2014年09月21日

善進様が代読された「真の父母様の軌跡」since1960 〈世界首脳会議2014の講演文〉



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8月10日 ソウルヒルトンホテルグランドボリュームにおいて開催された
世界首脳会議の開会式で、
文善進様が真のお母様の演説文を代読されました。

とても長いので、抜粋して紹介します。


政府首脳閣下の皆様、高名なる宗教指導者の皆様、
平和大使の皆様、
敬愛する各国代表の皆様、紳士淑女の皆様!

天宙平和連合が主催する今回の「ワールドサミット2014」は、
共催団体として世界平和統一家庭連合と
世界平和女性連合、ワシントン・タイムズ財団、
そして韓国の世界日報が名を連ねる重要なものです。
皆様、ご出席いただき有難うございます。

皆様にお集まりいただいた今回の行事は、
2年前に他界された私の夫、文鮮明総裁の
ご生涯と遺業に敬意を表する場でもあります。
私どもが「聖和」と表現しております
文鮮明総裁の昇天2周年を追慕するため、
私は自ら、多方面の行事を指示しました。

この「ワールドサミット」では文総裁を追慕しつつ、
過去数十年間、私たちが一緒に成し遂げてまいりました
摂理的な業績を再評価していただくとともに、
神の摂理を完成させる道をさらに押し開こうというものです。
摂理の理想は、どの時代の人々も望み、
神も願われたものです。その実現のために、
私たち全員が力を合わせることを祈るものです。

さて1960年、私たち夫婦は、
この場所からさほど遠くないところにあった質素な館で、
ほんの一握りの信者に囲まれ聖婚式を執り行いました。
天の父なる神様のみ前で夫と私は、
最後の息を引き取る日まで昼夜を分かたず働き、
万民の平和と繁栄の世界を作ろうと誓いました。
その時のことは、まるで昨日のように鮮明に覚えています。
私たちは天の摂理に向かう神聖な使命によって結ばれました。
ですから結婚生活を始めた時は大きな希望に包まれつつも、
途方もない責任に押しつぶされそうでした。

人類歴史の出来事の一つ一つを
神様だけが主管されているわけではありません。
むしろ神は、その御旨を理解して従ってきてくれる
個々人を探し育てようとされます。
神の摂理が進むためには、そうした個々人、
特に中心的役割を担う人々が
責任を果たさなければなりません。召命に応じた人々は、
その道が険しく困難で痛みを伴うものであることを、
やがて悟るようになります。

私たち夫婦も、いずれ直面する試練を
甘く考えていたわけではありませんし、
現実が見えなかったわけでもありません。
しかし私たちはそれぞれに、最も親密で力強い
天の父の愛情と導きと保護を直接体験するようになりました。
そうした体験を通じて、私たちは
絶対的な信仰と責任感と決意を高めることができました。
その一方で理不尽な反対や妨害にも直面し、
それは悪魔の働きと思えるほどでした。
善と悪の勢力はそれほど身近なものでした。

当時の韓国は、それ自体が戦場のようでした。
韓半島に住む誰もが、植民地支配の屈辱を味わい、
また戦争の恐怖をじかに体験しました。

この半島は今も分断されたままです。
北緯38度線の北半分を
独裁的な共産党政権が支配してからというもの、
多くの人が生まれ故郷を捨て、家族や親戚・友人たちと
一緒に暮らすことができなくなってしまいました。

私たち夫婦が天命の道を歩み始めた頃、韓国はまだ、
同胞数十万人の悲劇的な犠牲を悼みながらも、
破滅的な戦争の後遺症から徐々に抜け出していました。
当時の韓国は「隠遁者の王国」と揶揄されるほど、
貧しい小国に過ぎませんでした。
その頃の私たちの教会本部といえば、
ホテルの一部屋程度のもので、信徒の数もごくわずか、
所有していた物もつつましいものでした。
それでも苦労し足りないというように、
既存の政治および宗教勢力から
数多くの偏見、誹謗と迫害を受けました。

にもかかわらず私たちは、神の恩寵によって
運動が着実に成長していきました。
今でこそ世界的運動と認められ、そのビジョンや原理、
模範的な実践が尊重されるようになりました。
しかし戦争の焼け跡で極貧と不当な迫害にあえぐ中から、
このように立ち現れてくることを誰が想像したでしょうか。
本当に神様は力強く、かつ不思議な役事をされるものです。

この苦難に満ちた歳月、
私たちの歩みを根本的に導き支えたものは、
神が真の天の父であり、
私たちは皆、一なる神の息子・娘であるという信念、
「神の下の人類一家族」の理想だったのです。
私たちの長年の努力も、
その間に創設した数多くの平和の機関も、
正にその理想を達成するために捧げられたものです。
神様の恩寵と、無数の人々が流した血と汗と涙のおかげで、
その理想は今や、破滅の淵に佇むような世界に、
希望の花のごとく咲いてきました。

世界は今、あたかも「暗黒時代」に突入しているかのようです。
しかし私たちが神様の呼びかけに応じることができれば、
実は平和の新しい時代の門口にいるのです。
今回のワールドサミットも、
そうした神の呼びかけに応じるものなのです。

確かに世界は多くの課題に直面しています。
気候変動から貧困、地政学的な緊張、テロリズムと
宗教間の紛争、あるいは家庭の崩壊、
犯罪や倫理・道徳的な混乱などです。
皆様の国や地域、すなわち南米と北米、アフリカ、アジア、
ヨーロッパ、中東、オセアニアなどでも、
こうした問題に直面してことでしょう。
それらは政府機関だけでは解決できないのです。
なぜなら、それらの根本原因は
政治・経済の問題だけではないからです。
問題の根本は、人間の心の奥に巣くう自己中心性と、
神から断絶した魂の状況にあるからです。

紳士淑女の皆様! 
私たちは国と世界のために、心と魂とを開いて、
天の父なる神の導きを受け入れなければなりません。


最も困難な局面でも、
文総裁と私はたゆまず努力を続けました。
あらゆる機会を捉えて神様のメッセージを世界に伝えました。
ある時は一生を機内で過ごすのではないか、
あるいは延々とステージに立ち続けるのだろうか、
と思えたほどでした。
それほどに地球上のほぼすべての国を訪れて
神様のみ言葉を伝えたのです。
文総裁が喉を涸らして語り続ける姿を目撃したのは
一度や二度ではありません。
晩年に南米や中央アジアの山岳地帯で話される際は、
酸素ボンベを傍らに置き、
救急車を待機させなければなりませんでした。

文総裁には、気楽に休息する、ということがありませんでした。
文字通り、東奔西走の生涯でした。
文先生が取り組んだ仕事の一つだけでも、
どれほど大変だったことでしょうか。
それでも日を追うごとに、理想家庭を通じた平和世界、
というビジョンが、私たちの眼前に
奇跡のように姿を現してくるのを見て参りました。
そのたびに、文先生は唇が干からび、
足は腫れ、全身の痛みに耐えながら、
神様に感謝の祈りを捧げたものでした。

2005年にUPFを創設してから、
文総裁は毎日違う国を訪れるような
120ヶ国世界巡回を始められ、
平和ビジョンを普及されました。
それは命がけの旅でした。
その年と翌年2006年には、私たちの子供や孫たちも
世界の隅々で聴衆に向かい語り続けました。

人類の真の父母としての摂理路程は、
荒々しい暴風雨の中を航海するような、
長く険しい道でした。
本当に私たちは様々な試練にも遭いましたが、
それらを克服しながら、
このビジョンを広めるための数多くの実践活動を通じて、
全世界に影響を及ぼしています。
平和のための世界的基盤は今や磐石で、
日々強固になっているのです。

文総裁が聖和されてからも、
私たちの仕事は中断なく続けられています。
むしろ一層、熱を帯びてきています。

この間、大事な進展の一つは、
私たちの世界的運動を「天一国」と呼び、
それは「二人がひとつになる国」という意味なのですが、
この運動を治める規範としての憲法を制定したことです。

文総裁は常に「天一国」と、
その憲法の必要性を説いておられました。
天一国憲法の制定作業は、文総裁が聖和される前から
始められましたが、今年完了させて、
「基元節(2014年2月)」に天の前に捧げることができました。
神様と真の父母様を中心とするこの憲法では、
最高委員会があり、
また統治のための五つの機関が設けられます。
これによって公正かつ安定した
豊かな将来を保証してくれるでしょう。

私は最近、かつて夫とともに国連本部などでの講演のために
何度か訪れたスイスを旅しました。
その際にスイスアルプスの12の最高峰に登って、
祈りと反省と瞑想をして、文総裁の魂に近づこうとしました。
毎日、私は夫を身近に感じています。


敬愛するワールドサミット出席者の皆様!
夫と私は、天の導きに従う人生を歩んでまいりました。
真の父母の心情で
人類を抱きかかえてほしい、との召命を受けて、
神様の解放と人類の救い、そして平和世界の実現のために
私たちの全てを投入してきました。
その途上で数多くの苦難や試練に直面しましたが、
天からの使命を成し遂げる道で、
ひるむことはありませんでした。

「神の下の人類一家族」、
すなわち統一された平和と繁栄の世界を
創建する偉大な使命を、皆様と一緒に歩めるよう祈ります。

歴史の初めに神が夢見られたように、
皆様の国を蘇生させ、恒久平和の世界を
構築するために最善を尽くしてください。
そのような世界は宗教の分裂や、
人種・民族・国家の境界を乗り越えたものになるでしょう。
神の理想の世界は境界がなく、
自由で平和で統一された幸福な世界なのです。

今回のワールドサミットが世界万民にとって
大切な転換をもたらすことを祈ります。

来年の「ワールドサミット2015」の際には、
私たち夫婦が神の御旨に従って信奉してきた平和の原則を、
最もよく体現された個人または団体に対して
「鮮鶴平和賞」を授けようと思います。
皆様からの積極的な提案や推薦を期待しています。

天と地に平和が臨む新たな世界建設というチャレンジを、
皆様一人一人が引き受けて下さるよう願います。
一致団結して
「神の下の人類一家族、One Family Under God」
を創建しようではありませんか。

皆様一人一人とご家族、そして皆様の国に
神様の祝福があることを祈ります。
有難うございました。




真の父母様の歩まれた道を改めて振り返ると
生きておられる神様が働いておられると実感します。
どんなに小さなところから出発し、
多くの迫害を受けても、
神様が守り、導いてくださいました。

その道は今も続いています。
今は、真のお母様が最前線で歩まれています。
その背後には生きた神様がおられ、導いています。

ですから、誰が何と言おうとも、
どんなに中傷や非難を受けても、
生きておられる神様が守り、導いてくださいます。

今回、真のお母様の代身として
善進様をお迎えしての青年大会が開催されます。
一つとなって、出発していきたいと思います。



Global Youth Festival 2014 公式ソング
「WING 〜 新しい風を起こそう!〜」



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2014年09月20日

(証し) 梨花女子大事件の起こる前…?! 〈草創期の教会〉



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土より劣る身 汚れ果てし我を
捨て給わず赦し 死より蘇(いか)し給(たも)



受難の源流・今日は梁允永先生の証しです。
梁先生はご存知の通り、聖歌17番『誓い』
をはじめとして、有名な曲をたくさん書かれています。


梁允永女史は、統一教会の理念(「統一原理」)を劉孝元氏から聞き始めた。
初めの講義の内容は、神様が人間と宇宙をどのように創造されたかである。
梁允永女史は、講義を聴きながら驚いた。

人から「神様はどこにいるのか。神様はどのようにして生じたのかを教えてほしい」
などと聞かれても、今まで説明することができなかった。

ところが、劉孝元氏の講義は、梁允永女史の長年の疑問を
いとも簡単に解明していたのである。

聖書の中でどうしても理解できなかったことも、
明快に説明しているのであった。
この教会が異端ではないかという警戒は、
すでに梁允永女史の心の中から完全に消え去っていた。
梁允永女史は、翌日も講義の続きを聴いた。

講義を聴き進んでいくに及んで、
無性にこの教えを解いたかたに早く会いたい心情に駆られてきた。
“この真理を解いたかたは、神様に近いかたに違いない”
と、梁允永女史は確信したのである。
梁允永女史は、自然に込み上げてくる思いを抑えきれなくなり、
講義をしていた劉孝元氏にこう懇願した。

「この真理を解明されたかたに、早く会わせてほしい」

劉孝元氏は講義を中断して、笑みを浮かべながら答えた。
「本当にこの真理を解いた人に、会いたいのですか?」

「本当です。早く会わせてほしい」

その日の午後五時、一人のジャンパー姿の青年が
梁允永女史たちがいる部屋に入ってきた。
梁女史はその青年の顔を見ると、
六か月ほど前に一度会ったことがある青年だった。
その青年こそ、「統一原理」を解かれた統一教会の教主、文鮮明師であった。

文師は、一九五三年九月十七日に釜山からソウルに来て、
鍾路区の壽松国民学校の近くに下宿しておられた。
同年十月十八日、梁允永女史は釜山にいた妹(梁允信女史)に誘われて、
文師に会っていたのである。

初めて会ったときの文師は
「聖書だけでは乱れた世界を救うことはできない」と、
泣きながら語られ、文師が神様の道を歩むようになった動機や、
人間の救いに関して語られた。

初めて会ったときの厳粛で堅実な印象とは違って、
再び見る文師は慈しみ深く感じられたのである。
文師は梁允永女史たちに、夕方の五時から翌朝まで
イエス様や聖書について話し続けた。

梁允永女史は、劉孝元氏から講義を聴いた三日後の四月五日、
統一教会に入信した。
梁允永女史は、この教えが真理だと悟るや、
民族のために生涯をささげた伯父(梁甸伯牧師)のように、
統一教会に一生を懸ける決意を固めた。

この時からの梁允永女史の伝道活動には、目を見張るものがあった。
入信した翌朝五時から伝道に出かけたのである。
最初に訪ねたのが、知り合いの韓景職牧師(永楽教会の創立者)の家であった。
「統一原理」を伝えようとしたが、牧師に“気がふれた”と思われてしまった。

その後は、学んだ真理を李承晩大統領に伝えるため、
同大統領夫人に親しかった人々を訪ねた。
その中のひとりに、梁允永女史の学生時代の師であり、
当時の梨花女子大学校の朴瑪利亞副総長も含まれている。
朴副総長は、後の「梨花女子大事件」と文師の収監に深くかかわった人物である。

梁允永女史には、朴瑪利亞副総長を集中的に伝道するように
霊界からも夢や啓示で働きかけがあった。

そのため、同女史は毎日のように朴副総長の家を訪ねた。
梁允永女史にとって副総長は恩師でもあり、容易に訪問することができた。
ある早朝、副総長の家を訪ねると、恩師はネグリジェ姿で出て来た。
副総長はとても驚いて、

「こんなに朝早くから、何があったというの?」と言いながら家に招き入れた。

梁允永女史は興奮した口調で、副総長に語り始めた。

「先生、私は“新しい真理”を見つけました。新しい真理がこの地上に現れたので、
先生も私と一緒に行って、必ず一度聞いてみてください」

この話を聞いた副総長は、梁允永女史を変に思い、

「人は、まともな信仰をしなければなりません」と言いながら勧誘を拒んだ。

梁允永女史は副総長が煩わしく思うほど、その後も何度か接触を図った。
その甲斐あってか、一九五四年四月二十九日、
やっと統一教会に来て「統一原理」を劉孝元氏から三十分ほど聞いた。
ところが、教理の導入部分である「総序」の講義が終わろうとするとき、
副総長はいきなり立ち上がり、
 「あなたがたは、このようなことで世界を救えるというのですか?」
と言って飛び出してしまった。
ちなみに、同じこの日(四月二十九日)、
治安局情報課の職員と警務官が「統一原理」を聞いている。

このころ梁允永女史は、文鮮明師から
梨花女子大学校の総長や副総長を伝道するうえでの諸注意を受けていた。
ところが、梁允永女史は入信した翌朝から伝道に出掛けるほど
「統一原理」を伝えたい衝動に駆られていたため、
まだ話してはならないと文師から忠告されていた内容についても、
朴副総長に語ってしまっていたのである。

梁允永女史は、副総長以外にも長官(大臣)、教授、
牧師などを伝道しようとしたが、
「統一原理」を聞いても信仰を持つまでに至る人はほとんどいなかった。


かつて統一教会を迫害した
梨花女子大学の副学長・朴マリア氏を導こうとしたのが、
梁允永先生だったと初めて知りました。

しかし、上述の通り、み言を聞くまでは至りましたが、
受け入れることは出来なかったのです。

こんな素晴らしいみ言、真理であったとしても、
その人の心が受け入れなければ
その素晴らしさを理解することができない、そんなことがあります。
私たちは、聞かせさえすれば受け入れると思うのですが、
決してそうではありません。

そして、梨花女子大や延世大の学生や教授などが、
多く復帰されてきたとき、
お父様は、彼らに、そんなに教会に来ないように、
戻りなさい、と言われたにもかかわらず、
彼らはその気持ちを止めることができず
教会から帰らなかったといいます。

日本においても同じようなことがあったと思います。
立正佼成会から多くの人が導かれました。
そのとき、いろいろ問題が起こり、
お父様は戻るように言われたと聞いています。
しかし、みんな統一教会にいる方がいいと言って、
戻らなかったのです。
そのことによって、関係が断ち切られてしまいました。

私たちは、復活する(心が感動で満ちるような状態になる)
と回りが見えなくなったりします。
私もかつて学生時代、み言に出会い、
そのあと2日間の修練会であまりにも感動したので、
母に少し話してしまったことがありました。
そのこともきっかけとなり、
親からの迫害が始まりました。

心が復興するから、すべてを話してしまいたいし、
また、教会から帰りたくない・・・
そんな思いも出てくるのはわかる気がします。
また、そういうときほど、
たとえお父様から言われていたとしても、
人から言われていることは入らないときがあります。

幼子のようになってしまうのかな、と思います。
そんな全てを収拾し、足らないところは
ご自身で全て背負っていかれた真のお父様なのだと思います。


「 誓い 」

土より劣る身 汚れ果てし我を
捨て給わず赦し 死より蘇(いか)し給(たも)
いたわり育て 血の汗流して
説きたもうみ言 今ぞ心に奉(たてまつ)

知恵なく弱き身 御跡(みあと)慕いて行き
つまづき倒るれば
(かえり)み呼びたもう
峻しきいばらの 血に染みし主の道
われ今誓い行く 父の居ますみ国に

眠りより覚めて 真のみ旨知り
心ただ一つに み旨のために生き
み旨のために死なん 勝利の日来るまで
み旨受け戦う 共に戦い行かん



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2014年09月19日

≪TV報道≫ 日韓トンネルは開通するか?! 両国の一体化が一番の鍵!!



P140911_Tsushima.jpg


トンネルを開通させるには、
 一番問題なのが、
日韓のお互いの心の壁です。



ファミリーフォーラムに日韓トンネルの話題が
いくつか掲載されています。
韓国のテレビ局で放送されたニュースです。↓






実は、数年前になりますが、以前の教会長が
「日韓トンネル視察ツアー」を企画されたことがありました。
いろんなことを企画されるのが好きな
韓国牧会者だったのですが、
佐賀県唐津市にある日韓トンネル名護屋調査斜坑を
車で見学に行こう、というのです。
しかも何と0泊3日、すなわち車中で2泊するという
強行軍でした。
教会長は、「私がこういう企画をすると
言いだしっぺの自分がいけなくなったりする」
予言通り、事情ができて、本当にいけなくなりました(笑)。

私と壮年部長を中心に車2台で行きましたが、
本当にいい思い出です。
ちょうど、唐津のお祭りがあって
見ることができましたし、
地元出身の壮年の方の実家でも
ご馳走をいただきました。

その時、現場を監督されている方が、
「トンネルを開通させるには、技術的には問題がないが、
 一番問題なのが、日韓のお互いの心の壁です。
 その壁が取り払われれば、トンネルはすぐに建設されるでしょう」
と言われていたのが、とても印象的でした。


今回、対馬でも調査斜坑が掘られるのだそうです。
そのオープン式が行われ
徳野会長も、国際ハイウェイ財団会長として、
韓国語で堂々と挨拶をしておられます。
(ニュースにも登場します。)

来年は1965年6月22日の日韓国交正常化から
50周年を迎える年なのだそうです。
来年は、日韓国交正常化を記念する行事が
政府レベルや民間次元でたくさん行われると思います。
そういう意味でも日韓トンネルは注目されるでしょう。

ニュースの中でも、
「日韓の和解ムードが高まると同時に
両首脳間の政治的決断がまずなければならない」
とまとめられていました。

到底、民間プロジェクトでは限界がありますから
国家プロジェクトに展開していく必要があるでしょう。

お父様の遺志を受け継ぐためにも、
心の壁を取り払うように、まず
日韓の一体化の重要性を伝えていきたいと思います。



お父様のみ言

ローマが興隆できたのは、
世界のあらゆる道がローマに通じていたからです。

・・・道が通れば人々が通っていきます。
文化が通っていきます。
思想が通っていきます。
それで、道ができれば歴史が変わるのです。
国際平和高速道路が完成すれば、
世界は物理的に一つになることができます。

・・・私があまりにも先を行っていると思う人たちもいるでしょう。
しかし、宗教者は未来を通して準備する人なのですから、
先を行くのは当然です。
そのために世の中に理解されず、
苦難を受けたとしても、
宗教者であれば当然、
未来に備えることの先頭に立たなければなりません。

(平和を愛する世界人として より)



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