2014年05月30日

私が変わり、あの人が変わる、神様との4つの対話?!


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神様は、ほかの所におられるのではありません。
私の心の中におられます。
心の根におられます。
それゆえ、祈祷するとき、
心と対話しなければなりません。




本部の阿部院長が「『相手を変える』から『私が変わる』」
という題目で説教をされています。
とてもわかりやすい内容でしたので、
少し要約して紹介したいと思います。



私たちは、人間関係がうまくいかない場合、
どのようなことを考えるでしょうか?
「どうして、あの人は変な性格なのか?」
「あの人が変わらなければうまくいかない!」
などと考えます。

しかし、「相手を変えよう」という観点は、
要求の心、裁きの心、批判の心が動機となりがちであり、
良い関係を築くことはできません。

また、現状に不満を感じた場合、「環境を変えよう」と考えます。
「この制度が問題だ」「この学校がダメだ」
「この職場が変わらないといけない」
などと鋭く分析することは重要ですが、
間違い探し、犯人捜しになることがあり、
なかなか改善されません。
誰が問題、何が問題というよりも、
「私たちから変わろう」とする姿勢がないと
不平不満の人生になります。

相手が変わることを通じて人間関係が良くなった場合、
相手が責任を果たしたのであって、
自分は変わっていないし成長もしないということです。
「相手を変えよう」「環境を変えよう」というよりも、
「自分が変わろう、自分を変えよう」という心を持つならば、
どんな人間関係や環境であっても、すべてが成長の糧になります。                             

しかし、自分が変わることが大切なことが分かっていても、
簡単なことではありません。
人間関係で傷ついたり、恨みがあったり、
しこりがあったりすると、
自分自身の内面を見つめることが困難です。
自分の問題ではなく、相手の問題、相手の課題、
相手の過ちだけが気になって相手を責めるようになります。
このように、人間関係の課題の背後には、
自分の心の矛盾という問題があります。


堕落人間は神の前に出ていくことができる
善の条件を立てなければなりません。
そこで、心の矛盾を解決し、
人生を好転させることができる善の条件を紹介いたします。

神様の神霊を人間の心霊で感じ取るために「祈り・瞑想」があります。
神様の真理を人間の知能で感じ取るために「原理・み言」があります。
歴史を超え、国や人種を超えて、人は「祈りや瞑想」を大切にしてきました。

さらに、神様の真理を人間の知能で感じ取るために
「原理・み言」があります。
歴史を超え、国や人種を超えて、
人は「真理や真実」を知りたくて学びや研究をし続けてきました。
そのような真理のみ言が発表される時代を迎えました。

しかし、慣れていなければ祈りといっても
何を祈ったらよいか分からない、
訓読といっても膨大なみ言のどこを訓読したらよいか分からない、
と感じることでしょう。


そこで、単純な言葉で簡単に祈りを捧げる方法があります。

それは、私の心の中におられる神様に向かって
次の四つの言葉を捧げることです。

「私の中におられる神様、すみません!」
という謝罪の言葉、
「私の中におられる神様、許してください!」
という許しを請う言葉、
「私の中におられる神様、ありがとうございます!」
という感謝の言葉、
さらには「私の中におられる神様、愛しています!」
という愛の言葉です。

具体的な言葉を添えてもよいのです。
「私の中におられる神様、私が 〜 できなくて、すみませんでした」
「私の中におられる神様、私が 〜 できなかったことを、許してください」
「私の中におられる神様、〜 ありがとうございます」
「私の中におられる神様、〜 愛しています」

この四つの言葉は堕落性と正反対なので、心の転換になります。
責任転嫁、自己正当化する堕落性を越えて「ごめんなさい」
傲慢心や下剋上の堕落性を越えて「許してください」
不平不満や怒りの堕落性を越えて「ありがとうございます」
愛せない、恨みの堕落性を越えて「愛しています」


心の中にいる神様と対話してみましょう。
すべての人が神様の子女です。
しかし、堕落によって複雑に絡まるように矛盾した
心の状態になってしまったのです。
祈りを通して心を清めてください。
すると、神様が訪ねてきます。

この祈りは、相手を変えようとするものでもなく、
環境を変えようとするものでもありません。
自分自身が変わる祈りです。

「すみません」と悔い改める自分となり、
「許してください」と謝罪する自分となり、
「ありがとうございます」と感謝する自分となり、
「愛しています」と愛する自分となることです。

そうすれば、人生すべてに神様が同行されるようになり、
好転すると同時に天運が、
天福が共にある人生となります。

すべての解決の道は、相手を変えることではなく、
環境を変えることではなく、
私自身がいかに神様と一つになれるかが大切なのです。



以前にも瞑想の記事を書きましたが、
心に思い浮かぶ思いを手繰り寄せながら、
神様と交流する努力をする瞑想より、
簡単な言葉を心の中で訴えかけるほうが
相手に要求する思いが消え、
自分が変わることができるのだ、
そんなアドバイスなのかと思います。

相手を変えよう、相手に要求する思いが湧くときには、
この四つの「神様との対話」を意識して、
瞑想することが必要なのだと思います。


お父様のみ言

神様は、ほかの所におられるのではありません。
私の心の中におられます。
それゆえ、祈祷するとき、
心と対話しなければなりません。
神様がどこにおられるかといえば、
心の根におられます。
心を絶えず抜き取ってみれば、
最後に出てくる良心的な根に
神様がおられるというのです。
それから愛の根、生命の根、
血統の根におられるのです。
そのように四位基台になっているのです。


(「最高の良心の根っこに神様がいる」
1994年2月6日のみ言より)


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posted by ten1ko2 at 08:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする