2014年06月02日

(証し)子どもたちが劇的変化!それは、父の私が変わったから?!〈前編〉 《家庭力アップ講座》


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先日、妻が本部の「家庭力アップ講座」に参加したとき、
一番前に座っておられる男性がいました。
(先日の聖和祝祭にも、前の方に座っておられました。)

とても存在感があり、どなたかなと思っていると
午後に証しをしてくださったそうです。

その方は、栃木教区足利教会所属の
福田実さん(6000双)です。

「自分を紹介するときは匿名では困る」
と言われていたようなので、あえて実名で紹介させて頂きます。

『ニュースレター第29号』にも
「父の悔い改めが子供を劇的に変化させる」というタイトルで
証しが掲載されていました。

その内容も含めて、紹介させていただきます。


福田さんの奥様であるゆき子さんは、長い闘病生活を経て
2009年に聖和されました。

それまで、ある面「ワンマン」の亭主関白だった福田さんは、
男は家事をするものではないと
奥さんにすべて任せていたのですが、
4人のお子さんを男手一つで育てることになります。

その時は短大を卒業したばかりの長女を筆頭に、
難しい時期の長男、次男、
そして末っ子の3男は、まだ小5でした。

片親家庭であっても、「わが家はぐれないようにいこう」と
子供たちに呼びかけたところ、なんと次男は
「いや、ぐれる。親の愛が足らない」と宣言し、残念なことに、
高校3 年の10 月に不祥事を重ねて退学になってしまいました。

福田さんも最後には霊界の奥さんに
「もう限界だ。君に任せる」と祈るほかありませんでした。

そういう中、多田聰夫講師の「家庭力アップ講座」を
片道2時間半かけて、毎月、受講することにしました。

講座では、親(夫婦)の問題が子供に現れることが強調されました。
また、感情の赴くままに言葉を発することを戒めること
(先日紹介した「一時停止ボタン」)や、
自分の言葉で正直に思いを伝えることなど、
家族関係を改善する具体的なアドバイスを受けたといいます。

それまでは「長幼の序が一番大事だ。親子は友達ではない。
口のきき方には気を付けよ」という具合に、
厳しく子供たちをしつけてきた福田さん。
教会学校にも“問答無用”という感じで通わせていたそうです。

しかし、その結果どうなったのか。
家の中で“暴君”のように振る舞っていた父親と子供たちの間には、
感情的に深い溝が横たわっていました。
講座を通じて、「これまでの自分のやり方は間違っていた」
と悟った福田さんは、一つの決断を下しました。

それが、子供たちへの謝罪でした。

昨年の初め、自宅に4 人の子供が揃った時のことです。
福田さんは子供たちに初めて謝罪をしました。
「教育のつもりでやってきたが、結果的に君たちを傷つけていた。
家庭をもう一度立て直すために勘弁してくれ」
と言って、頭を下げたのです。

内心、親が頭を下げるなら、
「お父さん、そんなことないよ」と言ってくれるだろうという
淡い期待がありました。
しかし、その期待は見事に打ち砕かれました。

父親に対する積年の恨みが
次から次へと子供たちの口から吹き出してきました。
福田さんが全く予期せぬ言葉を浴びせられたのです。

「今ごろ分かったのか、このヤロー」
「何が勘弁してくれだ、バカヤロー」

福田さんは、子供たちから厳しい言葉を投げかけられても、
感情的にならずに頭を下げ続けました。
しかし、子供たちは足を投げ出してソファに座り、
「ヘラヘラ笑ってるんじゃねーよ。謝るならちゃんと謝れよ」と、
容赦なく追い打ちをかけます。

「彼らの口調や態度がそうなるように育てたのは自分だ」。
そう感じた福田さんは「すいませんでした」
とさらに深々と頭を下げ、最敬礼をしました。

そうしているうちに、息子たちから
「親父がそうやって頭を下げたんだから、まあ仕方がない。
勘弁してやるわ」と許しの言葉が出ました。

しかし、一番上の長女は「いやだね。
『真の愛』、『理想家庭』と言いながら、
私に手を上げたでしょう」と譲りません。
それでも最終的には、長女も弟たちの説得を受け、
渋々ながら父親の謝罪を受け入れたのです。


このあと、変化が訪れます。
少し長くなったので、明日に続きます。


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