2014年08月19日

(証し)お母様と共にいられる感動!! 親子で参加すれば、感動も倍に?! 



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今まで皆さんが苦労してきた
すべての業績に対して感謝いたします。
今から私たちの目標ははっきりしています。
私達が行くところには真の父母様、
天の父母様が共にいて下さることを忘れないで下さい。


聖和2周年記念式 お母様のみ言



先日の聖和2周年記念式。
教会の会議で、感想と証しの場を持ちました。
涙ながらに語る人など、
とても恩恵のある報告の時間となりました。

その証しを紹介します。
最初に、現地に行ったメンバーの生の声です。


○ お父様がご在世時には、お母様に対する意識と心情は低かったのですが、
今回お会いすることが出来、お母様の偉大さを感じました。
お父様は当然メシヤですが、
お母様もおられて始めてメシヤであると言えると思います。
もっとお母様のことを知りたいと思いました。

○ 今回、母を連れていくことができました。
まさか『行く』と言うとは思っていなかったので(笑)、
こちらがびっくりしてしまいました。
お母様が「新しい人を連れてきなさい」と言われていたので、
今回一緒に行けて良かったです。
母も何の違和感もなく、
全てのスケジュールに喜んで参加していました。
そして、「楽しかったよ」と言ってくれました。

○ 息子と一緒に行かせて頂きました。
どうもありがとうございました。
息子はとても喜んでいたので、
それだけでもホッとしました。
特に、天勝台に登って、祝福の木から見渡せる
清平の風景に、感動したということです。
『真のお母様がおられるところに自分もいるなんて、
本当に奇跡的なことだ』と言っていました。
また、韓国にお嫁に行った霊の親とも
会うことができたので、それも良かったです。


今回参加した中で、まだ教育を受けている人が
6名参加しました。
小さい教会にしては比較的多いし、
そのうち4人が今年導かれた人なので、
それも神様が喜ばれたのではないでしょうか。

清平の講義もほとんどしていない状況でしたが、
みな全く違和感なく、役事に参加しました。
また、上で紹介した息子さんも含め、
新しい人たち3人で、天勝台に登ったそうです。
こちらが誘導したのではなく、彼らが積極的に
純粋に聖地に登りたい、と言い出して
登ってきて、とても感動したということです。

お母様に会って感動し、
清平の景色に感動し、
役事にも参加して、惠みを頂いて、
新しい人にも、古い人にも
本当に忘れがたい日となりました。

その日、本当に多くの人たちが来ていて、
記念式の会場も座るのが大変なくらいでしたが、
それ以上に多くの人が、インターネットを通して、
各教会で同参したことと思います。

次に、インターネット中継で参加した方の感想です。


○ アメリカがテーマの式典でしたが、ミュージカルだけを見ても、
お父様の成された業績は凄いな、と改めて感じました。
また、お母様が2年前の時と違って、
本当にお元気で堂々としておられると感じ、
私も2020年に向かって前進していきたいと感じます。

○ とてもお元気なお母様だと思いました。
でも、ご家庭の事情やまた70億人類に責任を持つ立場であることを思うと
その重荷はどれだけのものであるかと思わされます。
それでも、堂々と立っておられるのは、
真のお父様がいつも共におられるからだろうと思います。
2020年に向かってお母様に喜んでいただけるように頑張ります。

○ 今回、子供たちが清平の修練会に参加しました。
修練会から帰ってきたときに、
子供から「訓読会しよう」と言ってきたのには、
感動して涙が出てしまいました。
神様は私たちを等しく愛しておられるのだと感じます。
また、修練会のメンバーも式典に参列することができました。
自分は日本でしたが、子供が現地でお母様にお会いできたので、
自分が行くよりも嬉しい気持ちでいっぱいでした。


感想を聞くと、自分の子供や親や、霊の子女が
参加する時の喜びが大きいと思います。
来年の基元節や、
今度は日本がテーマになるという聖和3周年記念には
氏族や霊の子女と一緒に参加すれば、
数倍も感慨深いものになることでしょう。

皆の感想を聞いていて改めて、
結局は、いかに『お母様と私が一つになるか』
だと思います。
外野が騒いでいる時だからこそ、
今、天が願われているのはまさにそのことに尽きるでしょう。


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2014年08月18日

定州の香り…野牧教会?! 既成教会まるごと統一教会に奉献! 《聖地巡礼》



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「第2の定州」 
お父様が最期に行きたいと願われた地 
「野牧教会」 
まさに私たちの「聖地」たるゆえんは──


教会長が先日、聖地巡礼の一つ、野牧教会に行かれたのですが、
今回訪問された意義について証ししてくださいました。
語られた内容を参考にまとめてみました。


お父様は、定州へ行きたい時、野牧へ来られたと言われています。
お父様が聖和される直前、五山学校に行かれましたが、
本当はこの野牧教会を訪れたかったのだといいます。

野牧教会の初代教会長は、車相淳牧師です。

教会の摂理史には、以下のように紹介されています。

そのような神の愛によって生かされた人々が、
その後、教会に集ってくるようになった。
金元弼、玉 世賢、金仁珠、車相淳、鄭達玉、池承道の諸氏を中心として、
40名ぐらいに増えていったが、
それと共にその家族と既成教会からの反対と迫害が激しくなっていった。


車相淳牧師は、北朝鮮で伝道されました。
しかし、お父様が興南に捕らえられた以降、
お父様とお会いすることができずに、
南下してキリスト教の牧師として歩んでおられました。

しかし、お父様との出会い、
また、お父様が語られたみ言を
どうしても忘れることができずに、
統一教会を開かれたお父様の元に
再び戻っていかれました。

そのとき、統一教会に入教したのは
車相淳牧師お一人だけではありませんでした。
牧師のところには123人の信徒がいましたが、
実に120人が入教されたのでした。

そんなこともあり、1959年
40日修練会が野牧教会で開催され、
多くの食口がここから、韓国
または全世界に向かって伝道師として
出発していったのでした。

翌年、1960年には真のお母様との
御聖婚が行われて、新たな時代圏に入っていきます。
また、世界宣教が具体的に出発していきます。
その前年の野牧教会での勝利基準というのは
とても大きなものだったのではないでしょうか。



野牧教会はお父様の故郷、定州を思わせるような
そんな雰囲気のところだそうです。

今回、日本の責任者が野牧教会に巡礼されたということは、
お父様の精神、心情を相続することを願われたのと同時に、
車相淳牧師のような人物を通して、
たくさんの人を導いてほしい、
また多くの人を導くことのできる大物を導くことができる
そのようなときに来ていることを感じます。
すでに準備されている、そのように感じるのです。


以前も、野牧教会について記事にしています。
聖地として本当にふさわしい場所だと
理解できると思います。
↓ 参考にどうぞ

〜「復帰の心情」の原点〜 お父様が最後に行きたかった地、野牧(ヤモク)とは?!


神は創造業(わざ)果たそうと
復帰で尋ねし一筋(ひとすじ)
心のつらさを誰(たれ)ぞ知る
長い歴史は神の声
地上に人は多けれど
神のみ意(こころ)誰ぞ知る

信ぜよ早く信ずれば
父のみ胸にあふる愛
本然(もと)の故郷に帰れば
これより幸がほかにありや
千年(ちとせ)(うしの)う子女を得た
父の喜び永久にあり


野牧教会で作られたという
聖歌16番「復帰の心情」より



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posted by ten1ko2 at 19:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月17日

7年路程の最初の3年間、だからお母様は否定されるのか?!



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昨日、私が記事で述べた件に関して
真のお母様が直接、み言を語られたり、釈明されることは
おそらくないのではないか、と思います。
それは、真のお母様が
真のお父様とご聖婚された時に通じるからです。

1960年聖婚式をあげられてから、
7年後の1967年真の神の日(当時は神の日)
を迎えるまでの7年間は、
真のお母様にとって、過酷な7年間でした。

そして、その期間の証しを公式的に初めてされたのは、
皆様もご存知の通り、17年後の
1977年5月3日、ご聖婚記念日の時でした。

ちなみに、教会の公式HPには、
『1960年から1967年までの7年間の中で、
最初の3年間は神の前に、またサタンを屈伏させるために
個人的に勝利した女性となるための闘いの期間であり、
次の4年間は家庭的な段階における闘いを勝利する期間であった』
と記されています。

そういう意味では、2020年の7年路程においては、
今まさに、前半の3年路程を歩まれているのだと思います。

「真の父母」とは、メシヤとして来られた
お父様お一人で成り立つことはできません。
父母として二人が一つになってこそ成立します。
ですから、真のお母様の存在がどれだけ重要でしょうか。

お父様がお母様に対して、どのような立場なのか、
はっきりと語られたみ言がありますので
もう一度紹介します。



お母様は私の影のようです。
付いて回る影のようなので、
私は実体をもった主体の教主であり、
お母様は対象の教主です。
それで、私は第一教主、お母様は第二教主です。
何を中心としてですか。
愛を中心としてそうだというのです。


(「真の父母の絶対価値と氏族的メシヤの道」P116)



先生が霊界に行ったとしても、お母様が地上にいれば、
霊界と地上界の統一圏ができるので、
いつでもお母様がいる地上に来て
一緒に暮らすことができるのです。
今、統一教会のメンバーの中に
そのようなカップルがたくさんいます。
霊界に行ったとしても、
地上にいる人と一緒に生活することができるのです。


(「真の父母の絶対価値と氏族的メシヤの道」P117)



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お父様は、お母様のことを『第二教主』であると
明言されているのです。
にも関わらず、お母様の批判をする人たちが
あまりにも多い現状であるのは、
やはり、7年路程の期間中であることを
私たちは知らなければならないと思います。

また、どんなに批判を受けたとしても
あるいは、そういう時だからこそ、
私たちは真のお母様を堂々と証しする
そのような者になっていかなければならないと思います。


お父様のみ言

結婚後の最初の一年間、
先生はどのようにお母様を扱ったかというと、
それは先生の奥様としてではなく、
まるで召使のように扱いました。
先生は、お母様がまさに最低のところから
出発することを願っていたのです。
なぜなら、数多くの花嫁候補者たちは、
先生がどのようにお母様を扱うか鋭く観察していました。
先生がお母様をひどく扱っているのを見て、
お母様の位置をうらやましがらなくなり、
「選ばれなくてよかった」と思いはじめたのです。


愛のシンフォニー NO.2『真の母』より


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