2013年06月22日

その時の満月の色を私も知っている?! 〜同じ痛みを抱えて〜 在米・韓の拉致監禁体験者と交流!


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私の弟子であるという名のゆえに、
この小さい者のひとりに
冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、
決してその報いからもれることはない。


マタイによる福音書十章42節


先日私が傍聴した後藤さんの裁判の時間、
海を隔てたアメリカや韓国でも
祈ってくださっていた方たちがいました。
特に米国では、ちょうど深夜に当たる時刻であったため、
有志たちが徹夜祈祷をしてくださいました。

そうまでして関心を持ってくださっていましたので、
私が傍聴したと知り、ぜひ報告してほしいという
熱い要望がありました。
そこで、先日、スカイプで交流をさせていただきました。

それは、アメリカや韓国で拉致監禁の被害を受けた方たちが
ほとんどでしたが、
初めてお話しする方ばかりで、
実は最初、とても緊張しました。
しかし、お一人お一人の体験談を聞いていたら、
それだけで、気持ちが変わってしまいました。

なんていうか、「同志」と言ったらいいのか、
「戦友」と表現した方がいいのかも知れません。
『♪貴様と俺とは、同期の桜♪』
という感じなのです。

ひと言聞いただけで
その雰囲気まで甦ってきますし、
その心情が手に取るように分かります。

食口というのは、
神様と真の父母様を信じる兄弟姉妹でありますから、
もちろん共通項があるのですが、
拉致監禁を体験した者というのは、
通過した世界が特別なので、それだけで、
とても親近感というか、共有する心情がとても深いのです。
だから、何か仲間意識を感じてしまうのです。

アメリカでは、体験者が
スカイプを通して定期的に
交流をしているということでした。

その中に1800双の大先輩がおられました。
1970年代にアメリカに渡っておられるというので、
人生の半分以上をアメリカで生活しています。

そのお姉さんは、直接拉致監禁の経験はないのですが、
アメリカでも体験者の集いがあることを知り、
「このような問題が起こったのは、
古い私たちの問題でもある、
だから何としても解決しなければならない」
そのように思って、
このような交流の場に積極的に参加されているということでした。
ありがたいし、心強いことです。

ある方の体験談を聞きました。
その方は、自宅軟禁で、
みんな1階にいるときに、
2階から飛び降りて逃げたのですが、
そのときに見た満月は
一生忘れられないだろう、
そう話していました。

この方がどんな思いで
満月をみていたのか・・・
これもよくわかります。

基本的に教会に来る人というのは、
親から愛されてきている人たちです。
創造原理で、神と人間は親子なんだ、
そういわれて、神様は親なんだ、
そう感じながら親に愛された感謝の気持を持つのです。

その親が自分を裏切って
拉致監禁をした・・・
それはどれほど衝撃的なことでしょうか。

そして、今度はその親を裏切って、
自分が、監禁場所から脱出する、
それは簡単なことではありません。

親を悲しませたくない、
せめて教会を辞めた振りをして
親と一緒に生活しようか、
そんな思いも頭の片隅にあるのです。

それを越えてこられた方の思い、
これはよくわかるのです。

このスカイプの交流を通して、
心が塞がっていた方が
話をしていくうちに元気になって、
拉致監禁撲滅活動に
積極的に取り組むようになった
そういう証しも聞いたことがあります。

ちなみに、韓国では
このような繋がりがほとんどないと聞きました。
ちょっと残念なことです。

拉致監禁を受けた体験者は
アメリカメンバーよりも多いのではないかと思います。

韓国の体験者も交流を持つことで
何か力になるのではないかとも思いました。

それで、翌日夢を見ました。
スカイプで交流した人が出てきたのです。

お会いしたことのない人ばかりですから、
夢の中で顔はぼやけていましたが(笑)、
でもその人たちだとわかりました。

みんなで和動会をして、
とても楽しい雰囲気でした。

アメリカは国土が広いので、
実際に会う機会は少ないでしょうが、
交流する頻度は多いので、
とても仲の良い関係なのだと思います。

交流できて良かったなと思いました。

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真のお父様のみ言

あなた方は
見知らぬ人に出会ったのに
神様か主に出会ったかのように
訳もなくその人を抱き締めて
泣き出したことがあるでしょうか。
先生の人生において
そういうことが何度も何度もありました。
神様の悲しい心情
親としての苦しみを味わい知らされたときには
木を抱き締めて
いつまでもいつまでも泣き続けたことが
幾度となくありました。
そういう体験こそは、
祈りよりはるかに貴いものなのです。
そして
自分がより惨めな立場にあるのを感じるときこそ
神様をより身近に感じ得る瞬間ではないでしょうか。


愛のシンフォニーB
「 主の道 」
写真で見る文鮮明氏の路程 より



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posted by ten1ko2 at 11:42 | Comment(2) | TrackBack(0) | *拉致監禁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする