2013年07月19日

(証し)CIG復興団の霊的背景は真の御父母様!! 天運の中で出会う喜び!


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私たち祝福家庭の先頭として、
(キリ)の先端のような立場で歩んでいるのが
CIG復興団です。
真のお母様が直接命名してくださり、
とても天運のある中、みんな頑張っています。

近くの教会に寄せられた証しをいくつか紹介します。


初めてペアで家に上がらせていただいて、
一緒に書写をすることができた証です。
出発の動機となった出来事は、前日にありました。
その日はいつものように3歳の息子を保育園に迎えに行きました。
その帰り道、「おなかがすいた」と息子が言うので、
息子と私の分のパンを2つ買いました。
息子が1つ食べた後、おなかがすいている様子でしたので
「ママのもあげるね」と渡したところ、
「ありがとう、今度はぼくがママのパンを買ってあげるね」
と言ったその息子の言葉に感動しました。
息子の親孝行したいという心が伝わり、
私も神様にすがる私ではなく、
与えられた任地に責任を持って神様に孝行していきたいと思いました。
 
次の日、朝の出発式において教会長から
「楽しくワクワクする気持ちで歩んだら、良い人と出会えます。
とにかく、最初の出会いで一緒に書写をその家でできる人に会ってください。」
というみ言をもって出発しました。
断られ続ける歩みの中ですが、
「自分はどう思われても良い、
この人の幸せのために話し続けてみよう」
と思っていた時に、出会いがありました。
出会った方はおばあさんでしたが、
これまで按摩のお仕事を何十年とされている方で、
「家の中で一緒に書写を書きませんか」と言うと、
快く家にあげてくださり、家の中で一緒に書写をすることができました。



真のお父様の自叙伝を持って自分の任地を一人で歩んでいる時、
たまたま一週間休みで家にいたと言う73才の男性に出会いました。
工務店をされていた方で、今は息子さんが社長ですが、
まだご自分も仕事はしているそうです。
この方はかつて、久保木修己初代会長と御一緒に、
勝共連合の全盛期に韓国での講演会に参加されたという方でした。
自叙伝も読んでみると快く受け取って下さり、
「教会は今どうなっているかずっと気になっていた」
とおっしゃっていました。
教会の場所を教えると「そのうちに行くよ!」と言って下さいました。



先日、任地を訪問で回っていたところ、ある婦人に出会い、
自叙伝を読んでいただくことになりました。
この方は地元でも有名な家で、亡くなられた御主人は
かつて大臣をされていた方です。
後で分かったのですが、
以前は女性連合にも協力してくださっていたみたいです。
自叙伝を紹介すると、
「いただくのは私の主義に合わないから…良く読んでみるから」
と言われ、購入してくださいました。
CIG復興団の霊的背景は真の御父母様であると思う時、
普段は会うこともできないような方と出会わせていただくように、
霊界からの大きな協助をしていただき歩めるのだと感動いたしました。
今後とも、更に大きな希望と勇気をもって
真の御父母様を証していきたいと思います。
ありがとうございました。



私の所属する教会でも
地元の名士と知人の方がいて、
今までは教会を証しすることが出来なかったけれど、
CIG復興団に所属しているという思いを持って
思い切って教会を証したら受け入れてくださり、
自叙伝も快く受け取ってくださった、
そのような証しがありました。

天運があることを信じて、
これからも取り組んでいきたいと思います。

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真のお母様のみ言

天の摂理をより大きく発展させるために、
私たちは本当に貴い立場に立っています。
永遠なる生命として生み変えられた私たちです。
この立場が、いかに貴い立場であり、
誇らしい立場でしょうか。子孫が永遠に
顔を上げて生きていけるようにできる栄光の立場に
皆さんが立っているということなのです。

正しく立った一人によって世界が回るようになっています。
その中心の隊列に、
皆さんが立ったということを忘れないようにお願いします。


「女性が先頭に立って進むとき」より
天暦3月11日(4月20日)



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2013年07月18日

≪ 教会に行くと若返る?! ≫ 食口間でささやかれる統一教会伝説の真実とは!! 


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「あなたたちは信仰の根が揺るがないから、
生命の消耗が無く、だからいつも若く見える」




教会に来て長い信仰生活を送っているのに、
何か教会に来た時の気持ちを持っている、
導かれたときのまま、若いままだ、
そんなことを感じるときがあります。

最近、若い頃共に歩んだ兄弟姉妹と
接する機会があると、
「昔と変わらない」と、口々に言われます。
私の場合は、若い頃が老けていたからということもありますが(笑)。

しかし、相対的に、食口たちは年を取らないようです。
白髪が増えたり、皺が深くなったり、肌に張りがなくなり
体のあちこちは油切れになっていますが、
パッと見た感じが若く、エネルギーにあふれています。

教会長は、「教会に来ると若返るのだ」と言われます。
まるで不老不死の薬を飲んでいるかのようですが、
教会に満ちている霊的なものが
私たちに、力を与えてくれているのでしょうか。

簡単に言えば、「気持ちが若い」
ということになるのかも知れませんが、
ちょうど、史吉子先生の本を読んでいると
そのことを説明してくださっている箇所がありました。


お父様は梨花女子大学から退学させられた私たちに、
「明円会」と言う名前を付けてくださいました。
その意味は、「あなたたちの愛を全世界に明るく、
そして丸く広げていきなさい!」という意味です。

私たち、明円会の会員たちが、
年を取ってお婆さんになっても、
お父様の目にはいつも若く見えるそうです。
私がちょっと派手な服でも着ると、お父様は
「大学生の時の顔がそのまま現れるね!」
と言われながら喜ばれます。
私たちがお父様と縁を持ったのが既に
50年も前のことなのに、
お父様はこのように覚えてくださっています。

お父様が明和会の会員たちにくださった
み言を紹介します。

「あなたたちは信仰の根が揺るがないから、
生命の消耗が無く、だからいつも若く見える」


本当に、素敵で詩的なみ言でしょう?
霊的に見てそうなのです。
私が初めてお父様にお会いした時が23歳で、
お父様は36歳でした。
当時のお父様は独身でした。
初めはただの兄のように、
父のように接しました。
今はそのようなことが全て美しい思い出になって、
私の胸の中に生きています。

このように、お父様は霊的に見られます。
今は私が顔にシワが増えたお婆さんなのに、
お父様は「あなたたちを見れば、いつも若く見える」
と言われます。

人は肉身を脱いで霊界に行けば、
一番自分が若くて良かった時代の年に戻るといいます。
私は23歳のとき、統一教会に入教しました。
それで霊界における私の永遠の年齢は、23歳です。
私はこのように霊界に行って、
若くて綺麗な顔に戻ることを考えると
自然に嬉しくなってきます。
原理に関するみ言の証
「摂理の木」より



お父様が
「いつも若く見える」といわれるのは、
その人たちの姿を霊的に見ておられるからだと思います。

だから、気持ちが若いのは
霊人体が存在する証拠なのだ
そのように解釈することも出来ます。

目は心の窓、と言います。
導かれてから何年たったとしても
み旨に向かい続け、神様を愛し、人々を愛するその瞳からは、
老いを感じることはないでしょう。

年をとれば体は衰えますが、
神様の愛に触れれば、
霊人体は導かれたとき、
またそれ以上に輝くのではないか、
そのように思います。

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2013年07月17日

反対派の詭弁は通じたか?! ジャーナリストが感じた素朴な疑問! 《後藤裁判 傍聴記》月刊誌の記事より


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多くの兄弟姉妹が、拉致監禁され、
強制改宗を受けたという紛れもない事実──
それすら、これまで公で認められたことがありません。

後藤さんが犠牲にした12年5ヵ月というあまりに長い期間すら、
単なる「ひきこもり」である、
「脱会説得」にすぎないと主張する反対派。
あったものをないとする反対派の主張は、
一般の人から見て、どのように映ったのでしょうか。


月刊誌「財界にっぽん」8月号に
後藤さんの裁判に関して、
6月3日の傍聴をしたときの
記録、感想が書かれています。

人権シリーズ40
大詰め迎えた「12年余の拉致監禁」裁判
−キリスト教牧師の被告人尋問、「家族が主体」と弁明、自身の主導は否定−


最後の部分に筆者の
素朴な疑問が書かれていました。


筆者が疑問に感じるのは、
原告側から出された陳述書では、
松本氏や宮村氏が関わった拉致監禁
(被告側は「脱会説得」と主張)は皆、
ほぼ同じ手法で行なわれていたのはなぜか、
ということだ。
陳述書は、拉致監禁を
実行した側のものも含まれている。

それぞれの家族が各々考えて
自主的に行動していたとするなら、
これほど同じ手口になることは考えにくい。

しかも、それらの手法は
「松永メモ」に記されたことと
多くの部分で似通っているのだ。
もとより後藤氏の拉致監禁のケースも例外ではない。

筆者がこの日の裁判で知りたかったことの一つは、
この疑問に対する答えだった。
しかし、最後まで松永氏の口から
納得できる説明がなされることはなかった。



第3者の方ですが、プロのジャーナリストの方であり、
視点が鋭いと思います。
というか誰でも疑問に思うことなのかも知れません。

拉致監禁を家族主導でしているなら、
ここまで手口が一致しているのはおかしい、
しかも被告・松永牧師の、脱会マニュアルのような講義と
メモ帳が証拠として示されているのですから、
どう考えてもこの指導の下に
拉致監禁までのプロセスがあったと
考えるほうがむしろ当たり前のはずです。

もちろん、私の親も
毎週日曜日になると牧師の教会に行き、
礼拝に参加したあとの「会議」に参加して、
すでに子供を統一教会から脱会させた親の「証し」を聞いて、
牧師の指導を受けて、拉致監禁をしたのですから。。。

これは私だけでなく、
同じく拉致の被害を受けた方たちの
共通の出来事に他ならないのです。

彼らの主張は詭弁であることは、
もう裁判官も感じていることだと思います。


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お父様のみ言

先生は
自分がいかに
惨めな立場に置かれたとしても
自分のために
涙を流したことはありません。

しかし、先生が祈る時
涙を流さずに
祈ったことはありません。

その涙は誰のためですか。
神様と人類のためです。
だからその涙は聖なる涙です。
聖なる清い涙なくしては
我々は何事も
成し遂げることはできません。


愛のシンフォニーB
「 主の道 」
写真で見る文鮮明氏の路程 より


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