2014年10月25日

「事実は(一部)マスコミの報道と全く違っていた!」 統一教会へのデマはこうして始まった! 




祝福式 〜既婚カップルが参加する合同結婚式〜


本部のHPに既婚カップルの祝福式を紹介する映像が作られていました。
この中でもみ言を学んで間もない、
壮年の方の証が掲載されています。



今、週に2回、学びの場をいただいておりますが、
1ヶ月ほど前の自分を振り返りますと、
今の自分が嘘みたいです。

事実はマスコミの報道と全く違っておりました(拍手)。

今は、私はこの学びに喜びを感じております(拍手)。



*タイトル及び、本文に、
「事実はマスコミの報道と全く違っていた」
と記述していますが、
すべてのマスコミ報道のことを差すものではないことを
記述しておきます。


映像を見るとわかるかと思いますが、
本当に短いコメントですが、
実感がとてもこもっています。
おそらく先に入信された奥様を大反対していたご主人であり、
(一部)マスコミの言うことを鵜呑みにされていたのだと思います。

やはり、自分の目で確かめること、
これが重要だと思います。

最近紹介している『受難の源流』にあるように、
梨花女子大事件、その後のお父様の西大門刑務所への収監時の
韓国の検察当局の内偵も
(一部)マスコミと、『高位層』の指示でした。

この頃の韓国の間違った報道、デマが
その後、日本においても
統一教会を反対する根拠の一つとされてきました。

統一教会を身近で見る人はご存知のように、
事実は、(一部あるいは大方の)報道とは全く違っていたのです。


なぜ、「中央日報」は、かくも文師と統一教会を徹底的に攻撃し、
梨花女子大学側を擁護する記事を掲載したのであろうか?

それは「中央日報」が、どのような新聞であるかを知れば、
容易に理解することができる。
このころの「中央日報」の社長(孔鎭恒氏)は、
朴瑪利亞副総長の夫、李起鵬氏と親しい人物である。

同新聞社の編集局長は、李承晩大統領の公報秘書官をしていたことがあった。
1957年1月1日から「中央日報」は「世界日報」と社名が変わり、
版権が孔鎭恒氏に移り事実上、李起鵬系の新聞となった。
文師と統一教会に対する「中央日報」の醜聞報道は、
その後も一貫して変わっていない。

「中央日報」がいかに文師に対する誤った報道をしたかを詳細に知れば、
それだけでいかなる存在がこの「梨花女子大事件」に関与していたかが見て取れる。

先の「中央日報」(5月27日付)に掲載された神学博士とは、
梁允永女史が入信後、最初に伝道に行った韓景職牧師である。

同牧師は、その中で「終末には、“似非真理”が横行すると
聖書にすでに教訓となっているので、
これ以上(統一教会に)深く関与する価値がない」と述べている。

検察の統一教会に対する内偵が始まったのもこのころからである。
“統一教会は電気仕掛けやご飯に薬を入れて洗脳し、
地下室で裸になって踊り、男女は不倫な関係を持っている”
などの情報を裏付けるためであった。

「東亜日報」(5月26日付)では、検察当局は、
数日前から“高位層”の指示を受け、同事件の内偵に着手して、
三十余名に対する調査を終えたことが書かれている。

検察の調査が始まって約一か月後の6月24日付の「自由新聞」には、
検察は統一教会の嫌疑が立証できずに、内偵が完了したことが記されていた。
(受難の源流 より)



私たちも上記のDVDを活用しながら、
既婚カップルの方に祝福結婚を紹介しています。

先日紹介しましたように、御嶽山噴火で犠牲になった
4名の食口の人柄、また聖和式などを通して
マスコミの印象もずいぶん変わったと聞いていますが、
やはり、直接自分の目で確かめることが重要なのではないかと思います。


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2014年10月24日

「今までありがとう」 聖和者への送辞に涙! 〜御嶽山で犠牲の食口を悼んで〜



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昨日紹介したニュースレターですが、
本部のHPでも紹介されていました。

聖和式の写真とか、総会長との面談の写真など、
たくさん掲載されていますので、
見られる方にはお勧めいたします。

今回は、6000双水野利幸さんの次男、直利さんの送辞と
長山照利(あかり)さんの小4の時の作文「しょうらいのゆめ」を紹介します。


本当に突然のことで、言葉になりません。
父さん自身、一番びっくりしているんじゃないかと思います。

最近、思っていたことがあります。
僕も25 歳になって、世の中のことなどいろいろわかってきて、
あまり両親に、今までの様々なことに対して、
感謝の思いを伝えられていないな、ということです。

どうしても、男3人兄弟でぶっきらぼうだし、
父さんもあまり感情表現をしないので、
そういった思いを伝えるのを避けていました。

ちょっとお父さんに聞こえるか聞こえないかの声で
「ありがとう」と頼りなく伝えてみたりしたこともあります。

僕のそういった不器用さは父さん譲りです。

父さんは、いつも前向きで、責任感が強く、弱音を聞いたことがありません。
感動屋で、思い余って感動してしまったときは、
その姿を見せないようにしていましたね。
僕は気づいていました。

本当は、父さんの弱いところとか、悩みとか、そういった部分も含めてもっと、
いろいろと話したかったです。

正直、父さんの丸ごと全部を知りたかったです。

言葉足らずでも、父さんが僕に対して
誇りに思っていてくれていたのは、伝わってきました。

それなのに、何も言えないまま天国に行ってしまいました。

本当だったら、本当だったら、もっと伝えたかった感謝の思いがあります。
こんな形になってしまい悔しいですが、聞いてください。

小さいとき、山に虫取りに連れて行ってくれて、ありがとう。
カブトムシのオス、いっぱい取れたね。

真夏の夜、ホタルを全力ダッシュで捕まえてくれて、ありがとう。
あの時のホタルの光は最高にきれいだったね。
魚釣りに連れて行ってくれてありがとう。
米粒ひとつで入れ食い状態、大量に釣れたね。

何か新しいことを始める時、いつも「やってみろ!」
と背中を押してくれてありがとう。

大学受験、部活に明け暮れて、勉強の方で挫折し、
浪人した時、「この1年、いい経験になるぞ!」
と励ましてくれて、ありがとう。
あの1年、本当にいい経験になりました。

いつも陰ながら支えてくれてありがとう。
父さんの後ろ盾を感じていました。

そして、父さん。
僕の父であってくれて、ありがとうございます。

父さんは、僕の誇りです。
父さんの生きた証は、僕の中で生き続けます。

今日はたくさん、父さんを慕ってくださる方々が、来られています。
父さんは幸せ者ですね。

背中で語る父さんの思いを胸に、これからは兄弟3 人で力を合わせ、
母さんとばあちゃんを支え、手を取り合って頑張っていこうと思います。

天国から見守っていてください。

また会える日まで。




【しょうらいのゆめ】

私のしょうらいのゆめは、医者になって外国へ行き、
病院に行きたくてもまずしいため行くことの出きない人達のために、
かん者さんを観てあげることです。

どうして私が医者になりたいかというと、私が一年生のとき
「ナイチンゲール」の本を読んで、
私もこうなれたらいいなと思ったからです。
ナイチンゲールは、きけんな戦地に行き、ど力をしながら、
かいごのきそをきずき、かん者さんに、生きる希望をあたえた人です。
とても感動しました。

私も外国で医者をしながら、他にもやりたいことがあります。
一つ目は神様の話しをして、神様のことを教えてあげることです。
二つ目は、村の人達に「天父報恩鼓」をおどってあげることです。
三つ目は、家などを災害が来てもこわれないように、
じょうぶに作り直してあげたいです。
それらの事を通してみんなに少しでも元気になってほしいからです。

次に私が、医者になるためにがんばらないといけないことが、いくつかあります。
 
一つ目は、たくさん、勉強をすることです。
医者は、頭がよくなくては、いけないので、たくさん勉強しなければいけません。

二つ目は、「人を思う気持」ちを強めることです。
相手の話しをよく聞いて、かん者さんの不安を
少しでも取ってあげたいと思います。
でも外国に行ったときだけ人を思っても、きっとうまくいかないと思うから、
今から、人を思う気持ちを習慣ずけて、いくことが、たいせつだと思います。
そうする事で、きっとうまくいくと思うからです。
これらのことを、成功させるためには、いろんなことが必要かもしれないけど、
ナイチンゲールがそうだったように、私も、たくさんど力をして、
希望をすてずに、ゆめにむかってがんばりたいです。

(原文のまま)



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長山照利さんのお姉さんの送辞
「あかりへ、今までありがとう。
11年という短い人生だったけれど、
どんなことでも決してあきらめない子でした。
バスケも一生懸命だったね。
霊界でもずっと見守っていてね。
あかり大好きだよ」

ニュースレターを見ますと、
伊藤琴美さんは、9月23日の青年大会にも参加していたということです。
送辞は、教会の友人がしていました。

長山照利さんの送辞は中学生のお姉さんがされました。(上記)

三宅真一郎さんのご長男も、送辞の中でこのように言われています。
「今回のお父さんの死は、僕たち家族を含め、
多くの人に影響を与えたと思います。
ただ、亡くなって悲しいと思うだけではいけないと思います。
僕は心の中では、
お父さんが安心できるよう変わっていこうと思います」

今回、4人の方の、帰歓式と聖和式に
本当に多くの方々が参列されたということです。
伊藤琴美さんと長山照利さんの帰歓式には
在籍する学校関係者を含め、それぞれ700名参加するなど、
延べ3千数百人の人たちが参列し、その死を悼みました。

そんな中、不思議なことがありました。
琴美さんの聖和式の日に水野利幸さんの遺体が発見されたと
連絡がありました。
そして、水野さんの聖和式の日に長山照利さんが見つかり、
さらには、照利さんの聖和式の日に三宅真一郎さんが見つかったそうです。
本当に奇跡的ではないかと思います。

葬儀といえば、悲しむべき日ではありますが、
この聖和式行事に参列された一般の人たちも、
私たちが霊界の存在を確信し、
霊界に送る貴い式典に精誠をささげることに対し、
何か、心動かされたものがあっただろうと思います。

私たちは今を精一杯生きて、
悔いのない歩みをすること、
そして、祝福式とともに、聖和式の素晴らしさを
堂々と世間の前に示すこと
このことが重要なのだと思います。

最後に三宅さんの聖和式で
徳野会長が説教に引用された
真のお父様のみ言を紹介して終わります。



人間は早い、遅いの違いはあったとしても、いずれ霊界に行く。
その宿命は何人も避けることができない。
故に私たち自身も、自分自身の聖和に対して、
また身近な家族の聖和に対して、いつでも
そのような決定的な瞬間を迎えてもよいという、
心の覚悟が常日頃から必要である。


実の子供を5人も、自分よりも先に
霊界に送った親の気持ちが分かるか? 
それが先生の立場だよ。
5人の真の子女の一人ひとりの聖和を、
天の摂理を飛躍的に推進させるための
清い聖なる供え物として受け取ってください。
私は一切そのことを恨まず、
感謝して子女を天に捧げます。
このような祈りを捧げてきた先生である。




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2014年10月23日

お母様も涙! 〜御嶽山で犠牲の食口4名を悼んで〜 宋龍天総会長、ご家族と面談



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報告をしている時に お母様が
ハンカチで涙を拭かれながら聞かれていたよ



昨日に引き続き、御嶽山で犠牲となった4人の食口についてお伝えします。
テレビ・新聞などでの報道もありましたように、
4人の遺体は無事発見され、聖和式もそれぞれ行われました。

今回のニュースレター(41号)は、
4人の食口の特集号になっています。
その中から、宋龍天総会長が聖和された食口のご家族と
面談された内容を紹介します。

総会長が、お母様に逐一御報告されたということ、
またご家族との会話から、この4名の食口が、
愛すべき素晴らしい人たちであり、
まさしく天に召されたのだと感じるのです。


◎ 伊藤琴美さんの両親

──お父さんは噴火が起きた時どこにいましたか。

「10 合目にある山小屋から山頂に向かって
50 メートルのところにいました。
琴美は山頂で待っていました」

──琴美さんの将来の夢は?

「宣教師になるのが夢でした。
登山前日も、『お父さん、
早く宣教に行きたい』と語っていました」

──どんな経緯で宣教師になりたいと思うようになったのでしょうか。

「友だちの影響もあったんだと思います。
天父報恩鼓も熱心でした。
ですから、教会でも『お姉ちゃん』と慕われていました」

──お母さんの感じる琴美さんについて、聞かせてもらえませんか?

「本当に教会が大好きで、学校に行くよりも教会が好きでした。
今度のことも、修練会に行ったりすることも、教会の事は自分で決めて、
親には後で言うような感じでした。
琴美は保育園の時に、夫のみ言のノートに、下手な字ですけど
『伝道をしなければならない』と書いていました。
夫は、あれは啓示だと話しています」

──親よりすごいじゃあないですか。(笑)



◎長山照利(あかり)さんの両親

──今朝、私がお母様に聖和された4人の
  お一人お一人について説明をしてさしあげました。

  照利さんは、小学生の中でも本当に積極的な子で、
  琴美さんと一緒に天父報恩鼓のメンバーとして一生懸命練習して、
  そしてお互いに仲良く過ごしていた間柄だったこと。
  そして特に、ナイチンゲールのように、将来、医者となって外国に出て、
  病院に行けないような人を自分が助けてあげたい、
  何よりも神様を教えてあげたいというそんな立派なお嬢さんだったと。
  そしてその取材に来た記者が感動して涙を流してその死を悼んだのです、と。

  その後、私が天正宮博物館の補佐官を通じて、
  「あなた(宋総会長)が照利さんに関する報告をしている時に
  お母様がハンカチで涙を拭かれながら聞かれていたよ」と、
  そういう風に聞きました。
  お母さん、普段、照利さんはどんなお嬢さんでしたか?

「恥ずかしがり屋で、凄く明るくて、優しくて、そして凄く神様が好きで、
神様に対する思いっていうのは、とてもまっすぐでした」

──お父さんの印象は?

「子供が6 人いますけど、照利だけ何かちょっと違うというか。
優秀すぎるっていうか。
この二人から生れるような子じゃないなっていう(一同笑)。
まあ、そのぐらいよい子でした…」

母親「先ほど学校に挨拶に行って来たんですけど、先生が
『照利ちゃんは偉大すぎました。私は照利ちゃんから多くを学びました』と。
校長先生からも、今回の帰歓式、聖和式に凄い希望を持ちましたと言って下さいました」

──聖和式は特別ですものね。
  聖和式に参加するとみんな感動する。

「マスコミも感動してましたね」


◎水野利幸さんの家族

──美男子で立派な息子さんですね。
  何よりお父さんがいい顔していますね。
  以前に水野さんに会ったことないかな。

「真のお父様が、徳川家康の家系の者がいるはずだから探しなさい、
というご指示があったとき、水野家が徳川家康の母、
於大(おだい)の方とつながっていまして、夫がラスベガスへ行きました。
その時、お会いしたかもしれません」

──あの日、ご主人は(家族の中では)一人で登られましたか?

「 一人で朝早く出かけました。11時52分に噴火しましたが、
私は11時59 分に主人にメールしました。
『睡眠不足だけど大丈夫?』。
『今、頂上ですか?気を付けてね』と。返事がなく、
まさか噴火しているとは知らず、買い物をしていました。
そうしたら母から電話があり、利幸が大変なことになったと…」

──その時、水野さんは頂上で琴美さん、照利さんを助けようとしていたと聞いています。

「神社の屋根の陰に隠れたら助かったのに、
二人の方に向かったと聞いています。
それで、子供たちと、『それが事実ならお父さんを誇れるね』と話しました。
以前主人に、もし何か起こった時に、
『パパだったら、誰かを助ける、それとも逃げる?』と聞いたことがあります。
『そんなの、助けに行くに決まっているじゃないか』。
主人はそういう人なんです」


◎三宅真一郎さんの家族 

三宅さんのご家族とは、聖和式が開催される葬儀場の控え室で面談された。
式の準備のため、言葉を交わす時間が短かったが、
その分、より一層、宋総会長は言葉に誠意を込めて、語られた。

──今朝、真のお母様に電話で、三宅さんのご遺体が発見されました、とお伝えしました。
  6500双の祝福家庭であり、壮年部の中核的なメンバーとして、
  なくてはならない存在だとお伝えしました。
  お父さんはどんな人でしたか?

長男「とても優しかったです」

妻「最初に発見されたときの夫の写真を警察の方が撮影して携帯にメールしてくれました。
その写真を見たとき、『神様のために忍耐してくれた、頑張ってくれた』と感じました。
だから、主人は感謝して(霊界へ)行ったんだなと思いました。
事実、主人はとても、忍耐する人でしたから」

──お父さんが突然、聖和されましたが、心を痛めすぎないでください。
  真のお父様のそばで、もっと大きなお仕事をされると思います。
  お母さんとお子さんがともに力を合わせて生きていってください。

「ありがとうございます」



神様とご家族を愛し、また周りの人たちに希望を与えた
天が誇るべき4名の聖和者。
本当に素晴らしい壮年・二世たちであると改めて思います。

天国でのご活躍を心からお祈りさせていただきます。
明日も続きを掲載します。

参考にどうぞ↓
マスコミとの信頼関係を築いた広報局
今日もいいことがある!統一教会員のブログ より



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