2014年09月15日

(証し)文先生と劉孝元先生の出会い! 21日間、ぶっ通しの講義で伝授された原理の魂




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受難の源流 第2回目です。
今日は劉孝元(ユ・ヒョウウォン)先生の証しです。
いつか、導かれた証しを正式に知りたいと思っていましたが、
まさかこんな形で出会えるとは思っていませんでした。

劉孝元先生は、御存知のように統一教会の初代協会長であり、
原理講論を執筆された先生です。
病気で足が不自由だったのにもかかわらず、
3年6ヵ月間、毎日16時間の原理講義を情熱的にされたといいます。
亡くなって44年が経ちました。


劉孝元氏は1914年、文師と同じ平安北道の定州郡に生まれ、
幼い時から村や学校で神童といわれた。

同氏は、定州の五山高等普通学校に通いながら、
内村鑑三の無教会派の集会に参加した。
その後、劉孝元氏は京城帝国大学(現、ソウル大学校)医学部に入学する。

そのとき、受験科目の数学は満点だったという。
合格の知らせを聞いた故郷では大騒ぎとなり、
多くの家から求婚が殺到した。
だが劉孝元氏は在学中、股関節カリエスにかかり大学を中退し、
治療のため故郷(定州)に帰った。
病魔との闘いはこの時から始まる。

劉孝元氏は、病気ゆえに何度も自殺を試みた。
母親はいつもそんな息子のそばで祈った。
家族の祈りは、祖国の独立と劉孝元氏の体の快復のためにささげられたのである。

劉孝元氏の祖父も、熱心なキリスト教徒だった。
祖父が近くに教会を建てるまでの六年間は、
毎週日曜日、約20キロメートルも離れた教会に徒歩で通い続けた。

このような祖父や父母の篤い信仰の家庭で育った劉孝元氏は、
幼い時からキリスト教の思想に感銘を受けていた。

劉孝元氏は、闘病生活中、聖書を原語で学び研究し始めたが、
聖書を読めば読むほど解釈において多くの疑問と矛盾にぶち当たった。

例えば、聖書には次のような聖句がある。
「もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、
ほかの頬をも向けてやりなさい。
あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、
上着をも与えなさい」
(マタイによる福音書第五章39、40節)

“この聖句をそのとおりに実践すれば死んでしまう。
生きているとすれば偽善者だ”
このような嘆きと苦しみの中で、闘病生活を続けた。
そのようにせっぱ詰まったとき、劉孝元氏は文師と出会ったのである。

ふたりの出会いは、次のような経緯で訪れた。

梨花女子大学校の梁允永女史と劉孝元氏は親戚であったことと、
その妹が、劉孝元氏が釜山で文師と出会うきっかけをつくったのである。

「親族に聖書を熱心に研究している人(劉孝元氏)がいるので、一度訪ねてほしい」
と、彼女(梁允信女史)は教会の人に依頼した。
彼女は統一教会の人を案内して、劉孝元氏の家を訪問した。

劉孝元氏は、教会の人の話を聞いて興味を覚え、
その後、釜山の教会を訪ねた。
そのとき、文師は上京していたため不在であったが、
信徒の李鳳雲氏が彼を迎えた。
それは、統一教会が創立される半年前(1953年11月)のことである。

劉孝元氏は李鳳雲氏に、
「文鮮明先生が語られた内容の本があれば、見せていただきたい」と語った。
李鳳雲氏は、文師が直接、紙に鉛筆で書かれた『原理原本』
(教理の骨子に当たるもので、五冊のノートにまとめられていた)を劉孝元氏に貸し与えた。
『原理原本』は、一年の期間をかけて文師が1952年5月10日に書き上げたものである。
劉孝元氏は『原理原本』を読みながら、
感動で胸が震え、感嘆の声を連発した。
喜びと希望が満ち溢れてきたのである。
劉孝元氏は、何度も何度も読み続けた。

聖書を原語で読んでも理解できなかったことが、
見事に『原理原本』の中で解かれていたのである。
劉孝元氏は自分が今後やるべきことを悟り、喜びと責任と使命感に燃えたのだった。

劉孝元氏は文師と会う前に、『原理原本』を読んで
自分の生涯の行くべき道を決めた人物である。
『原理原本』の内容が、いかに劉孝元氏を感動させたかは量り知れない。
劉孝元氏が、後に文師と初めて出会ったとき、
ふたり21時間余り、互いにその場を離れなかったということからも、
そのことをうかがい知ることができる。

生死をかけて真理を求めてきた劉孝元氏と、
そのような人物を探し求めてきた文師が巡り会ったのである。
1953年12月24日から21日間
(12月24日から翌年1月18日までという記録もある)、
文師は劉孝元氏をはじめとする数人に直接、講義をした。
このとき、文師は寝る時間も惜しんで語り続けた。

講義は、一人でもいれば続けられた。
そのため、文師の講義を聞いていた人たちは、
トイレに行くときは合図を出して、一斉にトイレに行ったほどである。

この講義が終わった後、劉孝元氏が新しく教会に来る人に講義をするようになった。



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劉孝元先生は、もし股関節カリエスになっていなければ、
優秀な成績でソウル大の医学部を卒業し、名医になっていたかも知れません。
終末を感じ、聖書にも限界を感じる中で、
原理原本を通して、統一教会に入信されました。
原理原本に出会った劉孝元先生の感動はいかばかりだったでしょう。

お父様と最初に会った時に
21時間話されたといいます。
どんな会話をされたのでしょうか。。。
お父様もどれほど感激したことでしょうか。
話はつきなかったのでしょう。
本当に劇的な出会いだったのだと思います。

原理講論の『授受作用』のところで、
『相対基準を造成して、よく授けよく受ければ』
とありますが、お父様の全てを受け止められたので、
本当に深い関係を結ぶことができたのではないかと思います。

まさに神様が準備された方です。
そういう出会いを求めていきたいと思わされます。。。

韓国家庭連合のホームページにある劉孝元先生の紹介:
1960年 4月16日、史吉子女史と3家庭の祝福を受けて、
真の父母様に侍り、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の人生を初志一貫した劉先生は
統一家の初期協会長として、真なる原理人として
「百折不屈(※いくど挫折しそうになっても決して屈しない精神の意味)」の生涯を生き、
1970年旧暦6月21日、57歳で地上の生活を終えて霊界に入籍した。



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2014年09月14日

9.11、あの時お父様が成されたこと!! 「目には目をではいけない!」



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アメリカ、マイケル・バルコム会長の
週刊メッセージの紹介です。
(前半部分のみ)


皆さん、こんにちは。マイケル・バルコムです。
昨日は9・11(2001年同時多発テロが起きた日)でした。
2001年9月11日に起きたアメリカの歴史に残る
恐ろしい事件のことを一日中考えていました。
皆さんもその時どこにいて何をしていたかはっきり覚えていることと思います。

私は当時、ベルベディアにいて妻のフミコの電話で事件を知りました。
何も聞いていなかったので、ラジオを付けて信じ難い思いで聴きはじめました。
タッパン・ジー橋を渡る頃、煙の柱がマンハッタンのダウンタウンから
立ち上っているのを見てようやく事件を実感しました。

真のお父様が事件を知られたのはアラスカ州のコディアックでした。
訓読会の後、すぐに自室にて断食と祈祷で3日間を過ごされ、
事態のエスカレートを防ぐ方法を考えられました。
9月18日、お父様はニューヨークに戻ってこられ、超宗教の大会をハーレムで、
そして国際的な大会をニューヨークの中心で開催されました。
それは同時多発テロ後の最初の大きなイベントでした。
お父様は「宗教間戦争だけは避けなければならない」
とその場の宗教指導者達に強調しました。

その一年前にご父母様は国連で
異宗教の評議会の設置を呼びかけられましたが、
国連は宗教の役割にあまり関心を持ちませんでした。
しかし、13年後の今、国連は宗教のもつ、
平和への影響に大きな関心を持つようになって来ました。
真のご父母様は誰よりも宗教がどれほど将来の平和に
重要な影響力をもつようになるかわかっておられました。

来週の土曜日の(N.Yで行われる)聖和記念式の目的は
過去を振り返るだけではなく、
未来を考えていくことです。
まだ残されている、成さねばならない事があります。

数年前にお母様にお会いした時に言われたことは、
「真の父母様がなすべき内容はあまりに大きいので、
圧倒的されて何もできなくなるかもしれません。
しかし皆さんにして欲しいことは、何か一つ自分にとって大切なこと、
真の父母様の遺業を完結できるようなものを見つけ、
それを神様に捧げることです。」 
来週お父様を追慕するにあたって、
自分に何ができるか、お父様が残された仕事のどの部分に
自分が責任を持てるのかを考えて下さい。




真のお父様は、このときに、
「目には目を、歯には歯を」をせずに、
宗教間戦争を避けるように訴えられました。
大きな戦争は、お父様によって
回避されたのではないかと思います。

テロの首謀者であるウサマ・ビンラディンがもし死んだとしても、
あるいは彼がリーダーをしている
国際テロ組織アル・カイーダが壊滅したとしても、
この問題は解決したとは言えないだろう・・・
当時、そんなことを思っていましたが、
世界の情勢はますます混迷していると言えるのではないでしょうか。

いまだに争いが絶えない現実を、
神様はどんな思いで見つめていらっしゃるのかと思わされてなりません。

一人の悪人、悪なる団体がなくなっても、
全ての悪が滅びるということにはなりません。

真の父母様は、天宙平和連合などを通して、
世界平和解決の道を模索しておられます。
しかし、本当の意味で解決するためには、
私の心と体が一つにならないといけない
そのように何度も強調されています。
一見、遠回りのように見えても、
それが一番の近道なのです。

そう考えると、み言を伝えること、
やはり伝道することが天の願いであると感じるのです。


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2014年09月13日

親子で愛情の貯蓄?! 「信頼残高の預け入れ」 《多田部長の家庭力UP講座》



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先日、紹介した多田部長の
良き親になるための一日セミナー。

家庭力アップ講座と同じ内容なので、
引き続き紹介するという形になります。

今回は、『信頼残高の預け入れ』です。


家族で楽しい団欒の場を持つためには、
家族の人間関係の中に、信頼関係が保たれている必要があります。
信頼関係は、なかなか、あるようで、ない場合が多いのです。
家族の中に信頼関係を築くためには、
「自分から変わる」と言うことが欠かせません。

ここで紹介するのは、「自分から変わる」事を学んでいくことになります。
「自分から変わる」ことをよく理解し、実生活での応用する方法を紹介します。
信頼関係を家族の人間関係の中に築く行為を、
銀行や、郵便局に、お金を預け入れる行為にたとえてみて紹介します。
お金の代わりに信頼を、家族の一人ひとりの心に預け入れると考えてみるのです。
そのように出来るようになることを、
「自分から変わる」と言うことになるわけです。

ですから、まず第一に、「預け入れ」と言うのは、
積極的に行動して、信頼を築くような行為のことを言います。
第二に、「引き出し」と言うのは、信頼を低める、感情的な行為のことを言います。
家族との間に、高い信頼残高が保たれていれば、
互いの授受作用は良好なものになり、
ちょっとした間違いを犯したとしても信頼残高がそれを補ってくれるのです。

真のお父様のみ言に次のようなものがあります。
「『為に生きよう!』と言うのは、負債を負わせようということです。
文総裁が今日までこの統一教会を導きながら、それを考えてきました。
最も恐ろしいことが負債を負うことです。
精誠を尽くした人が持ってきたものは、
この宇宙にそれ以上の精誠を尽くさずに受ければ、
それは毒薬よりもっと恐ろしいのです。」

「負債」と言うのは、ここで紹介している、
「信頼残高の預け入れ」のことになります。
「負債」は、「毒薬」より恐ろしいと言うのです。
「毒薬」というのは、とてもきつい言葉ですが、
それほど効果があると言うのです。

では、「信頼残高の預け入れ」の具体的な実践について紹介します。
ここでは、5項目の内容を紹介しますが、
当然それ以外のものもあるわけです。
それは、各家庭でいろいろと発見して試してみてもよいでしょう。

第一は、親切にすることです。
『絶えず気を配りながら小さな親切を続けることは、
決して小さなことではない』のです。  
まず、「言葉」で親切にする事を考えてみましょう。
「ありがとう」「すみませんでした」
「何かできることはある?」「喜んで。」等があります。

まず、親が素直に「ありがとう」と言えるならば、
家庭の雰囲気も素直な環境が出来ることでしょう。
親の方から「何かできることはある?」と聞いてみましょう。
子供は、「腰が凝っているんだけれどもんでくれない?」
とでも言ってきたら、「喜んで」と言って、
子供の腰をもんであげてください。

その時が、子供との会話のチャンスです。
そして、親の方からも「こんどは、私の腰もお願いします」
と言えば、会話の良いチャンスです。

また、親から子供が「大好きだ」「愛しているよ」と伝えてあげましょう。
先日も、ある父親が、なかなか子供に「大好きだよ」と言えなくて、
チャンスをうかがっていて、電話で話している時に、
やっと息子に「大好きだよ」と言えたとの報告がありました。
そしたら、息子が電話の向こうで黙ってしまったそうです。
そして、泣いていたというのです。
親も感動し、子供にも、親の愛情が伝わったのです。

次に、「行動」で親切にする事を考えてみましょう。
「皿洗いを一緒にする」「買い物に行く」「メモを弁当箱に入れる」
「電話で気持ちを伝える」「感謝の気持ちを伝える」「抱擁」等があります。
子供は、親と一緒に何かをやることは嬉しいものです。
子供に、「皿洗いしなさい」と言うよりも、
「一緒に皿を、洗おうか」と言ってみてください。

誕生日の日の前後、一週間ぐらい、
子供の誕生日にまつわるメールを送ってあげてください。
「お父さんは、お前の応援団長だよ」とか、
誕生日の前日には、「明日いよいよ、母さんも
初めての20歳の娘を持つ時が来たよ。わくわくするね。」
等とメールを送ってあげるのです。

これは暇だからできるのではなく、
親の心に家族と言う「種」がしっかりと植えておけばできるのです。
家族と言う、種を心に植えて生活していきましょう。


実は、先日、多田部長が紹介された話と
同じようなチャンスが巡ってきました。

次男は部活に入っているのですが、
この前、とても疲れて帰ってきていました。
「足が痛い・・・」と言うのです。
今までだったら、「まだ若いから大丈夫。
風呂に入って、すぐ寝れば、明日には元気になるよ」
と言っていたかも知れません。

しかし、多田部長の講座を聞いたあとだったので、
「どこが痛いの?揉んであげようか」
そう言って、足を揉んであげました。
次男の足を揉むなんて、初めてのことです。
少しすると次男は、
「もういいよ、ありがとう」
と言い、退散しました。
おそらく直ぐに足の痛みが
治ったわけではないと思うのですが、
「足が痛い」という言葉は発しませんでした。

『信頼残高の預け入れ』
これからも実践していかないとですね。


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