2013年07月24日

霊界に行った聖和者は悲しんではいない! 遺族と霊人とのギャップとは?!


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信仰とは、望んでいる事がらを確信し、
まだ見ていない事実を確認することである。


(ヘブル書第11章1節)


霊界に行かれた人たちは
私たちの生活している
まさしくここに一緒に存在しているといいます。

いつも私のとなりに神さまが
そして、亡くなった家族や先輩たちがおられるのです。

聖和者家庭懇談会での貴重なお話。
昨日の続きです。



私たちは亡くなった人に対して、
現実を受け止められずに、
また自分の行動を後悔することがあります。

「なぜ、こんなことになってしまったんだろう」
「あの時に、こうしていたら(こう言っていたら)
こんなことにはならなかったのに」
そのように思ったり、
時間が止まったままになっていることもあるのです。

しかし、悲しんでいる地上の家族を見ながら
霊界ではもっと困っているというのです。

「確かに肉体はないけれど
自分は、こうやって生きているんだ。
しかも、家族の目の前にいるのに、
そのことを全然わかってくれない。
肉体を持って生き返ることはできないし・・・
いったいどうしたらいいのだろう」

皆さん、霊界にいる人たちは悲しんではいないんです。
むしろ、肉体の死を超えた
永遠の世界があることに感動し、
自分が生きていることを何とかして伝えようとします。
しかし、残された地上の家族が
悲しみの世界に閉じこもっていると、
サインを送っても気づいてもらえないので困るのです。

また、地上で残された家族は、
子供の机やカバンを見ては泣き、
夫や妻の洋服や遺品を見ては泣いています。

ところが、霊界に行った人は、
永遠の世界に入り、自分が霊人として生きていること、
また、地上での痛みや苦しみから解放されたこと、
さらには、神様や真の父母様、教会の大先輩や
歴史的な偉人、聖人に出会えて、興奮し感動しています。

地上の家族が悲しんでいると、
霊界ではもっと辛くなってしまいます。
霊界では病気による肉体の痛みはありませんが、
地上の家族がそのことを言えば
その時の痛みを思い出してしまいます。
だから、霊界にいる人たちは
地上の人に対して、悲しむ期間を
短くして欲しいと思っているのです。



映画「奇蹟の輝き」において、
交通事故で亡くなった夫が、
自分は霊界で生きていることを伝えようとして、
妻の手を借りて自分の名前を書きますが、
悲しみに閉ざされている妻は、
その字を見ようともしない、
という場面がありました。

また、「ゴースト/ニューヨークの幻」という映画では、
亡くなった恋人が自分と二人の間しかわからない
「お守りの1セントコイン」を動かすことで
自分の側にいることを感じていく場面もありました。

霊界というのは目には見えません。
しかし、存在していることは確かです。
そして、私たちは霊界を信じている立場です。
また信仰者として、見えない事実を確認する立場です。

霊界は愛の世界なので、
神様の勢力が地上よりしっかりと及ぶことができるといいます。
地獄に行くような人は大変ですが、
食口や、食口の家族は、
地上にいるときより自由を感じているといいます。

生前は反対していたとしても、
原理教育を受け、生まれ変わった立場で、
逆に私たちが信仰的な生活をしないので、
悩んでいるというのです。

本当に目には見えないのですが、
いつも側にいることをもっともっと意識して
生活していきたいと思います。

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お父様のみ言

霊界に行って合格できる人を作るのが、
我々統一教会の教育目標である。


「御旨の道」
(信仰生活)より



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posted by ten1ko2 at 09:56 | Comment(1) | TrackBack(0) | 霊界 霊人と共に歩む生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする