2014年05月19日

(証し)天と心情が合えば、すぐに通じる時代?!  《瞑想のすすめ》


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昨日、瞑想のことを書いたら、
教会長は瞑想や深い祈りの経験が豊富な方なのですが、
一つの証しをしてくださいました。
実は以前も紹介した証しではありますが、
編集して再度紹介します。


教会長が、まだ、若いときに、
前線メンバーの責任者をしたことがありました。
そのメンバーはどちらかと言えば、
バリバリ歩むタイプではなく、
少し基準を下げたメンバーたちでした。

一人の姉妹が、「教会を離れたいです」
そう言ってきました。

教会長は、その姉妹に
「120日間聖地祈祷をしよう、
その中で神様を実感できなければ
家に帰ったらいい」そう言いました。

朝5時に寒い冬の中を聖地祈祷することになりました。
40日たっても全く何の反応もありません。

何とか頑張って80日が過ぎ、
そして100日が過ぎ、
いよいよ、120日目を迎えることになりました。

その姉妹には、一向に何の気配もなく、
「明日何もなかったら家に帰ります」
そのような状態でした。

最終日、120日目を迎えました。
そうしたら起こったのです。

何と私に起こりました。
祈祷していたら、突然
涙がとめどもなく流れてきました。
自分の涙ではない
まさに聖霊体験です。

そして、明るい光が目の前を照らしました。
もちろん、朝5時ですから、
周りは真っ暗です。

1月くらいだったでしょうか。
その地域は雪が降るところで、
ひざまで積もるくらいで、
寒くて寒くてどうしようもないのですが、
そのときは、何故か体中が暖かくなってきました。

そして、聖歌の1番、
復帰の心情が流れてきたのです。

祈祷を終えて、姉妹たちと再び集まりました。
そうしたら、その姉妹が「聖歌の1番」を歌おうというのです。
なんと私と同時間に、彼女にも起こっていたのです。

「さっきの祈祷の時、復帰の心情が流れてきた。
神様の心情がわからずに基準を下げていたけれど、
神様が復帰の歴史において
涙を流してきてこられたことを感じた」
みんなで涙を流しながら讃美しました。

それ以来、彼女は、一度も基準を下げて
教会を辞める、そう言ったことはありませんでした。




教会長はこの証しをされながら、
「かつてはこのように本当に長い期間、
そして、長い時間、精誠を捧げて祈祷し
瞑想することがありました。
しかし、今は違います。
時代が変わったので、天と心情が合えば、
すぐに通じてしまうのです。
だから、長い時間よりも深く入り込む
そのことを意識していく時だと感じます」

「なるほど、恥ずかしながら、
必死に神様に意識を傾けた時に
昨日、与えられたのが瞑想だったな」
そんなことを思わされました。

昨日、紹介した教育部長さんが
瞑想会をしたときに
参加した修練生の証しを紹介します。


瞑想を通して、「神様が私を創った ・・・」という実感が
初めてのことのように湧いてきました。
私の寂しさ、苦しみ、これまでの人生の喜び、
全てが神様がともに感じて歩んで下さったことだったと、
そして最後は安らぎを感じました。


私と共に涙を流し、傷つき血を流して
私と共にいて下さった神様が
いつも霊的に包んで下さっていたんだと感じることが出来ました。
罪を許されることで、
心を縛っていた鎖のようなものから
解き放たれたように感じて、軽くなりました。
12分でこんな体験ができて、本当に良かったです。


瞑想では、神様とご父母様の孤独な世界が痛いほど感じられ、
その後神様と父母様から降り注がれる愛を感じ
親孝行したい思いになりました。


自分の罪をどのように神様が見ておられたのか、
神様の立場に立って自分自身を見つめてみることで、
神様の心情を感じることが出来ました。
許されている私を感じました。
ずうっと私を苦しめてきたものから解かれました。



まだ、学び始めたばかりのメンバーが
神様を感じて、感動しています。
私に働かれる神様がおられる
そのことを信じていきたいと思います。


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2014年05月18日

こういう時は、瞑想がよい?! (証し)神様が分からない人、親に愛されなかった人に…etc.



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昨日と今日は忙しく、まとまった時間が取れませんでした。
そのため、記事も簡単にしようと思い、
いろいろと書こうとしていたことを書き始めても
思うように結論が上手くいかずにいました。

「仕方ない、こういうときは心を落ち着けて瞑想だ」
そう思って、瞑想を始めた途端、
瞑想の記事を書こうと思わされました(笑)。

お父様のみ言です。



信仰生活をする人には瞑想の時間が必要なのです。
良いことを思い描きつつ瞑想をしなさいと言うのです。
瞑想をするときは、心の門を開け放ち、
心を丸くして、神様ならば神様を中心として、
神様の本性と私の本性が完全に授け受けできるように、
春の季節に該当する人であれば
春の季節の主体である神様と共にその性稟が、
完全に共鳴できる心の姿勢をもたなければなりません。

(訓教経・1971年2月7日)

心を明るくし、清めようとすれば、世の中と離れて、
私と私の心、この二つだけが対面する時間が必ず必要です。
とても孤独な時間ではありますが、
心と親しくなる瞬間こそ、私自身が
心の主人となる祈りの場であり、瞑想の時間です。
周囲の騒々しさを退けて、心を静めていけば、
心の中の最も深いところが見えてきます。

心が落ち着くその深い場所まで降りていくためには、
多くの時間と労力を注がなくてはなりません。
一日で出来ることではありません。

(自叙伝・P235)



他の教会ではありますが、
教育部長さんの証しです。

教育センターで学んでいる婦人なのですが、
一生懸命み言を学んでいるにも関わらず、
「神様がわからない・・・」
そのことで、なかなか先に進まない状態でした。

親に対する恨みが強く、
教育センターに来るたびにその話をされます。
さらには、スタッフや教会の婦人たちにも、
「あなただけに話すけど・・・」
そういいながら、全く同じこと、
親に対する恨み言を話すのです。

教育部長さんも「どうやって恨み解きをしようか」
本当に悩みました。
それで、以前取り組んだことがある
瞑想をしよう、そう思いました。

本部の先生が語られた瞑想の講義、
上述したようなお父様のみ言、
またナレーションや音楽も準備して
ある日、瞑想会をしました。

親は私を愛してきた、
そのことを振り返る時間を持ちました。
また、親から受けてきたことを書き、
親に与えてきたことも書きました。

この婦人は、親に愛されてこなかったように思いましたが、
実際は、ご本人もお子さんがいたので、
自分が、生まれてくるまでの期間、
親がどれだけ準備してきたのかを振り返りました。
全く書くことがないように思ったのに、
延長してもさらに書き続ける自分にびっくりしました。

さらには、自分が親に対して尽くしたこと、
それを思い出そうとしても、
本当に少しのことしか書けない自分にも気づきました。

教育部長さんは、親から愛されてきた私、
その背後に神様の愛が流れてきたのだ。。。
そのことを話すと初めて神様の愛に
触れることができました。

今では、ご主人やお子さんにみ言を伝え、
本当に頑張る婦人になったとのことです。



ある意味では、忙しい時ほど、
心を落ち着けて、瞑想をする方がいいのかも知れませんね。


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2014年05月17日

分派に共通して見られる二つのポイント?! 「祝福」と「真の父母」がUCのブランド! 《駒場グループの場合》


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私が主導してきた祝福運動は、
単純な結婚儀式ではなく、
原罪を清算し、本然の真の血統によって
天に接ぎ木する神聖な行事なのです。


(平和神経)


教会のYouTubeチャンネルに
本部の太田先生の映像がありました。


憂えることに、統一教会には、霊的集団と呼ばれる
いわゆる分派が複数発生し、教団から除名処分を受けています。

彼らには共通する特徴があるとのことです。
駒場グループを例にした部分ですが、
わかりやすく解説しておられますので、
少し要約して紹介します。

彼らには、大きく分けて二つの特徴があるといいます。
まず一つ目は、祝福結婚の絶対価値の否定です。

冒頭のみ言のように、お父様が
明言されているにもかかわらず、祝福結婚式では
原罪が清算されないと主張するのです。



堕落によって生じた原罪を脱ぐ血統転換、
すなわち血肉を交換する式が聖酒式です。

(祝福家庭と理想天国)




独自の手段、方法で原罪清算や
血統転換を主張しています。
お父様が貴く重んじてこられた
祝福結婚や、聖酒式の価値を軽んじているのです。

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第二の特徴として
お父様のみ言を用いながらも、
お父様やお母様以外の
別の中心を持ち出してくることです。
特に彼らは、真のお母様を軽んじています。

今は、真のお母様を中心として
一体化していく時代圏にあります。

お父様のみ言です。



伝統はただ一つ。
真のお父様を中心として。
他の誰かの、どんな話にも
影響されてはいけません。
先生が教えたみ言と
先生の原理のみ言以外には、
どんな話にも従ってはならないのです。
今、お母様が行く道は、
お父様が今まで立てたみ言と
説教集を中心として、
行かなければならないのです。
他の言葉を述べるのを許しません。


(祝福85号)

お母様は私の影のようです。
付いて回る影のようなので、
私は実体をもった主体の教主であり、
お母様は対象の教主です。
それで、私は第一教主、
お母様は第二教主です。


(真の父母の絶対価値と氏族的メシヤの道)



真の父母様につながることが
食口の生命線なのです。
結局、み言を用いながらも
真の父母様、特にお母様を否定していきます。

太田部長の結論は以下の4つです。

@ 「祝福結婚」や「聖酒式」こそが、
唯一、原罪を清算し、血統転換を
なすための儀式である。

A み言より、実体が先であり、
そのみ言の完成実体であられる
真の父母様につながること。

B 再臨主であられる真のお父様が、
救いのために必要な「真理」を
すべて解明しておられ、
それ以外に、なにかみ言が必要
というわけではない。

C 真のお父様と「最終一体」となっておられる
真のお母様を絶対中心として、
絶対的に一つにならなければならない。


サタンは本当に巧妙です。
否定や批判する言葉を通して、
不信する思い、その思いに相対すると
向こうの意のままに主管されてしまいます。

縦的な線をしっかり正していくという
基本的な信仰生活を守ることが重要なのです。

同じ、YouTubeチャンネルには、
先日の祝福結婚式の様子が紹介されていました。
こんな幸せな雰囲気を壊そうとする
サタンの策略には嵌らないようにしていきたいし、
もっと、祝福の素晴らしさを
天地に証していきたいと思います。




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 《警報発令!》 「神の如くなれる?!」分派はみ言を利用する!〈駒場グループの誤り2〉
 《警報発令!》 分派ができるまで (それは堕落の経路をたどる?!)〈駒場グループの誤り1〉


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