2014年07月04日

祝福の清流は永遠に続く?! 第1回7.1節のみ言を振り返って 


228584_309321739167232_802328056_n.jpg


昨日、「子供たちに見せてあげてほしい」と、
教会に蛍を頂きました。
蛍は清流にしか生きられないのだそうです。
かつては日本の田舎ではどこでも見られたものでしたが、
多くが絶えてしまいました。
水と環境を整えて、復活させた蛍なのだそうです。


さて、今日は、PeaceTVに掲載されていた
第一回七・一節(1991年)のみ言を紹介します。
とても長いので、
重要だと思うところをアップします。



今日の堕落した人間は、サタンの血統を受け継いでいます。
これが問題なのです。
サタンの血統を受け継いでしまったので、
きれいに天の前に戻すことがどれだけ難しいことでしょうか?
言い換えれば、愛する恋人を失ったある男性が、
その恋人が他の男を介して産んだ子を自分の息子、娘のように
愛さなければならないという立場が天の立場です。
そのように産まれた息子、娘を、
直系の息子、娘として受け入れることができる心を
持つことができるのかということです。

最愛の妻を奪われた夫が、妻が産んだ息子、娘を連れてきて、
自分の息子、娘を愛する以上に愛し、
自分の血族にするということが、世の中にあり得るでしょうか?
特に祝福家庭はよく知っておくべきです。
祝福を受けたことが全てではありません。
神様の心情圏を引き継ぐための時代が到来するにしたがって、
私たちは、神様が歴史的な伝統を立てるために
努力して来られたということを知らなければなりません。

氏族的メシヤとなり、家庭教会をするように
発表してから7年が経ちました。
7年間教えてきたのです。
これまでそうするという決意と覚悟で、
夜を明かしながら努力した人がいますか?
天がヤコブを選んだ時、
ヤコブはヤボク川のほとりで夜通し格闘し、
天使に勝つまでどれだけ気をもんだことでしょうか?
『イスラエル』という名前を地上に宣言したその瞬間、
どれだけ息が詰まったことか分かりません。

この地に真の父母が来られたにもかかわらず、
世界はいい加減に扱いました。
皆、先生を利用しようとし、先生は利用されてきました。
今日、この時間7月1日、皆様は自ら呵責を感じ、
自己の姿を支えられないほどの慙愧(ざんき:深く恥じること)の念をもち、
痛哭して悔い改めなければなりません。
痛哭してでも悔い改めることができる位置に
立ったことを知らなければなりません。

私は、兄弟はもちろんのこと、親まで捨てた人です。
国も捨てた人です。
神様のために捨てたのです。
神様の国がありますか?
神様の親はいますか、いませんか?
子息がいますか、いませんか?
先生は国の代わりに、親の代わりに、兄弟の代わりに、
神様だけに仕えてきた人です。
自らの行く道を堂々と歩んだのです。
今や全部乗り越えました。
ですから今日、その式を宣布しなければなりません。

今まで宗教は多くの血を流しました。
血を流したその代価、価値がどこかに行き、
実を結ぶことができずにいるのです。
その実が真の父母です。
真の父母によって宗教圏、政界圏、民主世界と
共産圏が統一されるのです。
今は何をすればいいかと言えば、統班撃破と家庭定着です。
それは先生が指示したものです。
生死がかかった重要なことであり、
天下を得るか失うかという戦いです。
このような深刻な時に傍観していることができますか?



この当時、私はまだ祝福を受けていませんでした。
それを準備する立場でした。

お父様はこのみ言の直後に
氏族メシヤ申請書を全ての祝福家庭に提出させました。
この時から氏族メシヤが再スタートしたので、
祝福家庭は、すなわち氏族メシヤの立場となりました。

その時に祝福を受けていなかった私もそうですし、
これから祝福を受ける人たちもそうです。
本当にありがたいことです。

このみ言にあるように、
神様は恩讐を愛していかれました。
サタンの血統に生まれてしまった人類
すなわち、私たちを愛してくださったのでした。

そして、神様と同じ道を行かれたのが、
真の御父母様です。
ご自身の子女様以上に
私たち祝福家庭・食口を愛してくださいました。

そして、兄弟を捨て、親を捨て、
神様を愛するために
私たちを愛してくださいました。

そのことによって与えられたのが、
祝福なのです。
そういう祝福の価値、貴さを
もう一度認識していかなければならないと思います。

祝福が始まってから今に至るまで、
その形態や条件などは、
著しく変化してきました。
しかし、その価値は変わりません。

その祝福を受けている私であるとするなら、
周りから何かを言われて、
揺れ動く私であってはならないと思います。

そして、その価値を私だけにとどめるのではなく、
多くの人に証し、述べ伝えていくこと。
これが最大の親孝行なのではないかと思います。


妻の実家にはこの季節、蛍がきれいな場所があるそうです。
亡くなった義父が生前、孫たちに見せてあげたいと言っていました。
五月の連休には早く、夏休みにはもういないので、
なかなか実現しませんでした。

蛍の光は、実物を見なければ分かりません。
この日曜日の教会学校で、部屋を暗くし、
蛍の鑑賞をすることになるかと思います。
きっと、子供たちも喜ぶことでしょう。
義父の願いを一つ果たせるのも、嬉しいことです。

真のご父母様は、蛍の光よりはるかに素晴らしい
祝福という最高の救いを準備してくださいました。
み言と祝福と真の父母は
私たちのかけがえのない宝物です。

蛍は1週間しか生きられないそうです。
私たちを楽しませる幻想的な光は、
子孫を残していくために懸命に光っているのです。

清流でしか生きられない蛍ですが、
真の愛の水を知った私たちはそこでしか生きられません。
そうでありますから、清流がなければ自ら作り出していく、
それが祝福の伝播ではないでしょうか。
限られた肉身期間、また2020を目指し
命のみ言、そして祝福を伝えていきたいと思うのです。


応援のクリックをお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ



※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 11:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 祝福の価値 祝福の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする