2013年07月14日

恐ろしいものは一つもない! ご父母様の価値と、天一国聖書の価値


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金榮輝会長のみ言
昨日の続きになります。

天聖経増補版 正しい理解と摂理的価値


それで先ほど言ったとおりお父様はいつも、
お父様とお母様が一つになった真の父母になった立場でみ言も語られ、
すべての摂理を進行されたので、
お母様も、お父様とお母様が一つになった真の父母になった立場で
摂理をなさることができるということなのです。
その時にはいつもお父様がともにいらっしゃるということです。
だからお父様が何かをなさる時もお母様がいつも一緒に行かれたし、
やむを得ない事情の時には一人で行かれましたが
いつも霊的には一緒に行かれたという条件を立ててされたのです。
同じようにお母様がなさる時にも、
お母様一人でなさったのではなくて
お父様も霊的に一つになり一緒にしているという心を持って、
そのような条件でされているというのです。
だからお父様の価値はお母様とまったく同じだということです。

それでは、お父様とまったく同じ価値を持っている
お母様が指示されてなされたこのことが、
何が間違っているのかというのです。
間違ったことが一つもないのです。
お父様が指示して私たちが『天聖経』を作ったこととまったく同じ立場で、
お母様がされたことだというのです。
だから誰も批判することができないのです。

そしてお父様とお母様に対して私たちは批判する資格がありません。
どこの誰もできないのです。
誰が父母様を批判する資格がありますか?
神様にしかありません。
神様だけが父母様の名前で出来るのであり、
私たちには父母様を批判する資格がないのです。
権限もありません。
これは完全に越権であり、サタンだというのです。
何の権限があって、何の資格があってお母様がなさることを批判し、
お父様がなさることを批判することができるのか、ということです。
これが間違っているのです。

その次には天聖経の内容を見てみましょう。
今日もある人が私に電話をして来ました。
「以前の天聖経はどうだったかと言うと、
神様編を例にあげれば、重要なのが出てから次に別の違うものが出て、
また違うのが出たりして複雑だった。
後で見れば混乱する。
ところで今回の天聖経の増補版はそういうものがなく、
順序どおりよく理論的に展開されている。」
と話していました。

神様に関するすべてのものが明らかに入っているというのです。
そのため「これは私たち信仰者だけではなく、
信仰を持たない人にも大いに役立つ。
むしろその人たちがこの本を見ればお父様の価値も分かるようになり、
神様に対しても分かるようになるでしょう。」
そのように言うんですよ。
そう、その人がそう話すのです。
「今まで私たちはお父様の自叙伝を配布したけれども、
それと同じようにこの天聖経を配らなければいけない。
これがこれから伝道をするのに重要な位置を占めるでしょう。」
と言いました。
それを読んだ人はそのように理解をするのです。

私たちは正当です。
私たちが他の人の言葉を入れましたか?
すべてお父様のみ言です。
お父様のみ言が6百冊以上になるのに、
それをすべて入れることができますか?
6百冊になるみ言をどのようにしてすべて入れますか?
いずれにせよ取捨選択せざるを得ないのです。
私たちは私たちが見る観点で取捨選択をしたのです。
一番相応しいと言われたことを選んで入れたのです。
それが、何が間違っているのかというのです。

それでこのような批判をする人々は相対する価値もありません。
そしてどのような人々なのか知る必要があります。
背後が誰なのかを知らなければなりません。
とにかく皆さんは絶対そのようなことに動揺するまでもないのです。
自信を持って行かなければなりません。
誰が何と言うと動揺する人は初めからしないでください。

私たちが今「真の父母経」を作っていませんか?
これも天聖経にあったのですか?
以前の天聖経にあるものではないでしょう。
これも新たにして、お父様の歴史など
すべてのものを合わせて経典を作っていることではありませんか?
何が間違ったことだというのですか?
もっと豊富な内容を持って、
もっと多くの資料を持って作っているのに、
これに対して偽作だと言えますか?
偽作という言葉はお父様のみ言を使わないで
他人の言葉を使う時に偽作になるのです。
どうして偽作になりますか?
お父様のみ言を持って作るのにどうして偽作ですか?
そんな話がありますか?

今回私たちが作るのも私心を持ってすることではありません。
今までも私たちが私心なしにしてきましたが、
徹底的に私心を離れて公的な立場で
すべてのものをしなければならないと考えています。
それが私たちの長所です。
私たちがそのようにすれば、恐ろしいことは一つもありません。
神様の前へ行っても心配することは一つもないのです。



私たちは真のお父様に対しても
真のお母様に対しても
「真の父母様」と呼びます。

それは本当に一つになっておられるからだと思います。

先日、北谷部長の証しを掲載しましたが、
お父様に対しては、
「何千年で初めて見た。
寝る時間、一秒でも長く生きて欲しい。
食べることももっと気をつけて欲しい。
もっと体に気をつけて欲しい。
一秒でも長く生きていないといけない人だ。
あのお方でなければ、人類は救えないと思う」
と守護霊が表現していました。

そして、お母様とはほんの一瞬しか出会っていないのに、
「この方は、(お父様と)同じように
勝利された方である。」
このように言われていたのです。

ですから、それ以上でも
それ以下でもないということです。
お父様とお母様は
心情的に、心霊的に本当に一つなのだ、
ということなのです。

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お父様のみ言

国境撤廃にも
国連の国境撤廃、
宗教の国境撤廃、
地獄と天国の国境撤廃があります。
また、撤廃するにおいては、
偽りの父母がそれを作ったので、
真の父母以外には
それを成す人がいない
というのが事実です。
神様もできずサタンもできません。


愛のシンフォニーB
「 主の道 」
写真で見る文鮮明氏の路程 より



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posted by ten1ko2 at 08:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする