2014年06月14日

父の日に、天の父と、真のお父様に思いを馳せて 〈米会長メッセージより〉


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マイケルバルコム会長の週刊ビデオメッセージです。
アメリカツアーのところは省略して、紹介します。


父の日おめでとうございます。
神様を代表した立場で家族を愛し、
まとめることに日々尽している全てのお父さんに感謝します。
父親の立場の私達は一生懸命に尽しますが、
神様のように子供たちを十分に助け導く事が
できていないと感じている事と思います。

私が清平にいた時、神様が夢の中に現れ
「私自身、良い父親だとは思わない。
人類の状況、子供達の様子を見た時、
もっと良くしてやれたのではなかったかと後悔する」
と語られました。

父の日にあたり、天の父母様を思い、
神様がどれほど子供たちを良き場所に導かれたいか考えてみましょう。

1970年代初めにお父様がアメリカに来られて
「神様の人類に対する希望」という講演をされました。
その中で神様と人間の関係は
「従順な僕」や「友」以上でなければならない、
「お父様」と呼べばすぐに答えて下さるような
もっと親密な関係でなければならないと話されました。
真のお父様は私達が天の父母様と
そういう関係を築くことを望まれました。

今週のテーマはREMEMBER(思い出す)ですが、
特にRE・MEMBER(再びメンバーにする)再復帰です。

前にも話したかもしれませんが、
最近、70年代から80年代にかけての
何千人分ものメンバー登録の書類が発見されました。
43ストリートの倉庫に眠っていましたが、
それをニューヨーカーの本部に運び込んで整理し始めました。

懐かしい兄弟姉妹の若かりし写真も入っていました。
同時に、教会を離れて連絡が途絶えてしまった
数多くの人たちの書類も含まれています。
私の息子のアンドリューと彼の3人の大学の友人で
毎日、書類を詳しく調べながらデータ化を進めています。

私の目標は過去40年間に在籍した会員すべてに連絡をとり
再度共に歩むことを勧める、
あるいは聖地ツアーへの参加を促すなどして
何とか真の父母様に繋げることです。

彼らの写真を見ると、多くの人たちが
アメリカでの神様の摂理に偉大な貢献を
果たして来たことが思い起こされます。
その犠牲を無駄にする事なく、完遂して欲しいと願います。

先週、カリフォルニアの牧会者、
ケビン・トンプソン氏が最初のアメリカ人の教会長であった
ゴードン・ロス氏に会う機会がありました。
ロス氏は40年前にすでに教会を離れていて教会員ではありませんが、
彼が会長だった当時から現在までの教会の様子を
トンプソン氏から聞いて、楽しく話をしたそうです。

皆さん、この夏、我々にとって最も大切な事は真のお父様との絆を強め、
お父様がアメリカで投入された偉大な精誠を思い出すことです。
それを記憶に留め、お父様の遺業に磨きをかけ
次世代に引き継がせましょう。

そのために聖地巡礼ツアーに参加し、
アメリカの明るい未来と神様の御業を
REMEMBER(追億)、REVIVE(復興)、
REIMAGINE(再想起)しましょう。




今日は、父の日です。
真のお父様に思いを馳せながら、
貴重な一日を過ごしていきたいと思います。


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わが子を愛することのできなかったお父様! 聖進様のお母様が去った理由?!


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おととい記事にした、
「聖進様のお母様は、もし先生が傷を受けたなら、
自分のももの肉を切り、張りつけてあげたとしても
惜しくないほど先生を愛したんだよ。その女性と別れたんだよ。」
このみ言がとても強烈に焼きついています。

知人の姉妹は、私の記事を読んだあと、
お父様のお写真を見て、「涙が止まらない」
そうメールをくださいました。

もう少し当時の様子を知りたいと思い、
金元弼先生の証しを見つけたので、
紹介します。


お父様を訪ねて、釜山に向かう聖進様のお母様の心中はどうだったでしょうか? 
幸福な家庭を築くことを夢見て、訪ねてきたのです。
韓国動乱を前後した七年間は、どれほど長く感じられたことでしょう。

ところが、お父様がおられた所は、立派な家でないだけでなく、
惨めな小屋で生活しておられたのでした。
それだけでも失望する内容です。

そのとき、お父様は人々にみ言を語り続けておられました。
そのときお父様は、「入ってきなさい」と言われました。
しかし、聖進様のお母様は入ってこられませんでした。
お母様は、お父様が本気になって入ることを勧めると思ったのでしょう。
ところが、お父様はその後、入るように言われなかったのです。

お父様は、食口を生かすために完全投入され、
み言を語られておられた時ですから、
途中でやめることはできなかったのです。
み言を聞いていた食口も、
「本当にご苦労様でした。おふたりでゆっくりしてください」
と、その場を空ければよかったのですが、何も理解できなかったのです。

夜になっても、食口たちは帰らず、そこで泊まりました。
翌日になっても帰らず、食口たちはお父様の愛を独占していたのです。
このように、聖進様のお母様にとって食口たちが怨讐となったのです。

ところで、お父様は妻子と弟子のどちらかをとらなければならないとしたら、
弟子をとらざるを得ません。
聖進様のお母様がどのような行動をとられたかは、ご存じでしょう。

そのため、食口たちはお父様から離れていったのです。
すると、お父様は食口たちの所に訪ねて行かれたのです。
そして、家にもお父様は帰らなくなったのです。
そうして、お母様は聖進様を連れて釜山を離れたのでした。

お父様は釜山での親子の対面の時のことを、次のように語られたことがあります。

「子供(聖進様)が七歳になったとき、初めて会ったのです。
その時は、食口たちと一緒に過ごしていた時でした。
おばあさんたちを生かそうとしていた時でした。
わたしの息子が来たといって、
わたしが喜んで迎えると条件に引っかかってしまいます」


お父様は、私には洋服や靴など、いろいろと買ってくださいましたが、
聖進様には鉛筆一本も買われなかったのです。
お父様は、ご自分の家庭を犠牲にされて、私たちを救おうとされたのです。

「統一教会創立43周年記念インタビュー
『お父様の心情を求めて』より抜粋」



聖進様のお母様は、素晴らしい女性だったといいます。
メシヤの妻になったがゆえに、
言うにいわれない苦労の7年路程を経ておられたんだな、と思います。
しかし、最終的にみ旨をいくお父様を受け入れることができず、
悲しい結果となりました。

その聖進様のお母様を愛するということも含めて
勝利してくださった真のお母様の路程が
更に厳しかったことを推察する時に、
お父様、お母様の心情がいかばかりだったか、胸が痛みます。

み旨の道の「み旨」というところに
こういうみ言があるのを思い出しました。

モーセはみ言の十字架、
イエス様は肉体の十字架、
再臨主は心情(愛)の十字架。


自分の最も愛すべき妻以上に
私たちを愛してくださった真のお父様。

もし、私がそのボンネッコルに
金元弼先生の代わりにそこにいたとしても、
お父様はきっと愛してくださったに違いない、
そんなお父様の愛を受けている私であるのだ、
そのことを思いつつ、
ご父母様に感謝の思いを捧げたいと思います。

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