2013年08月11日

悪霊と善霊の見分け方?! 悪霊から私たちを守るためには!


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悪霊の働きについて、
先日講話してくださった
愛苑会の先生が言及しておられます。


サタンは何が一番大切かを知っています。
祝福家庭の夫婦と二世は貴重な神様の宝です。

ですから夫婦関係を悪くし、
二世の心を教会から離れるようにしようとしています。
本当は仲のよい夫婦なのに、
なぜか小さなすれ違いが重なり、
修復できないようになってしまうことが多いのは、
サタンに狙われているからだということを
意識する必要があります。

自殺したある青年は、
霊界から
「死ぬつもりはありませんでした。
ベランダに立っていたら、
後ろから誰かにおされたような感じでした。
気がついたら霊界にいました」
と語っています。

霊界に詳しい霊能者は、
様子がおかしいと感じたら、
「まさか死にたいなんて
思っていないよね」
と声をかけて欲しいと語ります。

そう声をかけられると、
当人ははっと我に帰ります。
サタンは「ばれたか」
と姿を消すそうです。

原理講論には、
善神の業と悪神の業ということで、
悪神の見分け方が書かれています。
悪霊は、初めはみ言(真理)で来ますが、
信用させてから方向を変えていきます。
結果でわかります。

そこで、み言にあっているか?
方向性は正しいか?
中心性を変えていないか?
動機は神の愛から来ているか?
チェックしましょう。

悪霊は不安を感じ、
胸騒ぎがします。
時間がたてば結果が悪くなります。

「あなたは選ばれて、特別な使命があります。
これは神様の秘密の摂理で、
このことをだれにも言ってはいけません」
というのは、典型的な悪霊の業です。



やはり、基本的な信仰生活、
毎日のみ言を訓読する、
祈祷する、礼拝に参加する、
献金する、伝道する、
中心に報告する、
こういったことを守ることが、
サタン、悪霊から自分を守るのに
必要なことなのだと思います。

逆にいうと
上の内容を否定するということは、
本人の自覚があるなしに関わらず、
(ほとんどないと思いますが・・・)
悪霊の業に主管されている
ということに他ならないでしょう。


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(原理講論より)

善神というのは、神と、神の側にいる善霊人たちと、天使たちを総称する言葉であり、悪神というのは、サタンと、サタンの側にいる悪霊人たちを総称する言葉である。善と悪とがそうであるように、善神の業と悪神の業も、同一のかたちをもって出発し、ただその目的のみを異にするものなのである。

 善神の業は、時間がたつにつれてその個体の平和感と正義感を増進せしめ、その肉身の健康をも向上させる。

 しかし、悪神の業は、時間がたつにつれて不安と恐怖と利己心を増進せしめ、また健康をも害するようになる。

 それゆえに、このような霊的な業は、原理が分からない人にとっては、それを見分けることが非常に困難であるが、時間が経過するに従って、その結果を見て、その内容を知ることができるのである。

 しかし、堕落人間は、神もサタンも、共に対応することのできる中間位置にあるので、善神が活動する環境においても、悪神の業を兼ねて行うときがある。また悪神の業も、ある期間を経過すれば、善神の業を兼ねて行うときがときたまあるから、原理を知らない立場においては、これを見分けることは難しい。

 今日において多くの聖職者たちが、これに対する無知から、善神の働きまでも悪神のそれと見なし、神のみ旨に反する立場に立つようになるということは、実に寒心に堪えないことといわなければならない。

 霊的な現象が次第に多くなる今日において、善神と悪神との業の違いを十分に理解し、これを分立することができない限り、霊人たちを指導することはできないのである。



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posted by ten1ko2 at 09:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 霊界 霊人と共に歩む生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする