2014年05月10日

どうして祝福家庭に病気や困難が起こるのか?! 「善神の業と悪神の業」ってなんだろう?


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先日、コメント欄にいただいたことに対して、
返事をしようと思っていたのですが、
まとまった時間が取れずにそのままになっていました。

いろいろと考えていた内容が少しまとまったので、
今回は一部のみですが、記事にして、
書いてみたいと思います。



堕落論に、以下のようにあります。

善神の業は、時間がたつにつれて
その個体の平和感と正義感を増進せしめ、
その肉身の健康をも向上させる。
しかし、悪神の業は、時間がたつにつれて
不安と恐怖と利己心を増進せしめ、
また健康をも害するようになる。
それゆえに、このような霊的な業は、
原理が分からない人にとっては、
それを見分けることが非常に困難であるが、
時間が経過するに従って、
その結果を見て、その内容を知ることができるのである。


この文言に対して、
「上記が真実であるのでしたら、
何故、統一教会信者は病気が多いのですか?
アトピーや癌など何故多いのですか?
もし上記の事が正しいのでしたら
清平はいらないんじゃないですか?」

そのように質問を受けました。


実は、私の長男はアトピー性皮膚炎です。
少し証しを書こうと思います。

生まれてからまだ数ヶ月の頃、
アトピーと診断されました。

彼は、牛と鶏が駄目でした。
ですから、乳製品が駄目、
また、卵も駄目でした。

妻は卵料理を控えてはいましたが、
それでも卵の料理を作るときがあり、
そういう時は彼だけ別メニューになります。
「みんな、いいなぁ、食べたいなぁ」
そう思っているだろうと、卵を食べるたびに
本当に申し訳ない思いになりました。

清平40修に言った時も、
自分の足りなさを告白せざるを得ませんでした。
また、妻は彼のアトピー克服のために努力しました。
病院で薬をもらって症状を抑えつつ、
一番効果のあったのは「水」を使った療法でした。
清平の役事のおかげもあったと思います。
それで、少しずつ回復していきました。
内外両面の方法で、病気に取り組みました。

そして、卵の入った食品や乳製品を徐々に食べることが
出来るようになりました。
特に、チーズやケーキは彼の好物ですが、
食べてもアトピーが出なくなりました。
しかし、卵料理そのものは駄目だったので、
学校給食でも別メニューにしてもらい、
もちろん牛乳も飲みません。

昨年のこと、家族で妻の実家に行ったとき
その年亡くなった義父が、行きつけの店で必ず注文していた
好物の卵焼を、長男にあげてみました。
今まで、15年近く一度も食べたことのない、
卵料理を初めて口にした長男。
「うまい!」と言って、食べたのでした。
私も妻も、その姿に感動したのは、言うまでもありません。

これは、絶対善霊となった義父が協助してくれた、
つまり善神の業であると私たちは信じています。

彼は全快とは言えない状態であり、
まだ柔らかい皮膚(ひじやひざの裏とか)は
汗や、ハウスダストで痒くなることがありますが、
卵などを食べて、即アトピーが出ることはなくなりました。

食口の中にもアトピーや精神病や
様々な病気で苦しむ人が多くおられます。
清平などを通して克服された方も
おられますが、それは一部だけです。
多くはいまだに病に苦しまれ、中には病気で
聖和される方々もおられるのです。


さて、「善神の業と悪神の業」というのは、
言い換えれば、善霊と悪霊の協助、
つまり霊的な現象、霊的な働きのことだと思います。

つまり、清平の役事はすなわち
最高の善神の業がなされる場所です。
ですから、悪神の業があるならば
清平は必要不可欠な場所ということになると思うのです。



そして、原理講論には「善神の業は健康をも向上させ、
悪神の業は健康をも害するようになる」とは、
確かに書かれていますが、健康を害するのは
すべてが悪神の業だと書かれてはいません。

人間は霊肉(内外)の両面を持っていますから、
病気には内外両面の原因があるといいます。

私の息子のアトピーに対しても内外の原因があり、
治っていくにも内外の対処が必要でした。
内的(霊的)なこと、善神の業と悪神の業の影響は大きいですが、
必ずしもそれだけが病気を生むのではありません。
外的な対処を怠ると、今でも、かゆそうな状況になってしまいます。

どんなに内的に素晴らしい人だったとしても、
外的に、健康を害するような無理な生活をしていたとしたら、
病気になることも当然あるでしょう。

多くの食口たちは、み旨のため
また家庭の為に多くの苦労をされ、
外的にも短い睡眠時間でハードな生活され、
病気になりやすい環境にあることも確かだと思うのです。


また、悪神の業というのは、復活論にあるように、
悪霊人たちを通して、
私たちの罪を清算するために起こってくるものもあります。
それを通して、私たちが感謝して越えれば、大きく飛躍しますが、
悪神の業を働いた悪霊人たちも、
ともに恵みを受けるようになっているといいます。

悪神の業は、裁きとして起こるだけでなく、
試練として与えられ、越えることで、
私たちに恵みを与えたい神様なのです。

一般的に病気で苦しむ人たちはとても多いです。
また食口の中で病気に苦しむ人も、
割合はわかりませんが、多いことは確かでしょう。

それを一概にこの人の罪や、悪蕩減でそうなったと、
決め付けることはできません。

逆に、もう一面として、
頑張っている人には、また大きな試練が与えられる
ということもあるように感じます。

ヨブが病気になり何もかも失ったのは、
彼が不信仰だったわけではありませんね。
イエス様が十字架に掛かったのも、
ご父母様が苦難の道を行かれ、お父様が聖和されたのも、
ご自身の罪のゆえではありません。
人類の罪を背負って十字架の路程を行かれた
イエス様であり、ご父母様の生涯であられます。

それと同じように、祝福家庭や食口に病気や苦労が多いのは、
全人類の蕩減とまではいかなかったとしても、
その一端を背負うためにあるのだということです。

清平をご父母様が作られたのも、
いよいよ摂理の最終段階となって、
悪霊、つまり悪神たちの業が活発になり、
祝福家庭や食口に侵入すると分かっておられたからだといいます。

信仰によって、病気がよくなることも確かにありますが、
信仰が深いから、病気にならないわけではありません。

病気になったり、様々な災害や事故に襲われたり、
不幸なことが続いたとしても、いかに越えていくか、
それが信仰者としての生き様となるのだと思います。

私たちが感謝で越えていくとき、
歴史の中で、同じような苦難にあった人たちの
思いも克服することになるでしょう。
それが蕩減を払う道であり、
犠牲となる、ということではないでしょうか。

今回の韓国の沈没船事故のように、
多くの人が一度に亡くなることがあります。
あの高校生たちが、何の罪を犯したというのでしょうか。
あの事故も悪神の業といえるでしょうが、
神様は真の犠牲としたい、と願われたのではないでしょうか。

悪神の業で病気を受けたとして、不幸を受けたとして、
どのようにとらえ越えていくのか、それによって、
私たちの罪の結果起こった部分があったとしても、
それを、貴い犠牲にも変えていけると思うのです。

食口でも病気になる方はおられます。
実際、その方の蕩減もあるでしょうし、
霊的な影響も受けているのかも知れません。
しかし、それを通して、私たちの代わりに
大きな十字架を背負ってくださり、
犠牲を払ってくださっているともいえるのではないでしょうか。

ですから、同じ兄弟姉妹として、
彼らにエールを送りたいし、
お互い慰労し合い、助け合い励まし合って
この試練をよく越えることができるように
祈り合っていきたいと思うのです。

どこまで答えになっているかはわかりませんが、
個人的な見解を書かせていただきました。

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posted by ten1ko2 at 15:06 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする