2014年05月28日

必見!! 映像で見る「後藤徹氏、勝訴までの道程」!



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後藤徹さんの裁判勝訴までの
道のりが本部HPに紹介されています。


12年5か月の拉致監禁・脱会強要事件の被害者である
後藤徹さん(「全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会」代表)が、
東京地裁で今年1月に“勝訴”を勝ち取るまでの闘いをまとめた
ドキュメンタリー(約13分間)がYouTubeにアップされました。

東京地裁は1月28日、拉致監禁を実行した
後藤氏の家族に対し483万円の支払いを命令。
そのうち96万円は、事件を背後で指導した
“脱会屋”宮村峻氏に連帯して支払うよう命じています。

後藤さんはドキュメンタリーの中で、
「この勝訴判決が、いまだに続いている拉致監禁を
この日本から一掃するための一助となることを
心から願っています」と訴えています。

後藤さんの裁判は、6月からは東京高裁に
舞台を移して控訴審が始まります。
このドキュメンタリーを通して、
統一教会信者に対する拉致監禁問題に
関心を持っていただけたら幸いです。





後藤徹氏、勝訴までの道程


拉致監禁根絶のために、
あえて、ご自身の身内(兄夫婦・妹)に対して、
裁判を起こした後藤徹さん。

そして、協力してくださる方々の土台があって、
拉致監禁・強制改宗の首謀者、宮村峻が
賠償命令の判決を下されました。

まさに、真のお父様のような
開拓者(パイオニア)の精神だと思います。

今回は、私が余計なコメント長々と書くよりも
皆様にまず、この映像を見ていただきたいです。
切にお願いいたします。


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2014年05月27日

富士山に、ロープウェイで登る日?! 霊界に行った先輩たちと共に 


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天国に行くパスポートをもたなければなりません。
パスポートは、サタンを追放するのです。




おとといの日曜日に尾瀬霊園で
全日本聖和祝祭がありました。

主礼の徳野会長がみ言を語られましたが、
心に残ったうちの一つを紹介します。
(み言通りではありませんので、御了承ください)



徳野会長は、先日聖和された
ある牧会者のところにお見舞いに行きました。

聖和される直前だったので、
お体も相当悪かったのだと思います。

それで徳野会長が見舞いを終えて、
帰ろうとされるときに、
お別れの握手をされました。

ところが牧会者の方は、
手を握ったまま、しばらく放さなかったそうです。
そして、言葉も話すことが出来ない状態でしたが、
じっと見つめられて、徳野会長に訴えかけられました。

その思いは言葉からは発することはありませんでしたが、
しっかりと徳野会長の胸に届きました。

「私は、もうこの世で生きることは出来ません。
もうすぐ旅立ちます。
ですから、地上では歩むことが出来ません。
徳野会長、私の分まで頑張ってください」

この思いを胸に刻み込んで、
み旨に邁進しなければ、と決意していかれました。

聖和祝祭については
本部のホームページをどうぞ
第32回「全日本聖和祝祭」を開催


その聖和された牧会者の方は、
うちの教会長もよくご存知の方ですが、
とても素晴らしい方とお伺いいたしました。

まだ、地上で活動したいことが
たくさんあったけれど、
歩むことが出来ないというのは、
どれほど、歯がゆいことでしょうか。

もちろん、私たちは永生ということを知っています。
それでも、み旨の半ばで、
家族を遺していかなければならないことは
無念なことでしょう。
しかし、徳野会長と、私たちに全てを
託して霊界に旅立たれたのです。

私たちが、この肉身をもって
この時代にみ旨を歩めるということは、
夢のように素晴らしい時間であって、
とても貴重なことです。
先駆け神様に選ばれたからには、
御父母様の勝利圏を受け継ぎ、
更に多くの先輩たちや、食口たちの
心情の基台の上に立っている者であるということを
感謝して、自覚していきたいです。

どんなに貴重な時をあゆんでいるのか
忘れてしまいがちな私たち、
ちょっと象徴的な夢を見たので、御報告します。


家族で富士山に登る夢を見ました。
天候がとても悪かったので、
家族を下に待たせ、私だけ登っていきました。
五合目から八合目まで何と、
1時間近くで登ってしまいました。
夢でなければ、あり得ない話ですね(笑)。

それで、八合目から頂上までロープウェイが出ていたのですが、
(これもあり得ない話です・・・)
悪天候で運行中止でした。
ところが、私が着いたとたん、
霧が晴れ、全貌を眺めることができるような見事な景色になり、
それからロープウェイが動きだし、
家族に連絡して、一緒に乗ろうとするときに
別の夢に変わってしまいました。。。

先日、七年路程の講義をしたときに、
「私たちは真の父母様の勝利圏により、
長い年月をかけて登らなければならない道のりを
御父母様が道を切り開かれて、
ロープウェイのような乗り物で
わずかな時間で、頂上まで辿りつくことができる」
そんな話をしたのですが、
まさに語った内容が夢に現れたのでした。


昨日は、玉世賢ハルモニの証しを書きましたが、
そのような先輩たち、また、
今回聖和された牧会者の方のように、
お父様とともに
み旨の道を開拓していかれた
まさに、土台作りをしてこられた方がいます。

その方たちの精誠があって、
今の私が立っているということ、
このことを決して忘れてはならないし、
また、その方たちの分も
頑張っていきたいと思います。

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お父様のみ言

誰にも最後の日が来ます。
サタン世界で最後の理想世界を
立てるためには、あらゆる体験をして、
そこに合格しなればいけません。

天国に行くパスポートをもたなければなりません。
パスポートをもらった個人と家庭と国家が
たくさん現れなければなりません。
パスポートをもった国家があってこそ、
神様が天地を任せることができるのです。

パスポートは、サタンを追放するのです。
サタンは来れないというのです。
生活の中で、サタンが関係しません。
サタンの干渉を受けないようにするには
分立しなければなりません。
個人分立、家庭分立、氏族分立、民族分立、
国家分立、世界分立、天宙分立までしなければなりません。
「統一原理」でサタン分立歴史を習ったでしょう? 
何をもって分立するでしょうか。
蕩減の道を通じて分立しなければなりません。


「地上生活と霊界」
我々と霊界入籍 より



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2014年05月26日

文氏「一緒に働きましょう」 主に従うのは、簡単ではなかった…! 〈玉世賢先生の証し〉


先生は私にしばらくみ言を語られ、
最後に「一緒に働きましょう」と言われました。
私は、それにおこたえして
聖日ごとに先生を訪ねていき、
礼拝を受けました。



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昨日、姜先生の証しを掲載し、
ボンネッコルの写真を載せました。

この中には、北朝鮮でお父様に導かれた先生が
そのまま付き従っておられます。
金元弼先生しかりです。

その中に、玉世賢(オクセヒョン)先生も写っておられます。
先生はお父様のために髪の毛で靴を編まれたということで
とても有名な方ですが、啓示で導かれたと聞いていたので、
どんな風に導かれたのか、とても気になり、調べてみました。

玉先生は、平壌のシンチャン長老教会の執事になりました。
ご長男が22歳で軍隊に行くことになり、
「息子を助けてください」と痛哭して祈祷を捧げました。

そのあとの内容は、
成和社の「証言」に掲載されていますので、
少し紹介します。



   平壌で先生に出会う

ある日、特別に恩恵を受けた人が集会をするというので参加し、
それからその人を私の家に招待して、
息子の無事を願う祈祷会を三日間行いました。

祈祷会を終えた日の夜、寝床で横になっていると、
部屋中が真っ赤な火の玉でいっぱいになりました。
おかしいと思い、外をのぞいてみると、
庭にも太陽のような赤い火の玉が
四方に行ったり来たり動いていたのです。
部屋中に満ちた火の玉は、
いつの間にか私の体を包むように回っていました。
しかし、そのとき私はあまり深く考えず、
祈祷してそのまま寝てしまいました。

次の日の朝、目が覚めてから考えてみると、
夕べの火の玉は聖書でいう
聖霊の火に間違いありませんでした。
神様は特別に私を訪ねてくださり、
聖霊の火を下さったのに、
愚かにも私は受け入れることができずに寝てしまったのです。
残念に思い、さらに悔しくなりました。

その翌日、寝床に入ってさまざまな思いに浸っていたのですが、
何かが来て私の頭をトントンとたたいて、
「起きなさい」と言ったのです。
驚いて飛び起き、何か声が聞こえるのを座って待ちました。
ところが、昨晩のように聖霊の火が
満ちているだけで何の音もしないので、
“今晩も昨日と同じようなことが起きるな”と思いながら、
何の感覚もなく寝てしまったのです。

三日目の晩は、あじか(土などを運ぶ、竹などで編んだざる状のもの)
に火の玉をいっぱいにして、
私の体に覆いかぶせました。
私はあまりにも熱くて身もだえしましたが、
それ以外は何の役事も起こりませんでした。

そのようなことがあってから数日後に、
以前、私の家に来て祈祷をしてくれた人が、
向かい側で祈祷会をするというので参席しました。
礼拝を終えてから、私に「祈祷をしなさい」と言いました。
私は執事までしたのですが、大衆の前で祈ったことはありませんでした。

しかし、「しなさい」と言うのでしかたなく立ち上がって、
「お父様!」と呼んでから祈祷をしようとすると、
口がぴたっとふさがって声が出てこないのです。
しばらくの間、及び腰で立っていると、
私に祈祷するようにと言った人が代わりに祈り、
祈祷後、「玉キョンシンさん(私の昔の名前)を、
きょう神様が特別に呼ばれて恩恵を下さいました」と言いました。
それで、「私のような人間に、神様が恩恵を下さるとしても、
その恩恵にこたえることができるでしょうか?」と私が反問すると、
「とにかく、サタンに捕まらずに強くありなさい」と言われました。

家に帰ってくると、その人の言うとおりに気分がおかしくなり始めました。
体が空中に浮かんでいるようで、歩いても虚空を踏んでいくようでした。
やがて、耳が開けて奇妙な音が聞こえ、目も開けました。

家で祈祷をしていると、サタンが部屋いっぱいに押し寄せてきて嘲弄しました。
「サタンに捕まるな」という言葉を思い出しながら、
さらに力を込めて祈ると、突然叫び声が聞こえて驚きました。
しかし、恐ろしさに耐えて最後まで祈祷を行いました。
そのようにして三日間、サタンの試練を受けた後、
二度とサタンは現れませんでした。

戦争がさらに激しくなると、教会はがらがらになり、
代わりに労務者などさまざまな人々が教会に身を寄せ、ごった返しました。
そのようにして教会はサタンの巣窟になったので、
私は教会に行かずに、家で祈祷をしました。

解放を前後して、多くの聖霊の役事があったのですが、
ある日の明け方、私に啓示が降りたのです。

「以南(朝鮮半島で休戦ライン以南を言う語)から来られた先生が、
万壽台の向こう側にいらっしゃるから訪ねていきなさい。
その先生は今、現れずに隠されている」、
「山に祈祷に行きなさい」という内容でした。

私は、とてもうれしくなりました。
私たちの教会は労務者でいっぱいになっているので、
“どこかにきれいな教会を建ててその先生をお迎えしなければならない”
と思いました。
しかし、自分の生活のために、
山に祈祷に行く日を一日一日と延ばしていると、
天から懲戒を受けて熱病にかかり、とても苦労しました。

一九四六年十一月に姉が訪ねてきて、
「ある女性の先生が良いみ言を語られているから一緒に行ってみよう」
と言うので、ついて行きました。
そのかたは、五十数歳になるおばさんで、
“以南から来た先生”から恩恵を受けて祈祷会をしていると言いました。
その翌日、そのおばさんについて行き、“以南から来た先生”に出会ったのです。
その若い先生が、正に文鮮明先生であられました。

先生は、髪の毛をそられており、真っ青なチョゴリ(韓服の上着)を着ておられました。
私を連れてきたおばさんが、
「このかたも恩恵を受けようと思っています」と先生に紹介すると、
先生は私にしばらくみ言を語られ、
最後に「一緒に働きましょう」と言われました。
私は、それにおこたえして聖日ごとに先生を訪ねていき、礼拝を受けました。
その当時、先生は二十七歳(数え年)、私は四十八歳でしたが、
先生に対するのはとても難しいことでした。

いくつかの教会から信仰深い執事たち数人が集まり、
先生を中心として礼拝を受けるようになりました。
礼拝の雰囲気はとても恩恵深く、
天の前に感謝する涙、天の事情を知って
悔い改める涙であふれ返りました。
そのような雰囲気であったために既成教会から讒訴され、
家族が反対し、ついには保安署に拘禁される事態にまで至りました。
二千年前の五旬節の日、マルコの屋根裏部屋に降りた
聖霊の役事を私もそこで体験しました。

私の家庭では、私が先生の所に通うので、
「以南から来た若い人の所に通っている」と大騒ぎし、
牧師と信徒たちも毎日、私の家に訪ねてきて嫌がらせをしました。
私は彼らを無視して先生について行きました。
今、考えてみると、天の役事でなければそのような勇気は出てこなかったと思います。



そうやって信仰を持ち続け、お父様と共に
平壌から南下し、釜山での記録的な写真が上です。
その後もずっと、ご父母様に侍り続けてくださいました。

姜先生のときもそうでしたが、
当時はキリスト教を始めとして、
親族の方からも猛反対を受けました。
直接天が強烈に役事されたのでなければ、
やはり越えるのは簡単ではなかったでしょう。

それを乗り越えてこられたがゆえに、
今の統一教会があり、
そして、私たちがあるのだと思うと
大先輩に改めて感謝したいと思います。


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