ジャルジンでのお父様との出会いがあったのです。



まさか、こんなところで、
10年間負債に思っていたことを
成就できるなんて、考えもしなかったことでしょう。

お父様はご夫婦のところに来たときに、
何か感じられたのだと思います。
3時から起きて前の席を取った
その精誠もよく理解されたに違いありません。

霊的にあまりにも鋭いお父様でありますが、
何よりも親なのだなぁ、と感じる貴い証しでした。


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お父様のみ言

 神様が人間を堕落のなかった世界に
回復させるということは必然的なことです。
神様は、堕落のなかった完成したアダム世界のために、
すべての怨讐を収拾しなければなりません。
そこには怨讐がありません。
すべてが兄弟であり、
一つの家庭であるという概念しかありません。
のみ込むのです。
パンタナールの魚世界では、
大きいものが小さいものをのみ込んでしまいます。
そこに何かの汚いものがあろうとなかろうと関係なく、
すべてのみ込むのです。
内臓の糞だろうと何だろうと
丸ごとのみ込んでしまうのです。


環太平洋摂理 より



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2013年06月19日

後藤裁判、注目の宮村証言!! 良心はあるのか?! 「やっていない」と完全否定を貫く!


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昨日の《後藤裁判の傍聴をしました!》の続きです。
本部のHPにもその様子がアップされていました。

 後藤徹氏の民事裁判、被告・宮村峻氏と後藤氏妹の本人尋問

今日は午後に行なわれた宮村峻氏の主尋問、反対尋問に関してですが、
上記の内容を参考にしながら書きたいと思います。

感想としましては、
「あなたよくそこまで嘘を貫けますね〜」
ある意味、恐れ入りました・・・
というか、本当に恐ろしいと思いました。

最初の主尋問では、
後藤さんをはじめ統一教会信者に対する
「拉致監禁」を指示することは「あり得ません!」と強弁し、
自らの関与をことごとく否定しました。

「あり得ない、やっていない」
その言い方が、適切な言葉がみつからないのですが、
あまりにも『素晴らしい』というか、『凄い』というか
自信に満ちた断言なのです。
(決して賞賛する意味ではなく、
とても恐ろしく感じました。)

反対尋問でも、その勢いがさらに激しくなりました。

「拉致監禁」された信者が、宮村氏に抗議に向かった際のことが言及され、
宮村氏がその場で「バカ!」などの誹謗中傷を繰り返し、
暴行を振るったのではないかとの尋問がなされましたが、
彼はこうした内容をあくまで否定し、
当日の様子を収録した映像の用意がある旨を後藤さんの弁護士が示唆しても
供述を変更しませんでした。
追って同映像は「弾劾証拠」として提出されることとなりました。

最初は「やってません、知りません」の勢いが強く、
弁護士も応対するのが大変なようでしたが、
私が感じたのが、途中から宮村氏の反論が
何だか、むなしく聞こえるということでした。

「揚げ足を取らないで下さいよ、大の大人がぁ」などと言ったり、
「先生、字をちゃんと読んで下さい」とも言ったりしました。
遂には「下手な誘導尋問やめて下さい」といった目に余る発言をしたため、
裁判長から「そのまま調書に取りますよ!」と警告を受ける場面もあったのです。

裁判官の心証も決して良くなかったのではないでしょうか。
極めつけは、以下の内容です。

反対尋問の終わりに、弁護士から
「あなたが(後藤さんのように)10年以上外に出られない立場だったらどうか?」
と問われると、「私は、徹君が反省するには良い機会だと思う」と言い、
12年5か月にわたって後藤さんが部屋から一歩も外に出られなかった状況を、
当然のことであるかのごとく証言しています。

これは人道的に見て
どういう発言でしょうか。
12年5ヶ月が「反省するには良い機会」だなんて、
目の前でこれを聞いている後藤さん当人は
いったいどんな心境だったか、と思います。



かつて彼によって説得を受けた信者の方も
この日、傍聴席にいました。

一緒に昼食をとりましたが、
そのうちの一人の方は、
世界日報に「‘拉致監禁’の連鎖」
という特集記事でインタビューを受けています。

 ‘拉致監禁’の連鎖 パート]

これを読んでも宮村氏が
いかに悪辣な男なのかがわかります。

一部引用しますと、

宮村氏は「お前の頭で考えろ」「思考停止してるぞ」「お前は馬鹿か」などと
後藤氏に毒づき、罵詈雑言を浴びせていた。
引き連れてきたスタッフの元信者は、ニタニタしながらうなずき、
「リハビリ」を始めて間もないと思われる人は緊張して固まっていた。
(彼女から見て)「まさに、一人の人間を大勢が囲んでいじめるという構図、
あるいは動物園の見世物ショーのようだった」と不快な出来事を振り返る。

(彼女の)最初の拉致監禁に関与した牧師や
元信者らの脱会説得活動をあざ笑うかのごとく言い放った。
「彼らがやっているのはまねごとだ。あんなものは頼りにならない。
おれはそんな甘っちょろくないぞ。いつまでも話さなければ、ずっとこのままだ。
時間は十分あるんだから、いつまでも好きなだけ居ていいよ。
両親だってそのつもりだ」と。



ある意味、脅しに近い発言です。
まぁ、こういうことを言う人だから、
この裁判でも
否定はするだろうと予想はしていましたが、
ここまで、「やってません」と言い切り、
最後までシラを切り通すのは、
敵ながら天晴れとは言えませんが、
並の神経ではないと感じます。
油断ならない相手です。

この問題の要となり、
つまりは統一教会に反対する勢力の
代表でもあるのですから、
本当に恐ろしい相手と対峙しているという
普通でない空気を感じました。

何度か書いていますが、
証言台に立つ前に
必ず宣言します。

「良心に従って真実を述べ、
何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」

その時に、裁判官も弁護士もそして傍聴席の私たちも
一緒に起立するのですが、
彼のこの宣誓が本当に空々しく
むなしいものとなりはてました。

宮村氏に『良心』というものがあるのだろうか、
そんなことさえも思ってしまいました。

今回も、アメリカでは裁判中、
徹夜でリレー祈祷会をしていたと聞きました。

弁護士が宮村氏の『見事な(?)』回答にも、
全く屈せずに2時間質問をし続けられたのも、
祈祷会の協助があったからだと思います。

こちら側の『重要証拠』もまだあると聞きました。
今度は9月が最終弁論だそうですが、
機会があれば行きたいと思います。


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お父様のみ言

先生は 自分がいかに惨めな立場に置かれたとしても
自分のために 涙を流したことはありません。
しかし、先生が祈る時
涙を流さずに 祈ったことはありません。
その涙は誰のためですか。
神様と人類のためです。
だからその涙は聖なる涙です。
聖なる清い涙なくしては
我々は何事も 成し遂げることはできません。


「主の道」より



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