2014年06月26日

韓半島、南北分断から64年! 《38度線での父の祈祷》


13580_709060179121092_1102640851_n.jpg


昨日は6月25日。
韓国動乱64周年でした。
同じ血を分けた民族でありながら、
南北に分断されて、
もう長い歳月が過ぎてしまいました。。。

お父様が、平壌で探し出された数名の弟子と共に
朴正華氏を背負って南下されたこと。
お母様が南下された時の証しも思い出されます。

最も私たちが忘れてはいけないと思う
お父様が38度線を越える時の祈祷の内容を
今日は紹介したいと思います。



私は、三十八度線を越える時に
祈祷した言葉を忘れません。

「天の父よ! 私は韓国の地に行きます。
私は北韓に来てみ旨を成すことができずに
敗者のつらさをもったまま、
獄中の身を免れることができませんでした。
そして今、追われる群れの歩みに従って南に行きます。
しかし、またこの地を訪ねてこなければ
ならないことを知っています。
たとえ私が、三十八度線の北側に
行くことができなくても、
私の思想を植えて後孫を行かせます。
彼らが行くことができなければ、
私に従う弟子を送って行かせます」

と、そのような決心をしてきたのです。

そして十年の歳月を一日のごとく、
今まで戦ってきたのです。
私が天の前に誓って出発した歩みは
皆さんとは違うのです。
両手で三十八度線の土をすくい、
「必ずこの手で共産党を消化し、
何年かのちには必ず戻ってくる」
と決意しました。

「私のこの手で自由世界を収拾し、
糾合して、北韓を解放するぞ」
と祈祷したのが、昨日のことのようです。

三十八度線に両足でまたいで立ち、泣きながら
「南北を私の手で統一します」と誓いました。
目に涙をためて祈祷したことは、
一緒に来た人も知らないのです。

私が悲しみを残して、
私のために精誠を尽くした
故郷にいる母と父と兄弟を後ろに残して来ながら、
「この親不孝者が再び帰ってくる日を待っていてください、
死なずに待っていてください」
と念じ、北韓の地を離れてきたことを、
私は忘れないでいるのです。




以前も紹介したことがあるのですが、
私の好きな映像のひとつに
お父様が興南から解放されて
平壌から釜山に南下する時の様子を
描いているものがあります。

見られる方は
12分近くの長い映像ですが、
ぜひ見て頂きたいです。
特に7分50秒くらいからが
38度線での祈祷の内容です。



『たとえ私が、三十八度線の北側に行くことができなくても、
私の思想を植えて後孫を行かせます。
彼らが行くことができなければ、私に従う弟子を送って行かせます』
この言葉が胸を打ちます。

どれだけ、南北統一を果たしたいお父様だったか。。。
私たちの足りなさゆえに、
霊界に行かなければならなかったお父様を思うと、
申し訳ありません、と思うほかありません。
お父様の悲願を果たす私たちに
なっていかなければならないと感じます。



昨日の祈祷会では、教会長を中心として
いろんな教会の歌を歌いました。
その中に、「Tears」というお父様の祈りを
曲にした歌がありました。




最初の歌詞がとても心に響きました。
「私の心の中に流れる涙が
地に流れる神様の涙より大きくて
私があなたの慰労の
息子になりますので
未来に希望をお持ちください」

ちょうど、歌いながら、
先日、迫害を受けたことを思い出し、
涙が止まらなくなってしまいました。

言うに言われぬ迫害を受けてきた真のお父様。
お父様は神様のために
どれほど涙を流したのでしょうか。
そんな涙を神様は見つめながら
どれだけ、慰労されたか知れません。

そんな真の父母様に
親孝行をするため、
一人でも多くの人たちに
み言を伝えていくことが
父母様を喜ばせることであると思うのです。


応援のクリックをお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ



※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)



posted by ten1ko2 at 10:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする