2014年08月28日

「愛し続けなさい!」 そして、一つの家族になろう! 《サローネン博士の証し》 後編



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昨日は、ニール・サローネン博士の
アメリカでお父様に侍られた証しを御紹介しました。
今日はその続編です。
お父様が聖和されて以後
今、私たちがどうしたらいいか、
とても参考になるメッセージだと思います。



その数年後お父様がご病気になられ、霊界に行かれました。
私は聖和式に参加するために韓国に行きましたが、
今でもお父様はここにいらっしゃると感じます。
今でもそう思います。

私がする全てのことに関して、いつの日かお父様の正面で、
「これが私のしようとしたことです。」と報告する日が来るでしょう。

助言が必要な時には、例えば、
「この問題を解決するのにどうしたら一番よいですか?」と言うように、
いつでもお父様に聞くことができると感じています。

お父様はいつも私たちと一緒にいらっしゃいます。
また、お母様を拝見する度に、お父様はいつも
お母様とご一緒であられると感じます。

お父様が地上で私たちと一緒にいらっしゃった時、
私たちはとてもお父様に頼っていたので、
お父様が霊界に行かれた後は、私たちの一体化が試されるであろう
ということは想像に難くありません。
私たちの一体化が試されているということは皆も認めているでしょう。
一番大事なことは、真の父母様と共にあり続けるということです。
もし私たちが一体化を維持できれば、他の全ての問題は解決されます。

最終的には、全ての人が天国に入るまでは
私たちの仕事に終わりはありません。
ですからこのグループ、あのグループと分けることはできないのです。
私たちは一つの家族として活動しなければなりません。

言うことは簡単ですが、
実践するのは難しいということは勿論よくわかっています。
しかしながら、私たち一人一人がこれを為す責任がありますし、
忠誠を尽くし、父母様と一体化しなければなりません。
世界復帰のための神様の希望となるために、
私たちは偉大な統一家族であり続けるべきです。

今後3年間は私たちの一体化と為すべきことが試されるだろうと、
お父様の聖和式後に私は沢山の人たちに言いました。
しかし、この3年間を忍耐すれば、神様の祝福があるとも言いました。
友達や元教会員からの試練にも関わらず、
各州と各リージョンの責任者たちはとても頑張っていると思います。
多くの場合、彼らは試練を越えたと思います。

神様からの真の愛のみが世界を変えることができるという
深刻なメッセージを宣布することのできる弾力を、
再び勝ち得るだろうとますます確信しています。
それが真の父母様のメッセージです。

それこそが世界の人々の傷ついた心を立て直し、魂を再生させ、
彼らをして新しい社会を創るメッセージです。
それが今実際起こっているのを目撃し、また実現できると信じています。
お母様もそれを目撃されていると思います。

ここブリッジポート大学におきましても、
幸いたくさんの素晴らしいことが起こっています。
市長とここの2人の上院議員は私たちに協力的です。
しかし、ある1人の人物は想像を絶するほど私たちに批判的です。
名前は口にしませんが、彼が行なったいくつかのことは、
とてもひどく不当なものでした。

この件についてお父様に報告したところ、お父様は笑顔で、
「彼を愛し続けなさい。」と言われました。
私が難しい局面に接している、敵と対している、
不当な立場に立たされている、
あるいはとても重い重荷を背負っている場合、
私が思い出す一つのフレーズは、
お父様の言われた「愛し続けなさい。愛し続けなさい。」です。



サローネン博士が
「私がする全てのことに関して、いつの日かお父様の正面で、
『これが私のしようとしたことです』と報告する日が来るでしょう」
このように言われていることを
私自身も最近、感じていたことでした。

私たちは、遅かれ早かれ、霊界に行きます。
その時に、真の父母様の前に
私自身が神様・父母様に対して成してきたこと、
全てがあからさまにされるのです。
どうせなら、不忠不幸の歩みではなく、
親孝行をした実績をお捧げしたいと思うのです。

また、霊界に行ってから、真の父母様に
少しでも重荷を軽くしてさしあげられるよう
今この時になすべきことがあるのです。

また、お父様がサローネン博士に対し、
「愛し続けなさい」と語られたみ言。
これは、今の私たちにも語られている
お父様のみ言でもあると思います。

真の愛に勝るものは何もありません。
そのような精神を持って、
お父様を迫害した上院議員と笑顔で握手されたように、
父母様の勝利圏を相続するものとなっていきたいです。



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2014年08月27日

(証し)私たちに責任を教えるため再臨主は来られた?! 《サローネン博士の証し》 前編



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TPマガジン8月号から、
最後にもう一つだけ紹介します。
ニール・サローネン博士の証しです。

サローネン博士は1967年に統一教会入教し、
1972年から1980年までアメリカ統一教会会長、
1999年以降はブリッジポート大学の総長を務められています。

以前インタビューした内容を、今回の御聖和2周年を
記念して掲載したということです。
とても重要なメッセージだと思ったので、
長いので、2回に分けて、紹介します。


私が教会のメンバーに会ったのは
アメリカの首都ワシントンにいた頃でした。
メンバーは彼らの住んでいるセンターに
私を連れていきました。

後に私の妻となった女性が私の講師でした。
彼女が講義を始めるや、私が持っていた疑問が解けたと思いました。
講義が結論に近づいた時、
メシヤの降臨についての内容を聞いていたのですが、
そこで私が突然理解したことは、
メシヤは救済の責任を取るために来られるのではなく、
私たちにその責任を教えるために来るということでした。
その瞬間から、原理の真理性を疑ったことはありません。

それからおよそ2年後に真の父母様がワシントンに来られました。
私は皆と一緒にみ言を聞きながら、
私が教わった全てが本当のことであると実感しました。
私が心から言えるのは、お父様が私に何を言われたとしても、
私を叱ったとしても、いつもそれは私がより立派な人間に
なるための言葉であるということでした。
お父様は私が無条件にそして絶対的に信頼できる唯一のお方であり、
その思いが消えることは一度たりともありませんでした。

多くの場合、私は一般的な活動とは違う
プロジェクトを任せられました。
私たちはアメリカにおける勝共活動を
フリーダムリーダーシップファウンデーション
(Freedom Leadership Foundation)
と呼んでいました。
私たちは、経済の理論ではなく、
神様こそ自由の問題の鍵であるということを
いつも人々に説得しようと試みました。

時は変わり、驚いたことに私は突然
アメリカ統一教会の会長に任命されました。
私は自分が最も宗教的な人物であるとは思っていませんでした。
しかし、私がもっている全てをして父母様を助け、
お支えしたいと思いました。
お父様が全国縦断の講演会をされる時、私はとても興奮しました。
アメリカにどのような変化が必要であるかということを、
実に現実的な語り口で
人々に訴えることができる機会であったからです。

私たちはアメリカの全ての州を回りました。
私にとって、お父様とお母様に毎日、毎月、お近くで侍りながら、
父母様の献身と決意が絶対的なものである
ということを深く確信することができる機会でした。
多分、普通の人々は出勤日と休日がありますが、
父母様におかれましてはそのようなことはありませんでした。
私の知っている限りでは、毎年、毎日、いついかなる時でも、
ご自身の責任と使命のために献身されていらっしゃいました。
何よりもそのことを通じて、
私にとって父母様が私の人生において
真実なお方であるということを確信しました。
そして私は父母様をお助けできるなら何でもしたいと思いましたし、
それは今も変わりません。

恐れなく、正義感に満ち溢れる私たちは、
時に、人々を彼らの教会や両親から
別れさせるという非難を受けました。
ですから全国を回りながら、メンバーの親を招待し、
話し合う場を持ちました。
最終的に、私たちが家族を破壊するものではない
ということを伝えることができたと思います。
実際、私たちのメンバーこそ、その家庭の中心でした。


ところで、特にキリスト教原理主義者たちが
ワシントンの指導者たちに、私たちを攻撃するように頼む際には、
とても無慈悲で不当な扱い方をしました。
私たちは彼らと話し合おうと本当に努力しました。

当時、一人の有名な上院議員が、
「もし国税局がレバレンド・ムーンに関して
何も問題を発見できないのであれば、
国税局自体が問題だ。」と言いました。
なんと恥ずべき考え方でしょうか?

実際のところ、一連の信じられないような歪曲の中で、
お父様は、普通の人なら訴えられずに
済むようなことで起訴され罰せられました。
そして、お父様がもしアメリカを出国するのであれば問題がない、
もし出国しないとなると刑務所行きになるということを、
私たちは非公式的に通告されました。

その旨をお父様が韓国で聞かれました。
お父様は帰って来られる必要はありませんでしたが、
刑務所に行くことを恐れてはいないことを示されるために
アメリカに帰って来られました。

結果、一年余り、刑務所にいらっしゃいましたが、
それは私たちにとって、とても苦痛の期間でした。
私は一度ダンベリーのお父様を訪問しましたが、
全く変わらないお父様でした。
私たちの為すべきことは、
救うべき人たちに背をむけるのではなく、
どんなに時間がかかったとしても、
成功するまで、無条件に限りない愛を示すことであるということを、
常にお父様は考えていらっしゃいました。

数年後、私たちは国連で大会を開催し、お父様が講演されました。
その時、パネリストとして、お父様を刑務所に送った責任のある上院議員が
お父様と席を共にしていました。
その時、その上院議員がお父様を称賛し、
お父様に関してたくさんの素晴らしいことを話しました。
最後にはお父様が立ち上がられ、ステージを横切って彼を抱きしめました。
私は偶然その瞬間のお父様の御顔が見える場所にいましたが、
その笑顔はすばらしいものでした。

なぜならば、その笑顔は「真の愛が勝利した。
私は彼の心を溶かした。
私は彼を変え、彼の憎しみを愛に変えた。」
ということを物語っていたからです。
私はこのことを忘れません。
どんな試練に会おうとも、
いかに悪辣な人が私を攻撃しようとも、
またどんなに人々が歪曲の中で怒っていたとしても、
それは私たちの関与することではありませんし、
彼らと戦うことで解決するものでもないということを悟ったからです。
彼らをさらに愛する道を探すことこそが解決の道です。
これを基礎として、私はお父様の精神に倣って、
すべてのことを成し遂げようと努力しています。



今回、聖和2周年においても
アメリカの元上院議員が来られて、
『ダンベリーは不当な判決であった』として
謝罪しておられました。

お父様の真の愛の精神は本当に素晴らしいものです。
今後、裁判問題の真実がはっきりすればするほど、
そのことをわかっていながらも、
『統一教会の本部をダンベリーに移す』として、
アメリカを許して愛していかれた、
そのようなお父様の偉大さが
ますます明らかにされるでしょう。

明日に続きます。

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2014年08月26日

「なぜ私がお前を愛するのか、私の子だから」 《桜井節子先生の証し》



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おまえが苦しむ前に、悲しむ前に、
私自身が苦しみ悲しんでいたのだ。
なぜ、私がおまえを愛するか。
おまえがかけがえのない私の子であるからだ。



先日、姜先生の証しを紹介したTPマガジン8月号に、
桜井節子先生の証しが掲載されていました。

真のお父様が、どのように私たちを愛してくださるのか、
祝福前の桜井節子となられる以前の、
とても有名な感動的な信仰の証しです。


1965年1月28日夕刻、
羽田空港に着いた飛行機のドアが開き、
真っ先に真のお父様が降りてこられました。
その夜は、渋谷の南平台の教会本部で
歓迎夕拝をもちました。
涙で神様の悲惨な心情を訴えられるお父様の姿に、
「なんと狂おしいばかりに、天を愛されるお方であろうか! 
このお方に似、このお方に続く者とならねばならない」
と深く決意させられました。

その時、一人ひとりと握手してくださり、
私の順番が来た時、お父様は「ほう、節子か。
毎日一生懸命、原理講義をしているか?」
とおっしゃるではありませんか。
私を覚えていてくださる、
天にも昇る心地でした。

滞在中、お父様は寸暇を惜しんで
み言を語ってくだいました。
ちょうどその頃、私のもとに「チチキトクスグカエレ」
という電報が舞い込むようになり、
五年間病床にあった父が危篤だというのです。
大きな衝撃でした。
しかし、お父様をお迎えしているこの時、
責任を持つ一人として、ただ祈るほかありませんでした。

2月5日の夜、父の死を知らされました。
覚悟していたものの、心にこたえるものがありました。
誰よりもこの父にみ言を伝えたかったのです。
心から冥福を祈りました。
その翌日、翌々日と、お父様は血を吐くような
イエス様の苦しみ、悲しみを、さらには
神様のお心の痛みを訴えられました。

そんなお父様に、人類の父たる姿を見ました。
「このお方こそ、私たちの親だ!
きょう私がもし生きていると言えるとしたら、
全てはこのお方によるものではないか」。
強い愛慕の情が湧くとともに、なぜか、
亡くなった父の霊がこの部屋に来て、
私と一緒にみ言を傾聴しているように思えてなりませんでした。


1965年9月29日、世界巡回を終えたお父様が
再び日本にお立ち寄りくださいました。
主な地区を巡回され、さらに連日連夜、
兄弟姉妹にみ言を語ってくださいました。
ある夜、原理講義所に詰めっきりで
滅多にお父様のお話が聞けなかった私を配慮してくださり、
申美植先生がお父様のもとに私を案内してくださいました。

嬉しい反面、こんな罪深い、醜い私をご覧になったら、
不快に思われ、苦々しいお顔をされるのではなかろうかと考えると、
身がすくむ思いでした。

緊張している私に、お父様は「おお、節ちゃん、来たの」
と優しい笑顔で迎えてくださいました。
お菓子を勧めてくださりながら、
幼子を慈しむような眼差しで講義所のようすなど、
問い掛けられるのです。

「節ちゃんは、日頃どんなことを考えるの?」
「あの、あの……、私はとても空想家です」
「ほう、どんな空想をするの?」
初めは遠慮がちにお答えしていましたが、
「それで?」「それから?」と、
おまえの話を聞くのが一番の楽しみだと
言わんばかりに聞いておられます。
そして最後に、
「節ちゃんを早く祝福結婚させてあげて、
幸せになって喜ぶ姿を見てみたいな」
とおっしゃったのです。
感動で胸がいっぱいになりました。

自分の部屋に戻った後も、
眠るどころではありません。
お父様の言葉や表情、
一つ一つの場面を思い浮かべていました。
神様から愛される何の資格もない私なのに……。
何度も、真っ暗な天井に向かって尋ねました。
「神様、なぜあなたは今晩、
こんなにも私を愛してくださったのですか?」


「なぜ私がおまえを愛するか。
それは、おまえが私の子であるからだ! 

私の似姿としておまえの中に埋めた真の生命は、
私自身も慕わざるを得ない、清く尊く美しいものなのだ。

しかし、おまえは罪人の子という
運命のもとに生まれざるを得なかった。

おまえは己の罪に悩んだね。

胸を打って泣いたね。

しかし、そういうおまえを私が一度でも責めたと思うか。

醜いからといって顔を背けたことがあったと思うのか。

おまえが苦しむ前に、悲しむ前に、
私自身が苦しみ悲しんでいたのだ。

なぜ、私がおまえを愛するか。

おまえがかけがえのない私の子であるからだ……」



激しく強く迫るみ声を聞きながら、神様の真実の御愛に、
私は初めて目を開かされる思いでした。
私は、神様の愛は深い憐れみによるものであり、
自分のような醜い者を愛せるはずがないと考えていましたが、
神様は、いまの私をご覧になっておられるのではなく、
私の中にある、やがていつの日か発揮されるであろう
神の子たる本来の生命、本質を見つめていてくださったのです。
全能なるこのお方が私の悩みを悩み、
共に歩んでくださっていたという事実を知った以上、
他に何を悩むことがありましょうか。
あとはただ、古い偽りの自分を脱ぎ捨て、
本来の私自身を発揮するためにのみ努めるべきなのです。
平安が臨み、限りない希望と感謝の思いが心に溢れました。



神様が桜井先生に語りかけるみ言は、
本当に私達の心を打ちつけるものですね。

本来の「私」を見つめて下さった神様であり、
真のお父様なのです。
それは、桜井先生だけでなく、
私たち一人ひとりに対して、見つめておられます。

だからこそ、桜井先生の言われるとおり、
『あとはただ、古い偽りの自分を脱ぎ捨て、
本来の私自身を発揮するためにのみ努めるべき』
そのような思いを持って歩むことが重要だと思います。

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教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
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