2014年09月30日

私たちの一番の罪とは? 真の父母と統一教会を証そう!!



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公式説教ブログに素晴らしい説教が紹介されていました。



「真の父母様の証し人となろう」


私たち食口として、一番大きな罪は何でしょうか、負債は何でしょうか。
真の父母様を証していないこと、
父母様が受け入れられていないことではないでしょうか。

真の父母様は、世界のために、日本のために、私のために、
人類全体と霊界に行った先祖のためにも、愛を投入してくださっています。
ただ「怨讐を愛せよ、怨讐を愛せよ」と、打たれても打たれても、
自分の傷を心配するのではなくて、打ったその人の手が痛かろうと
「大丈夫かい」と心配される、そのようなお父様です。

今、日本ではマスコミからは反対されています。
一番受け入れなければならない妻の国、日本が受け入れていません。
世界で一番反対している国が、日本です。
どうしてこうなっているのでしょうか。
いつお父様が、真実の人、真の愛の人として、
日本の国民全体から受け入れられるでしょうか。
時が来れば、マスコミがそうしてくれるのでしょうか。
そうならなければ、私たち一人一人の心が晴れません。

お父様がマスコミに批判されています。
その影響を受けた日本の多くの人々、
夫、子供、親しん戚せき、そして近所の人々……。
お父様が真実の方だということを知っているのは、私しかいません。
私が口をつぐめば、お父様の悪いうわさはそのままになってしまいます。
そのまま放置すれば、本当にとんでもない人だということになってしまいます。

私たちに最も大きな罪があるとすれば、お父様を慕っていながら、
愛していながら、祝福を受けていながら、反対する人々に対して、
泣きながら訴えたことがないということではないでしょうか。

「私はこの方が真実の方だということを知っています。
あなたはどうして反対するのですか。
どうして反対するようになったのですか」。
こう言いながら、「日本のために、こんなことも、
あんなこともしてくださったではないですか」と訴えるべきです。
「日本のためにならないとマスコミや
一部の政府の高官たちは言うかもしれないけれど、
私の知っている文鮮明先生は、
本当に日本の未来のためにしてくださいました」

今、私たちには、お父様の自叙伝があります。
これを通して、私自身が証人になるのです。
だれに対しても「私は文鮮明先生の真実を知っています。
こういう方です。
だれが何と言おうと、
この方こそ真の愛の救い主です」と証しするのです。
そしてカイン圏に対して、お父様がそうであったように、
精誠の限りを尽くすのです。

夫に対しても、「私の夫は頭が悪いから『原理』がわからない」
と言うのではなく、夫が寝たあとで布団をかぶって、
「神様、夫を赦してください、
夫は知らないのでいろいろなことを言うのです。
赦してください」と、夫の背後のカイン圏が泣いて屈服するまで、
精誠の限りを尽くして祈るのです。

夫のために、息子のために、そして親族のために、
カイン圏のために涙ながらに祈るのです。
お父様がそうであったように。
ハワイで、そして清平の湖の上で、
お父様がどれほど一人で祈られたかわかりません。

それが私たちエバ国家の、特に女性の使命ではないでしょうか。
最後は涙とともに手を取り合うのです。
そこにはお母さんの涙があった。
だれも知らない時に、だれからも理解されない時に、
神に反逆する、み言を聞こうとしない、その人たちのために、
ただ「赦してください、赦してください」と祈る、
お母さんの精誠があった。
時になって、その精誠が満ち、
現実に大きな変化を起こしていくのです。
単なる方法、手段ではないのです。

アメリカでも、お父様がダンベリーに入っていかれる時に、
「こんなにアメリカのためにやったのに、
どうしてアメリカはお父様を刑務所に入れるのか」という声がありました。
お母様も涙を流されました。
「ここまで尽くして、尽くして、
アメリカのためにしたのに、アメリカは裏切った。
お父様を刑務所に入れた。
もうアメリカなんか知らない。
共産主義にでも、何にでもなったらいい。
もうアメリカなんか、滅んでしまえ」。
そう思ったとしても当然なのです。

でも、お父様は、「そんなことを言ってはいけない。
アメリカのために祈ろう。
先生がもっと早くアメリカに渡っていたならば、
アメリカはこうならなかったのに……。
遅く行ったお父様が悪かったんだね。
アメリカよ、赦してくれ」と言って祈られたのです。
それがお父様の世界です。

そのようなお父様の心情を相続しなければなりません。
日本は、メシヤを迎える国、お父様の相対の国なのですから。

そういうことを思いながら、真の父母様を証しできる
親孝行の道を歩んでいきたいと思うわけです。

「真の父母様の証し人となろう」
世界基督教統一神霊教会(統一教会)公式説教ブログ より



2010年の説教なので、お父様が聖和する前に
語られたものですが、今の私たちにとても響く内容です。

どんな宗教でも「私は○○に入っています」
と堂々と証しをします。
「私は、統一教会の信仰を持っています」
そのように堂々と証をすることができないのは、
統一教会が迫害されているからでしょうか。
悪いイメージが払拭されていないからでしょうか。
私自身の心が定まっていないことが問題なのではないでしょうか。

かつて、クリスチャンたちは、どんな迫害を受けても
決して屈せず、殉教の道を行きました。
今は、「統一教会です」と証しても
当時の迫害などはまったくありません。

私たちも路傍演説をしていると、
毎回通る、あるおばさんが文句を言いますが、
それ以上の迫害はほとんどありません。
時代が変わったのです。
だからこそ、私が堂々と証をする
そのような時に来ているのだと思います。


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2014年09月29日

「統一教会本部をダンベリーに移す」直前のみ言 神様のみ旨=世界人類が一つとなること!



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ただ前進、
希望のために前進のみがある




TPマガジン9月号に1984年7月20日
真のお父様がダンベリー刑務所に行かれる直前
ベルベディアで集会を開きました。
そこで語られたみ言を紹介します。

題目は、『神様のみ旨は世界人類が一つとなること』です。
とても長いのですが、
これから刑務所に入られる方がこんなことを語るだろうかという
素晴らしいみ言なので、全文を掲載したいと思います。



天のみ旨は、一つにすることです。
一つにすることが、み旨です。
堕落していなかったならば、
私たちの体と心は一つになっていたでしょう。
男性の心と体が一つとなり、
女性の心と体が一つなっていたはずです。
その二人が、心も体も共に一つとなる家庭をつくっていたなら、
そこには統一の世界がつくられていた、というのです。
今日、この世界を見たとき、この世界は一つになっていません。

それでは、この世界というものは何でしょうか?
男性と女性を拡大したものです。
今日、皆さんの心について考えたときに、
私自身の心と体が一生の間に一度でも
一つになったことがあるでしょうか?
男性や女性に質問した場合、
自信をもって「はい」と答えられる人はいないでしょう。

私たちは、それは神が望んでいる世界ではないと
一般的に結論を下すことができます。
そのため、堕落した世界だというのです。
そのように、一つになっている人が一人もいないので、
一つになっている家庭はもちろんなく、
一つになっている氏族、民族、国家、世界、
天宙ももちろんない、というのが結論です。

このように考えたとき、一人の体と心が完全に一つになれば、
神様はその人に対し、神として降臨されたいことでしょう。
私たちはそのように考えているのです。
そのように(心と体が一つになった男女)二人が一つになれば、
神様はその二人に対し主体として現れるのである、
このように考えられるのです。

それは、一つの氏族としていうなら、
氏族が一つになるときには、
一つになった氏族の主体として現れるというのです。

このように考えるとき、全知全能の神であれば
この地に数千、数億の人間がいたとしても、
その数千万人の前に主体として現れたいのが、
神様でいらっしゃると、考えるのです。

それでは先生が行く道と先生の仕事は何でしょうか?
これが問題です。
最後の目的は、世界の人類を一つに作ることが
できる方法を探していくことです。
それは神様が愛する息子、娘の位置にいる息子が
行くべき道であり、娘が行くべき道だと考えるのです。

もし堕落していなかったなら、
誰が一つにするのかというと、
神様が一つにするのではなく、
人間が一つになって神を迎えるようになっていた、
ということを知らなければなりません。
そうすれば、そこからは数十億万も
一つになるはずだというのです。

しかし、堕落によってこれがすべて壊れてしまったため、
堕落後の歴史は、再創造の歴史であると同時に
復帰歴史であるのです。
したがって、これを誰かがまとめて、
一つの世界圏まで作り上げることを望まざるを得ない、
神の立場になったというのです。

イエスは十字架にかかったとき一人でした。
一人。
一人で十字架を背負ったというのです。
その時は、ユダヤ教も失い、
新しい理想的なキリスト教徒も失い、
ローマも失い、世界も失ってしまいましたが、
今日、レバレント・ムーンは、
どのような立場に立っているのでしょうか?

レバレント・ムーンがすべきことは何でしょうか?
神が願うことを知っているので、
今日、私たち統一教会が成すべきことは何でしょうか?
これをはっきりと知らなければなりません。

皆さんの父母が皆さんとレバレント・ムーンとを
引き離そうとして、四方八方から叫んでいます。
ユダヤ教が引き離そうとし、キリスト教が引き離そうとし、
共産党が引き離そうとしています。
しかしそれでも「引き離されないぞ」と、耐えていくのです。

このように神様の願いである40億の人類が
一つになることができる道を準備することができるならば、
その道を選んでいこうとするのが先生の思想です。

皆さん、最高裁判所の判決が決定したとき
「 神よ!次に、何を与えてくださろうとしているのですか?」
と問いましたが、最高裁の判決が決定した後、
キリスト教が統一教会に戻ってきたというのです。

今回の法廷闘争で刑務所に行くことによって、
これから受けうる大きい祝福とは何でしょうか?
世界人類が先生の側に戻ってきます。

今私が進む道には、この世にはない
統一された家庭が従ってきており、
統一された民族が従ってきており、
統一された国が従ってきており、
統一された世界が従ってきているのです。

ですから、この峠を越えてしまえば、
その場には、統一された世界の群れが
私を待っているというのです。
私が行くこの道は希望の道である、そう考えているのです。
希望と歓喜の道として行こうと思います。

そのため、ここに集まった皆さんは、五色の人種が集まって
統一され従ってこなければならず、
家庭をもった祝福家庭は、
家庭と一体となって従って来なければならず、
また、民族と国に責任をもっている人は、
民族と国と一体となって従って来なければならず、
世界のすべての統一教会の食口が一つになって従って
来なければならない道であることを知らなければなりません。

きょうがあることで、統一教会によって
統一することのできる一つの伝統が父母様から息子娘へ、
既成教会へ、アメリカへ、世界に、と線が結ばれ、
橋が連結されているという事実を私は知っています。

そのようにすばらしい道を出発するきょうこの日に
皆さんが涙で先生を送るとするなら、私は嬉しくありません。
涙を流すなら、先生以上、十倍百倍、
この国とこの世界のために闘争するのだと考えて、
そういう涙を流すのは先生も歓迎します。

心が痛み、悲しいというのならば、私が刑務所から出てくる際に
千人を一つにし、一万人を一つにして出会うことのできる
統一の担い手とならなければなりません。
そうなることを、神がこの時にかけて
皆さんの前に期待しておられることを忘れてはなりません。

私は残された統一教会の皆さんとキリスト教と世界が
一つになることを信じ、刑務所内において、
一つになれていないこの群れを一つにしようとして向かうのです。
そこも私たちの領土であるがゆえ、
その領土に住んでいる人々を
新たに一つに作る運動をするために
行くということを知らなければなりません。

だから皆さんは外部から
完全に一つになっていなければならないのです。
一つにならなければ、それが心配で
地獄開放、地獄の門を開く開放運動もできないというのです。
だから外で、皆さんが外でまず統一されてこそ、
それが開かれるというのです。
そこも私たちの領土です。

ここイーストガーデンでみ言を聞く群れは少ないですが、
今日のために、皆さんの知らない中でも、外部の人、
あるいは天を信じている人たちの中で涙を流す多くの人達が
いるという事実を知らなければなりません。

なぜ先生は誰も出来なかった世界的な仕事をしようと
躍起になっていたのでしょうか?
このような時が来るときに、
世界が同じ道を行く涙の道を高めて、
新しい世界の祝福を迎えることができる
その日を見つめながら戦ってきたというのです。

だから今から私が叫べば、すべての良心の思いが
飛び出して一つになる運動に火がつきます。
より大きな統一の道を探していく道の前に滅亡はありません。
栄光と繁栄だけがあるという事実を知らなければなりません。

皆さんがこのような決心をして、四方に腕を広げて、
「(お父様は刑務所に入っていかれるが、)私は外に残って
世界的な統一の運勢圏の前に立ち、
ここでセメントの役割をする」
という努力をしてみなさいというのです。

世界を見てください。
今、統一教会もあり、キリスト教もあり、
世界中に私達の仲間がどれだけ多いですか?

自信を持たなければなりません。
今までは、ムーニーと嘲笑われていましたが、
今でもそうですか?
偉大なムーニーの主人が誰かを知り、
ムーニーということに誇りを持たなければなりません。

そして、私たちの時のために、
新たに立ち上がらなければなりません。
悲しむ暇はないというのです。 涙を流したり、
絶望したりしている時ではないのです。
ただ前進、希望のために前進のみがあるというのです。
きょうの夕方、私たちはつらい思いをしますが、
私たちには前進のみです。

なぜでしょうか?神を解放するためです。
神様の思い通りに、そこから神様の願うように
世界を主管することができる時代が来るからです。
神様が自由になられたら、そこから
地上天国が実現されるということを
私は知っているので、その道を探していくのです。

皆さんと私の間には、世界統一という課題があるのです。
その課題は、皆さんに任せて
私は地獄の世界の扉を開くためにいく、というのです。
『統一する、統一すること!』
これが私たちの課題です。

私たちはそのために前進するのです。
そう願う人は立ち上がってください。
そこに前進するのです。アーメン!




真のお父様は本当にアメリカを愛しておられたのだと感じます。
判決が出たとき、お父様は韓国におられました。
そのまま、韓国におられたなら、刑務所に入る必要はなかったのです。
しかし、あえてアメリカに戻り、刑に服されました。

アメリカを見捨てなかったお父様でした。
アメリカを神の国に建てようとするため、
『統一教会の本部をダンベリーに移す』
という名言を残されていかれたのです。

そんな方を『真のお父様』と呼ぶことができることに
心から感謝したいと思います。


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2014年09月28日

(祝福の証し)諦めぬ心に、お父様の顔が浮かぶ! 「ハミョンテンダ(成せば成る)!」



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神様の心情を誘発することの
一番良い方法は
誠を尽くすことである。


「御旨の道」より



全国では、祝福式の取り組みが継続して行われています。
伝道の証しも祝福の証しが多いです。
今回、ご主人と既成祝福を受ける事が出来た証しを紹介します。


教会で祝福式のパンフレットを見た時、
「今までは難しかったけれど、今回は必ず参加しよう」と決意しました。
祝福式の事を主人に話す3 日前に
「この日(祝福式の当日)は奉仕活動があって
出かけるから白いシャツを出しておけよ」
と主人から言われました。
「霊界に試されている」と感じましたが
「何があっても関係ない、必ず参加するんだ」
と改めて決意しました。

式の2日前に主人に祝福のことを話そうと
アベルと相談していましたので、
その日の夜、祈祷をしてから主人を整体しました。

夫は疲れている様子で寝そうになったので、
パンフレットを見せて「あさって、ここに一緒に行きたいの、行こう!」
と伝えました。
夫は「わしは絶対行かん。行きたいなら一人で行け」
と、かたくなな様子でいろいろ言って来ましたが、
その時私は「天の父母様、真の父母様、
主人は何も分かっていないので許してください・・・」
ととりなしの祈りをする事ができました。

心情的には落ち込みそうになりましたが、
教会長の礼拝説教の中で
「真のお父様には諦める心がない。
私たちに諦める心があったら『できることもできなくなる』。
私の愛の不足が諦める心を生む」
と言われたのを聞いて
「絶対に、何があっても祝福を受けたい。
祝福を受けずに夫が霊界に行くようなことはさせたくない」
と思いました。

翌日も(主人は)仕事でしたが、祝福のことで頭は一杯でした。
教会方針の祈祷項目にあった「ハミョンテンダ(なせば成る)、ハミョンテンダ」
と唱えていると、真のお父様の顔が鮮明に浮かんで来ました。
その日の夕方、ウェディングドレスの試着の為に教会に行きました。

試着を終えたあと、少し不安な気持ちになりかけたので、
天一国経典「天聖経」を訓読しながら
「この不安な気持ちを消してください。私が主人に責任をもちます」
と祈りました。
そして「明日、必ず主人と参加します」とアベルに言って帰りました。

祝福式当日の早朝、1 時間精誠祈祷をしてから家事に取りかかりました。
夫から「今日は仕事は?」と聞かれたので
「私は休みよ」と言った時、涙が知らずに溢れて来ました。
私の様子を感じた夫が「こっちに来い。話をしよう」と呼ばれ、
「それで、おまえはどうしたいのか?」と聞かれました。
私は「祝福式に一緒に行きたい」というのが精一杯で、
涙が止まりませんでした。

そんな私を見かねたのか、「何時からなんだ?」
と言ってくれたので「14時から」と言うと
「11時過ぎには会議が終わるから、帰ってくるよ」
と言ってくれました。

すぐにアベルに報告のメールを打ちました。
あらかじめ用意していた主人のスーツを出して着てもらい、
会場に着いた時にはまさに夢のような気持ちでした。

初めてのドレスであり結婚式でしたので、ずっと緊張の連続でした。
壇上にも上がらせて頂き、教区長夫妻から直接祝祷を頂いたのみならず、
代表家庭として花束贈呈もさせて頂き、光栄の至りでした。

主人は「よく名前を呼ばれるなぁ」と言っていましたが、
何も分からないまま全ての行事をこなしてくれて本当に感謝であり、
夢のような時間でした。

帰りの車の中では「壇上の床がふわふわして、あの奥さん、困っていたぞ」
と教区長夫人の事を心配していましたし、「40日聖別とも言ってたよな」
と言ったので、意外に冷静に見たり聞いたりしていたんだなと思いました。

「今日は本当にありがとう」と伝えるとにっこり笑ってくれました。
最後になりましたが天の父母様と真の父母様、全ての人に感謝します。
有り難うございました。



この婦人が最後まであきらめなかった心に
ご主人の心も動いて、見事に祝福式を受けることができました。

「真のお父様には諦める心がない。
私たちに諦める心があったら『できることもできなくなる』。
私の愛の不足が諦める心を生む」
まさにその通りだと思います。

どんなことがあってもあきらめない気持ちを
真の父母様は持ち続けておられます。
だから、み旨は必ず成就します。

私たちも父母様の精神、心情を相続し、
「ハミョンテンダ(成せば成る)」
の気持ちを持って、歩んでいきたいと思います。

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posted by ten1ko2 at 08:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 祝福の価値 祝福の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする