2013年07月11日

昔のみ言に「カインの信仰」が多かった理由?! カインからアベルに、そして「新氏族メシヤ」に!!


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以前、本部の先生をお迎えしたとき、
氏族メシヤに対して語られていました。

ポイントを紹介します。



アモス書3章7節に
「主なる神は、そのしもべである預言者に
その隠れた事を示さないでは何事もなされない。」
とあります。

人類歴史において、
初めて勝利した人が誰かというと
原理講論によるとヤコブとあります。

そのヤコブを形象的に相続したのがモーセであり、
さらに実体的に相続したのがイエス様です。

預言者はヤコブ、モーセのこと、その生涯を通して、
イエスが歩まなければならない道を示して下さったのです。

そして、最終的にイエス様の出来なかった使命を
果たしていかれたのが、真のお父様です。

お父様の自叙伝は子女である私たち人間が
歩むべき道がどこにあるかを詳しく示しています。
すなわち私の行くべき歩むべき道を示しているのです。
それが何かというと、「氏族メシヤ」です。

ところが、お父様の道は
メシヤの立場を行かれたのですが、
イエス様のときと同じく、
洗礼ヨハネ的人物が立たなかったので、
自らが自らを証しする立場に
立たざるを得ませんでした。

だから、メシヤではなく、洗礼ヨハネの立場に立たれました。
アベルの道を行かれたわけです。
それで私たちが受けてきたみ言も、
カインの立場を重要視するような
そんな講義が多かったところは否めません。

カインとして、アベルに立場に立たれた
文先生に対して どうしていくのか、
そのことをずっと学んできたのです。

しかし、本質的には氏族メシヤとして、
お父様の勝利圏を相続する者にならなければなりません。

しかも、お父様が生きて
お母様を通して語られる時代です。

聖霊としていらっしゃるお母様に侍り、一つとなり
いつも喜び、感謝する心を持って、天命を奉じて
縦的な使命を果たしていくときです。

お母様のみ言を大切な首飾り、
冠のように思う尊い孝の心情が必要です。
ありがたく思い、いつも感謝しながらいく道こそ孝の道
孝とは子どもを気遣う父母の心を理解することです。

基元節の入籍祝福式を受け、直系の子女になったので、 
父母の心情を推し量り、理解することが孝行の根本なのです。



今はお父様と呼ぶようになりましたが、
昔は「大先生」「文先生」と呼ぶ、師弟関係を中心とした
兄弟(アベルとカイン)の関係だったわけです。

ですから、以前はカインの信仰が強調され、
どのように支え、仕えるのか、どのように付いていくのか
そのようなことが問われることも多かったかと思います。

何度も十字架の道を越えられ、
お父様は勝利され、
洗礼ヨハネ(アベル)の立場から、
第4アダム、つまり父の立場に、
さらにお母様と共に真の父母として立たれています。

荒野時代をとうに終えて、定着して
その地のアベルとして、氏族メシヤとして
お父様の行かれた道を辿る時代となりました。

もう、ただ引っ張ってくれたお父様は
実体ではおられません。
残してくださったみ言を命としながら、
霊的にお父様と一つとなられているお母様に感謝しつつ、
お父様の似姿である小メシヤ、
氏族メシヤとなっていきたいと思うのです。

真のお母様は
「皆さんたち全てが忠、孝、烈、
これは歴史上一度しかない時なのです」
と語られています。

そのような重要なときに持つべきものは、
カインとしての信仰以上に、
真のアベルとして、メシヤとして、
お父様を相続する立場になることなのだと思います。


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お父様のみ言

先生が統一教会を創立したように
あなたたちも自分の任地で
あなた自身の運動を展開するのです。
それぞれの地で新しい教会を創立し
その地のレバレンド・ムーンに
なろうではありませんか。


愛のシンフォニーB
「 主の道 」
写真で見る文鮮明氏の路程 より



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posted by ten1ko2 at 09:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする