2014年05月31日

続・17歳の旅立ち 孝行娘が遺した父母へのメッセージ!


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韓国で,衛星放送,ケーブルテレビを手がける
JTBCのニュース番組の5月27日の放送で、
先日、沈没船セウォル号の船内で聖和された
祝福家庭2世のキム・ヨンウンさんに関する報道があり、
ご両親がインタビューに答えていました。



日本語訳を紹介します。


[アナウンサー]
故キム・ヨンウンさんの最後の挨拶は
両親に永遠に転送がされないところでした。
友人のパク・イェスルさんの電話を借りて残してきたからです。
ところが、この声を発見したイェスルさん家族は
必ず声の主を見つけなければならならないと公開し、
父兄たちの協力の末,ヨンウンさんであるという事実を明らかにしました。

私たちがペンモク港ではじめて故朴スヒョン君の
ビデオレターをお届けしたのが4月27日のことでした。
今日(27日)が5月27日...ほぼ1ヶ月ぶりに、
学生の最後の挨拶をお伝えすることになりました。
直接、ヨンウンさんの声を見つけだした父兄の協力のおかげでもあります。

ハンユンヂ記者の報道です。

[記者]
故パク・イェスルさんの電話で発見された声の主は
イェスルさんではありませんでした。

[おかあさん、おかあさん、ごめんなさい。
おとうさんも、あまりにも申し訳なくて。
おかあさん、本当にごめんなさい。
そして愛してる、本当に。]

[故パク・イェスルさん弟:姉さんの声とは違います。
(誰声なのかは分からない?) はい。
姉さんの声はそれより澄んだ声というか。]

この時、イェスルさんの声が小さく聞こえます。

[祈りましょう。祈りましょう、祈りましょう。]

[故パク・イェスルさんの弟:「祈りましょう、祈りましょう。」
それが姉さんの声です。]

このように声の主捜しが始まり、
20人近くの父兄が自分のことのように進み出ました。
そして、ついに、日本人のお母さんと
韓国人のお父さんが見つけ出されたのです。

[キム•ジョンホ(故キム・ヨンウンさんの父):わかります。
17年間、手塩にかけて育ててきましたから。
家に帰ってくれば、抱くようにして暮らしていましたから。
娘の声ですね。]

[中島やよい/故キム・ヨンウンさんの母:ヨンウンなら、
こんなふうに話すと思います。
お母さんごめんなさい、お父さん愛してるとか。]

想像しないプレゼントをもらった両親は
ヨンウンが永遠に去ったのでなく、
引っ越ししたものと信じています。

[キム・ジョンホ(故キム・ヨンウンさんの父):
今後残った子供とこれまで以上に一生懸命生きていかないといけないですね。
それでこそ引っ越ししたヨンウンも喜べるでしょう。]

間違ったのは大人たちなのに、
かえって「ごめんなさい」というヨンウンさんの別れの挨拶は皆の心を打ちます。

[おかあさん、おかあさん、ごめんなさい。
おとうさんも、あまりにも申し訳なくて。
おかあさん、本当にごめんなさい。
そして愛してる、本当に。]



ヨンウンさんの最後の声が、
聖和式からちょうど1ヵ月後に
発見されたのは、奇跡的です。

また、皆様も感じると思いますし、
記者もコメントしているように、
「ごめんなさい」という言葉が胸を打ちます。。。
そして「愛しています」と。

事故の問題は、大人の問題なのに、
そのことよりも自分が両親に会うことができない、
本当に申し訳ない、でも愛している・・・
そんな思いが言葉に出たように思います。
本当に親に対する孝行の心情が表れています。

また、ご両親も「引越しをしただけだ」と言っています。
すぐ隣の世界、霊界にいることを表現しているのです。

いつもご両親とともにあるキム・ヨンウンさん。
ご家族もキム・ヨンウンさんも本当に幸せな生活を
送ることを心から願います。

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2014年05月30日

私が変わり、あの人が変わる、神様との4つの対話?!


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神様は、ほかの所におられるのではありません。
私の心の中におられます。
心の根におられます。
それゆえ、祈祷するとき、
心と対話しなければなりません。




本部の阿部院長が「『相手を変える』から『私が変わる』」
という題目で説教をされています。
とてもわかりやすい内容でしたので、
少し要約して紹介したいと思います。



私たちは、人間関係がうまくいかない場合、
どのようなことを考えるでしょうか?
「どうして、あの人は変な性格なのか?」
「あの人が変わらなければうまくいかない!」
などと考えます。

しかし、「相手を変えよう」という観点は、
要求の心、裁きの心、批判の心が動機となりがちであり、
良い関係を築くことはできません。

また、現状に不満を感じた場合、「環境を変えよう」と考えます。
「この制度が問題だ」「この学校がダメだ」
「この職場が変わらないといけない」
などと鋭く分析することは重要ですが、
間違い探し、犯人捜しになることがあり、
なかなか改善されません。
誰が問題、何が問題というよりも、
「私たちから変わろう」とする姿勢がないと
不平不満の人生になります。

相手が変わることを通じて人間関係が良くなった場合、
相手が責任を果たしたのであって、
自分は変わっていないし成長もしないということです。
「相手を変えよう」「環境を変えよう」というよりも、
「自分が変わろう、自分を変えよう」という心を持つならば、
どんな人間関係や環境であっても、すべてが成長の糧になります。                             

しかし、自分が変わることが大切なことが分かっていても、
簡単なことではありません。
人間関係で傷ついたり、恨みがあったり、
しこりがあったりすると、
自分自身の内面を見つめることが困難です。
自分の問題ではなく、相手の問題、相手の課題、
相手の過ちだけが気になって相手を責めるようになります。
このように、人間関係の課題の背後には、
自分の心の矛盾という問題があります。


堕落人間は神の前に出ていくことができる
善の条件を立てなければなりません。
そこで、心の矛盾を解決し、
人生を好転させることができる善の条件を紹介いたします。

神様の神霊を人間の心霊で感じ取るために「祈り・瞑想」があります。
神様の真理を人間の知能で感じ取るために「原理・み言」があります。
歴史を超え、国や人種を超えて、人は「祈りや瞑想」を大切にしてきました。

さらに、神様の真理を人間の知能で感じ取るために
「原理・み言」があります。
歴史を超え、国や人種を超えて、
人は「真理や真実」を知りたくて学びや研究をし続けてきました。
そのような真理のみ言が発表される時代を迎えました。

しかし、慣れていなければ祈りといっても
何を祈ったらよいか分からない、
訓読といっても膨大なみ言のどこを訓読したらよいか分からない、
と感じることでしょう。


そこで、単純な言葉で簡単に祈りを捧げる方法があります。

それは、私の心の中におられる神様に向かって
次の四つの言葉を捧げることです。

「私の中におられる神様、すみません!」
という謝罪の言葉、
「私の中におられる神様、許してください!」
という許しを請う言葉、
「私の中におられる神様、ありがとうございます!」
という感謝の言葉、
さらには「私の中におられる神様、愛しています!」
という愛の言葉です。

具体的な言葉を添えてもよいのです。
「私の中におられる神様、私が 〜 できなくて、すみませんでした」
「私の中におられる神様、私が 〜 できなかったことを、許してください」
「私の中におられる神様、〜 ありがとうございます」
「私の中におられる神様、〜 愛しています」

この四つの言葉は堕落性と正反対なので、心の転換になります。
責任転嫁、自己正当化する堕落性を越えて「ごめんなさい」
傲慢心や下剋上の堕落性を越えて「許してください」
不平不満や怒りの堕落性を越えて「ありがとうございます」
愛せない、恨みの堕落性を越えて「愛しています」


心の中にいる神様と対話してみましょう。
すべての人が神様の子女です。
しかし、堕落によって複雑に絡まるように矛盾した
心の状態になってしまったのです。
祈りを通して心を清めてください。
すると、神様が訪ねてきます。

この祈りは、相手を変えようとするものでもなく、
環境を変えようとするものでもありません。
自分自身が変わる祈りです。

「すみません」と悔い改める自分となり、
「許してください」と謝罪する自分となり、
「ありがとうございます」と感謝する自分となり、
「愛しています」と愛する自分となることです。

そうすれば、人生すべてに神様が同行されるようになり、
好転すると同時に天運が、
天福が共にある人生となります。

すべての解決の道は、相手を変えることではなく、
環境を変えることではなく、
私自身がいかに神様と一つになれるかが大切なのです。



以前にも瞑想の記事を書きましたが、
心に思い浮かぶ思いを手繰り寄せながら、
神様と交流する努力をする瞑想より、
簡単な言葉を心の中で訴えかけるほうが
相手に要求する思いが消え、
自分が変わることができるのだ、
そんなアドバイスなのかと思います。

相手を変えよう、相手に要求する思いが湧くときには、
この四つの「神様との対話」を意識して、
瞑想することが必要なのだと思います。


お父様のみ言

神様は、ほかの所におられるのではありません。
私の心の中におられます。
それゆえ、祈祷するとき、
心と対話しなければなりません。
神様がどこにおられるかといえば、
心の根におられます。
心を絶えず抜き取ってみれば、
最後に出てくる良心的な根に
神様がおられるというのです。
それから愛の根、生命の根、
血統の根におられるのです。
そのように四位基台になっているのです。


(「最高の良心の根っこに神様がいる」
1994年2月6日のみ言より)


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2014年05月29日

私の願いは、神様の願い?! One family under God! 〜神の下の人類一家族〜


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第52回

真の万物の日おめでとうございます。


本部のHPに紹介されていた
祝福二世の映像です。↓





みんないい表情です。
元気よく「夢」を語っています。

祝福二世であるということは
本当に誇るべきことでありますが、
まだ、世間的には受け入れられていません。
そういう意味で、映像に出演するというのは、
相当の勇気がいったと思います。
本当に素晴らしいです。

聞くところによると、私の知人の
息子さんも出演されているとのことです。
親御さんとしても、さぞ
誇らしいことでしょう。

「信仰継承」は、どの宗教法人においても、
その組織の発展・定着の重要な要素です。
しかし、統一教会における「信仰継承」には、
特別の意味があります。
なぜなら、それは一世から二世、二世から三世へと、
真の父母様から受けた歴史的な「祝福」を相続するものだからです。

しかし、現実には、二世にその伝統が
なかなか受け継がれていないのです。
大変残念なことでありますが、
二世・三世たちは年齢が高くなればなるほど、
教会につながる率が減っていきます。
これは、率直に受け止めなければならない現実です。

子供はまだ小さいときには、
親と一緒に行動するので、
一緒に教会に行き、礼拝に参加します。

しかし、自分で行動できるようになると
また、部活や友達との交流など、事情が増えると
教会とは別のスケジュールができます。

そのときの親の対応が重要だと思います。
敬礼式や礼拝に行かなくなると
「何でいかないんだ」
ということで、強制的にやらせるようにし、
逆にそのことで反発を受けて、
教会に行かなくなってしまいます。

子供は親のロボットではないのですから、
親が自分の意思で教会に行くように
導いていかなければいけないと思います。
これは私自身も自分に言い聞かせています。

祝福子女は(信仰二世も含めて)私たちの宝であり、
天の願いもまた、私たち親と同じ
祝福であると思います。

すべての二世、三世が、上の映像に出ている
若者たちのように、飛び切りの笑顔で
「私たちの夢は、神様の夢である
人類一家族世界を実現することです」と
同じように真っ直ぐに向かっていくことが
できるように、願ってやみません。

そのためには、私たちがそれぞれ
素晴らしい家庭を作らなければなりませんし、
自分の家庭のことだけを考えていても、
できるものではありません。
為に生き合うこと、これが統一教会で
私たちが訓練され、培ってきたもののはずです。

真の父母様の笑顔を思い浮かべながら、
かけがえのない宝である子女たちを
育み、応援しあっていきたいと思うのです。


ニュースレター29号に
北海道の親子セミナーの様子が掲載されていました。

その中で、二世で本部スタッフをしている方の証がありました。
中学3年間の多感な時期に、お母さんが海外宣教、
お父さんも仕事で南米へ行く中で、
他の祝福家庭の中で育ったこと。
しかし、難しい親子関係の中で葛藤し、もがき苦しみながらも、
御両親の精誠と祈りの中で導かれ、
信仰の道へと転換されていったという証を聞きながら、
参加者は一様に衝撃と感動を覚えたそうです。

やはり、二世・三世たちのためにも
一世である私達の祈りと精誠の歩みが重要だと思います。

そんな中で、以前少し紹介しましたが、本部でも
「良き親になるためのセミナー」として
家庭力アップ講座を開いていますし、
親子セミナーなど、徐々に
全国展開もされていくところだと聞いています。

2020に向かって
私たちが氏族メシアを勝利することを思った時
個人では勝利できないと思うのです。
子女たちに信仰の後姿を見せるのも大切ですが、
私たち一人ひとりが、更に愛の器を広げ、
そうしていくことで家庭力もアップして、
祝福家庭同士が、共に喜びを分かち合う、
そういうことをイメージしていきたいと思うのです。


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