2014年04月15日

この日が私たちの出発点、真の御父母様ご聖婚記念日、おめでとうございます!!


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今日4月15日(天暦3月16日)は、
人類の真の父母であられる文鮮明師ご夫妻の
ご聖婚54周年記念日です。
おめでとうございます。

「真の母のまなざし−韓鶴子女史御言選集
出生から結婚・世界平和講演まで−」
この中に、ご聖婚にまつわる証しが記されています。
抜粋して紹介します。



外からふと見るときには、
お父様がどのようなお方であるかを知っているので、
皆さんは一様に、そして単純に、私がとても幸福で、
すべての面において完全な人に違いないと思われるでしょう。
「あなたは神様がそのように創造され、
もともと完全な姿として生まれたので、
御自分は何の努力もする必要はなく、
ただその位置に選ばれるようになったお方なのだ」
と考えるかもしれません。
そして「全天宙の母であり、
お父様に出会って幸福な家庭をもっており、
生を楽しんでいる」というのが、
私に対する人々の一般的な見解でしょう。

しかしそれに反して、お父様がその位置に立たれるために
苦難と十字架の道を歩まれる限り、
私も当然私なりに、信じられないほどの、
耐えることができないほどの難しい十字架を背負ったのでした。
もちろん私も、最初から完全な人間として出発したのではなく、
完成まで行かなければならないのです。
その到達しなければならない基準はあまりにも高く、
時にはゴールまで行くのは本当に不可能なのではないか、
という思いさえありました。
その使命を果たし、神様の期待にこたえるためには、
非常に難しい試練と、苦難と、絶対的な信仰が必要でした。
私はそのような立場にいたのです。

過ぎし日のこのような事情と、
私が歩んできた路程について振り返ってみるとき、
私は涙を流さずにはいられません。
なぜならば、これについて語ろうとすれば、
苦難と試練の記憶のすべてが
再び生々しくよみがえってくるので、
私にはそれを語ることがとてもつらいのです。
けさ私が悲しそうに見えるかもしれませんが、
それはそのような理由からです。




1977年5月3日、御聖婚17周年記念日に、
ニューヨーク、ベルベディアで真のお母様が
公式的に初めて証しをされたのでした。

お母様が証しをされたあとに、
お父様もみ言を語られました。
お母様にも話されたことのないみ言でした。
(これも一部抜粋)



先生はきょう、お母様の知らない、
背後で見られた混乱と競争の
てんまつについて語りたいと思います。

原理を知っているなら理解できると思いますが、
神様がそのひとり息子を
メシヤとしてお送りになったとき、
その方はまさしく
全人類の花婿として来られるのです。
殊に人類のうちのすべての女性に対して、
花婿としての位置にあるのです。

当時、春川におられた比較的無名のお母様が、
先生によって「天の花嫁」として
選び出されたのですから、
それは多くの人々にとって、
なんと衝撃的な、いわば天地のひっくり返るような
ショックであったことは想像がつくことでしょう。
教会に関する限り、正に大地震で、
天地がひっくり返るような出来事だったのです。

「天の花嫁は必ず自分の家庭から出る」
と信じ込んでいる家庭がたくさんありました。
祖母、娘、孫娘、三代の女性がみな、
自分たちのうちの一人が、
来たるべき天の花嫁になる、
と神様がお告げになったと信じていたのです。
一家庭ならともかく、実に驚くほど
多くの家庭がそう確信していたというのですから、
それは本当に驚くべきことでもありました。

考えてもみてください。
そういう時に、突如として、
思いがけなくもお母様が選ばれたのですから、
それらの家庭の人々にとっては、
どんなに大きな衝撃だったことでしょうか。

先生がこの時の事情について
公的に明かすのは、きょうが初めてです。
この信じ難いほどの緊張した背後の状況を
よく知っている先生は、
お母様のお母さんにも、
「家にこもって教会の玄関からは来ないようにしなさい。
自分の娘であっても会いに来てはいけない。
どうしても来なければならないときは、
こっそりと裏口から入りなさい」
というような指示を与えたほどです。
そうすることによって、
惨めな捨てられた立場にいるお母さんになり、
誰もお母様の母親になったことをうらやまないからです。




1960年にご聖婚式をあげられた真の御父母様。
お母様の7年路程を通して、多くの試練を越え、
見事に1968年神の日(現・真の神の日)を迎えられました。

真のお母様は勝利した立場になりましたが、
その苦難の歩みを初めて語られたのが、それから10年たった
1977年であり、またその時まで、
お母様に対する試練の深い世界を、お父様は
お母様にも直接語られていなかったのでした。

本当に驚くべきことです。
まさに公的な立場で歩まれている真の父母様なのだと思います。

そして、父母様のご聖婚式によって、
祝福家庭である私たちが誕生しました。
祝福の道が開かれなければ、
妻を与えられなかったし、また子供たちにも出会えませんでした。

素晴らしい妻と子供たちを与えられたのは、
すべて御父母様のおかげです。
改めて、今日の記念すべきこの一日を期して、
御父母様に感謝したいと思います。


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2014年04月14日

春になると思い出す! 「孝進様の笑顔」 〜聖和一年前の証し〜


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お父様が突然、「ははははは」と笑われながら、
「よかった。よかった。よかった」と拍手をなさいました。

私はその時、孝進様の顔を見ました。
その時の笑顔を忘れることができません。
一生涯忘れられない笑顔です。




今日は、統一教会説教ブログから
金滿辰地区長の説教を紹介します。
「真の父母様に精誠を捧げよう」
<2011 春季 牧会者説教集>

その中から、孝進様の証しの部分を、
要約してお伝えします。


3月になったら、孝進様の言葉が思い出されます。
皆様が知らない証しです。
孝進様が2007年(聖和される前年)、3月6日から4月の初めに
日本全国でコンサートをしてくださったときのことです。
そのときに、私(地区長)は孝進様のサポートをするように言われました。

私は初めて孝進様の近くにいたのですが、コンサートの前日、
しっかりと食事を摂って、準備されるだろうと思ったのに、
孝進様は何も召し上がりませんでした。
私はびっくりしました。
孝進様が食べられないので、私も食べられません。

その時はお子様をつれて来られていました。
孝進様の奥様は何が素晴らしかったかというと、
同じように何もお召し上がりにならず、
ずーっと最初から最後まで祈っておられました。
お子様たちは、「お父さん、お父さん」と手を振っていました。

全国での大会が終わりました。
その日の夜の10時でしたが、孝進様が、
「私と一緒に韓国に行こう」。
「あすですか?」チケットも何もありません。
「行くんだ」。「はい、かしこまりました」。

当日チケットを取って、孝進様と孝進様のスタッフ2人
と一緒に韓国に向かいました。
道中2人は一生懸命、何か勉強をしていると思っていましたが、
途中でよく見るとツアーの報告の準備をしていたのでした。
私は何もしていなかったので、だんだん心配になってきました。

天正宮博物館に到着しました。
お父様が来られるまで待っている時間に、
私は、沈明玉先生に電話をしました。
「私は報告しなくてもよいでしょう?」ときくと、
「何を言っているの!なんで韓国に来たの?」
と、そこでようやく状況を理解し、
沈明玉先生に報告するポイントを教えていただき、
お父様が到着するまでの2時間で準備しました。


お父様が到着されました。
その時、私は初めて天正宮博物館の父母様のお部屋に入ったのです。

孝進様が、「お父様、私は日本から帰って来ました」と、
長い髪を後ろにかき分けながらおっしゃったのです。
お父様はお茶を飲んでいらっしゃったのでしょうか、
距離も1メートル以内です。
「ご苦労さん」
すると孝進様が、三人ついて行った中で、
私の顔を見ながら、「あなたが報告しなさい」。
「まさか私が!」と思いました。
二人はノートから何からたくさん準備していたのに、
私には何もありません。
「はい、かしこまりました」
聞こえにくいといけないので1メートル以内に近づいて、
いろいろな報告をしました。

沈明玉先生がおっしゃったとおり、
食口たちの表情がどうであったかなど、
そして孝進様が食事を召し上がられずに、
口から血が流れるまで投入される姿に、
私が初めてショックを受けたこと、
さらに、東京においては、群馬に住んでいる食口でない人が
韓国に遊びに行って韓国でご来日前に行われた
孝進様のコンサートにたまたま参加して感動し、
今回再び日本でも参加したことを、
その人の感想も覚えていたので報告しました。

まだ私の報告は終わっていなかったのですが、
お父様が突然、「ははははは」と笑われながら、
「よかった。よかった。よかった」と拍手をなさいました。
お父様がそうなさるので、お母様もそうなさり、
みんなが一斉に拍手しました。

私はその時、孝進様の顔を見ました。
いつもは硬い表情をなさっていましたが、
その時の笑顔を忘れることができません。
一生涯忘れられない笑顔です。
びっくりしました。
どれほど孝進様がお父様から一言褒めてもらいたかったことでしょうか。
一言でいいのです。

 お父様が、「孝進! これから食事にしよう。
食べて行きなさい」とおっしゃるのです。
わずかな人数で父母様と食事ができるのです。
ところが孝進様はまた髪をかきあげながら、
「お父様、私はもう食事しました」と。
実際は召し上がっていないのに。
「では、帰ります」。
「なんだ、もう帰るのか……。そうか、じゃあ、外で食事をするんだよ」。
その時の孝進様の表情は見たこともない、
それはもううれしくて仕方がないという表情でした。

皆さん、5歳、10歳、15歳と、お父さん、お母さんの愛が
とても必要な時期ではないでしょうか。
しかし真の家庭はそうではなかったのです。
お父様はアメリカで、そして韓国で、さらに全世界を巡回なさり、
そのたびに孝進様、國進様は、
「うちのお父さんは私たちと食事をする時間もないのか」
と思いながらお育ちになったのです。
ですから、たった一言のお父様の温かい言葉で、
泣きながら笑顔で喜ばれるのです。
私たち食口のために、どれほど真の家庭が
犠牲の道を歩まれたことでしょうか。
それを私は孝進様のその時の表情を通して深く感じました。

皆さん、真の家庭の犠牲は孝進様だけではないのです。
すべての子女様が歴史的なすべての蕩減を
背負ってこられた家庭なのです。
もし、万が一、真の家庭がこうなった、
ああなったという変なうわさが聞こえても、
一切耳を貸さないでください。
真の家庭は普通の家庭ではなく、
すべての時間を、全人類のため、統一教会のため、
そして私たち食口のために捧げられました。
真の子女様が立派に成長なさって、
90歳になられたお父様に親孝行していかれるよう、
私たちも共に侍っていきましょう。



この証しは本当に祝福家庭である私たちが
肝に銘じなければならない内容だと思います。

子女様に対する愛は、すべて私たちに注がれていたのです。
それは今もなお、そうなのだと思います。

ですから、御子女様の歩みに対し、
私たちは何も言うことができないのだし、
子女様を犠牲にして愛してくださった、
その愛に報いる歩みをしていかないといけないのだと思います。

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2014年04月13日

(証し)私も講師になれる?! 必ず復興する、『1対1伝道』の効果!! 


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先日、全国牧会者会議がありましたが、
その時に、『1対1伝道』が紹介されました。
原理講論の三色版を伝道対象者と訓読しながら、
み言を伝えるというものです。
相手に赤色部分を訓読してもらい、
自分は青色部分を訓読し、
必要な項目を解説するというものです。

ブラジルをはじめとして、
南米ではこの内容が展開され、
多くの方が導かれているといいます。

私達の教会でも先日研修会を行いました。
本部が提供してくださったDVDを視聴し、
ペアになって、ロールプレイングをしました。


まず最初に実践をされたのは、
何と教会長ご自身でした。

教会長のサモニムが、あることをきっかけに
2名の知り合いに統一教会を証ししました。
そして、お二人ともご自宅が近いので、
自宅に招きいれ、教会長が
その方たちとそれぞれ訓読をし、
み言を伝えています。
反応はとてもいいということでした。

私たちに対しても、「まずは実践をしたらいい」
ということで、すでに実践を始めました。
自宅に招き入れて訓読をしたり、
また、その方の家で訓読をしたり、
さらには、教会を初めて紹介する方にも訓読を行っています。


二人の方の証しを紹介します。

教会長が「身近な人に伝えたらいい」
その如くに実践された婦人です。
婦人の娘さんは、長い間、
お母さんが統一教会を信仰することに反対していました。
精神的にも不安定になることもとても多く、
その婦人にとっても悩みの種でした。

「まずは、娘と訓読しよう」
そう思って、当日を迎えましたが、
予想通り、「嫌だ」と反発されました。

教会長から
「いきなり強引にやっても難しい場合は、
良く尽くして行うように」
そのようなことを言われていたので、
少し話したあとに掃除をして、
一人で訓読をしていると、
その姿が気になったようで、
最終的には、娘さんと一緒に訓読をしました。
そのあとに感想を言い合うことができました。

婦人も「み言を中心とした会話が
娘とできるなんて、奇跡です!」
そのように感動しておられました。


教会長は、「氏族・地域の人にできなければ、
食口同士でもいいからやるように」
ということで、ある婦人が
なかなか教会に来ることのできない婦人のところで
1対1の原理訓読をするようにしました。

前日、訓読するところを勉強し、祈って備えました。
すると翌日、訓読をしたのですが、その婦人が
「昨日の夜に、夫が夢に出てきて、
同じところを訓読していたの。
しかも一生懸命に話してきて、
私なんかよりも詳しく分かってて凄いと思ったわ」
そのようなことを言い出したそうです。

実は、その婦人のご主人は、
10年以上前に聖和されているのですが、
夢にはっきりと現れたのは、
今回で2回目だそうです。


1対1伝道は、今のところ二つの効果が出ています。

1、 どんな人でも講師になれる。
2、 講師自身が訓読をして復活(復興)する。


爆発的伝道に向けてスタートです。




本を持って壇上で教えることだけが教育ではなく、
一つの言葉、一つの行動がすべて教育です。
女性たちの服装についてもそうです。
服装をみれば、
その人がどのような人かが分かります。
体は心の反映なので、
服装はその人の人格を反映するのです。
そのような問題において、
私たちの日常生活のすべてが
教育の生活圏を形成することによって、
その生活圏自体がすべての人に
刺激的な影響を与えるのです。
教育強化の実効性を
私たちの生活を通して連結させていけば、
そこから社会が発展していくというのです。
世界の新しい希望がその場から広がるのです。


(天聖経 558ページ)


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