2014年10月19日

サタンを打てなかった理由?! 真の愛でしか越えられない! 



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本当に神様もメシヤも腹が立つことは、
サタンを打つことができないことだ



史吉子先生の「原理に関するみ言の証」
に『メシヤの能力と責任』という項目があります。
その内容を参考に、感じたことを書きたいと思います。



「神様が今までサタンを屈服させることが
できなかった原因が、どこにあるか?
そして、人類が今までサタンを屈服させることが
できなかった原因がどこにあるか?

ただ一つ、サタンが主張するのです。

『私は堕落したとはいえども、
本然の原則的な基準で父母の心情から見たなら、
神様が私を愛するようになっており、
神様の息子が私を愛して初めて、
天国に行くようになっているのが
原理原則ではないですか?』
と言うのです。

このように出れば神様は手も足も出ないのです」


(真の父母様の生涯路程 第7巻 340ページ)

神様は真の愛のお方なので、
サタンを愛で屈服させないといけませんでした。
真のお父様は

「本当に神様もメシヤも腹が立つことは、
サタンを打つことができないことだ」


そのように語られました。

また、史吉子先生がかつて迫害を受けたとき、
その内容をありのままに報告したときに、お父様は
「私もマフィアのように、怨讐を打ちのめしたい」
そのように言われたそうです。

「私も初めから良い人ではない。
私も気も短くて、復讐心もあり、
気難しい性格なのに、メシヤの道を行くために仕方なく、
私が私自身をしきりに訓練させながら、
歯を食いしばって舌をかみながらも、
ここまで来たのだ!」


そのようにして乗り越えていかれた
真のお父様でした。

イエス様も、サタンに肉身は奪われましたが、
怨讐を憎まず愛したので、
神様はイエス様を復活させました。
十字架で恨んで亡くなられたら、
霊的な救いはなかったのです。
復活したイエス様を信じることで霊的な救いがあったのであり、
そのイエス様が肉身でなすべきみ旨と使命を
代わりに成しておられるのが、真のお父様なのです。


また、そんなお父様の使命を果たそうと
今も最前線で歩んでおられるのが真のお母様です。
どれだけの重荷を背負っておられるでしょうか。

先日、徳野会長が真のお母様にお会いされたとき、
「お母様が悩んでおられる問題を吐露してくださった。
しかし、それは、100ある重荷の中で、
おそらく5とか10くらいに過ぎないでしょう。
お母様はどれだけの重荷を抱えておられるかわかりません」

そのように証しされていました。

先日の善進様のみ言でもお母様のみ言を語られていました。
「お母様は、そのとてつもない重荷に対し、
世界の海の底で何トンもの水圧に
押しつぶされているようだとたとえられました」

それは、お母様でないとわからない世界です。

しかし、お母様は

「カサハニダ」(感謝します)
「サランハニダ」(愛しています)


この心情を持って乗り越えようとしておられます。
まさに真のお父様と同じ道を歩んでおられます。

私たちも次元はまったく異なりますが、
父母様の歩まれている心情を携えながら、
真の愛の精神を相続していきたいと思います。


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2014年10月18日

今度は月刊誌に掲載! 日韓トンネル、全世界が一つに繋がる夢のプロジェクト!! 



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平和とは、
思想が違い、人種が違い、
言葉が違う人たちを連結することです。
具体的な行動であって、
漠然とした夢ではありません。


文鮮明 



先日は、テレビで報道された話題を紹介しましたが、
このたび韓国の有力月刊誌「月刊中央」10月号に
日韓トンネルと、国際ハイウェイプロジェクトの話題が記載されました。

ファミリーフォーラムにも、このような記事がありました。


「月刊中央」の記事は、とても長いので、重要だと思う部分を抜粋します。



現地取材‘家庭連合’日韓海底トンネル、対馬から第一掘
「日韓海底トンネルは世界平和の出発点であり、アジア統合の象徴」


日韓両国の政府が消極的な状況で、家庭連合が
この事業に積極的な立場を見せる理由は何だろうか。
それは何よりも、この事業が設立者である文鮮明総裁の遺業であるからだ。

特に文鮮明・韓鶴子総裁の生涯のテーマである「平和世界」のための実践方案のうち、
最も大きな割合を占めているのが、このプロジェクトである。
文総裁は生前、国家間の葛藤をなくし、平和を実現するためには、
互いに交流することのできる「道」が必要であると力説した。
そして、全世界に「心の道」を通らせる作業は、
「最も近くにありながらも遠い国」である韓国と日本を連結する
海底トンネルから始めなければならないと主張したのである。

しかし、日韓海底トンネル事業は、単に日韓関係を改善するためだけのものではないと、
家庭連合側は説明する。

「文総裁は、日韓海底トンネルが単に日韓関係を改善するだけでなく、
南北関係を改善するにおいても効果があると判断した。
中国横断鉄道(TCR)、シベリア横断鉄道(TSR)との連携を考慮すれば、
北朝鮮の開放、協力も引き寄せることができるという意味だ。
文鮮明・韓鶴子総裁が推進する世界平和のための
国際平和高速道路の一環である日韓海底トンネルは、
日韓の間の道路交通網建設という次元を飛び越え、
南北統一と東北アジア時代の新たな秩序改編という
ビジョンを提示するという次元で注目した事業である。」

具体的に、日韓海底トンネルの路線はまだ検討段階にあるが、
日本側の始発点は日本の九州西北部にある佐賀県唐津市がほぼ確定的である。
海を渡って韓国と連結するにおいて、最も適した地形条件を備えているからだ。

対馬に面している唐津市は、海底トンネルの中間経由地となる壱岐島まで
わずか42kmの距離にある。
それゆえ、唐津と壱岐島区間は、海底トンネルに比べて
工事費が3分の1しかかからない海上橋でつなぐ案も検討されている。
唐津と壱岐島の間には、加部島、加唐島などの小さな島が飛び石のように続いており、
橋の建設には問題がないということだ。
唐津から加部島までは、既に呼子大橋という陸と島をつなぐ橋で連結されている。

しかし、日韓海底トンネルを掘るにあたって先決問題である
両国国民の心理的距離感は、朝鮮海峡の距離よりさらに遠いように思われる。
最近、両国間の関係が悪化すると共に、
日韓の過去の歴史から来るわだかまりもさらに大きくなっているからだ。

徳野会長は自身の願いをこのように伝えた。
「国際ハイウェイは、東北アジアの国家間における
人・物・資本・サービスの自由な移動時代を開いて、
経済共同体を構築し、平和と安全(な世界)を成し遂げようという趣旨で出発した。
そのためには、日韓両国が過去のわだかまりを振り払わなければならない。
日韓両国の国民の心の壁を崩すために、両国の首脳が努力しなければならない。
来年、日韓修交50周年を迎えると共に、
日韓トンネルプロジェクトに対して両国の首脳と国民が
前向きな姿勢を見せてくれることを期待する。」

また彼は、「家庭連合は、文鮮明総裁の遺業を韓鶴子総裁が引き継ぎ、
平和世界の建設を目標として努力している。
韓総裁は世界各地で発生している国家・人種間の葛藤、宗教紛争などを解決するために、
国際平和会議・国際合同結婚・超宗教活動など、
多様な交流事業を展開しながら、問題解決の先頭に立っている」としながら、
「今回の日韓海底トンネルの対馬起工式は、両国が民族の葛藤を克服し、
平和を実現して、東北アジア平和と世界平和を定着させるための第一歩である」と強調した。

日韓海底トンネルは、夢のプロジェクトであると言われる。
技術やお金の問題ゆえではなく、政治と文化の問題が先立つからである。
だからこそか、この日、対馬の起工式に参加した日韓の関係者も、
声を揃えて「心の壁を崩そう」と決意していた。



真のお父様の悲願であるこの日韓トンネルプロジェクトは、
同時に真のお母様も実現させたいと願っているものです。
すでに、国境の壁など一切なく、心から兄弟姉妹であるという
そんな心情を動機として考えられたものだと思います。

もちろん、民間事業では到底実現できない
大規模なプロジェクトです。

徳野会長は、対馬調査斜坑オープン式において、
「来年2015年の日韓国交正常化50周年と、2018年の平壌冬季オリンピック。
そして2020年の東京オリンピックの成功を契機に、
その後、国家プロジェクトとして2020〜30年に完成させる夢を見よう」
そのように語られたそうです。

私たちの継続的な取り組みによって
実ることを祈っていきたいと思います。


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      <お父様のみ言>

国際平和高速道路は、
韓国と日本を海底トンネルで連結し、
ベーリング海峡に橋を架け、
全地球を一つにする大事業です。
そうすれば、全世界が連結されるのです。
誰でも簡単に国境を越えて行き来できます。
お互いに理解する心が生じ、
衝突がなくなります。
それこそ世界の文化が一つにまとまる
文化革命が完成するのです。


2005.6.26 ワシントンD.C

*

私は生涯、平和のために身を奉げてきました。
「平和」という言葉を思い起こすだけで、
今も喉が締め付けられて
食べ物が通らず、目頭が熱くなります。
世界が一つになって平和を享受する、
その日を思い描いてみるだけでも、
この以上ない感動があります。
平和とは、そのようなものです。
思想が違い、人種が違い、
言葉が違う人たちを連結することです。
そのような世界を慕い、願う心です。
平和は具体的な行動であって、
漠然とした夢ではありません。


2005「天宙平和連合創設記念大会」
共に、「平和への道」フォト自叙伝 より



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2014年10月17日

<草創期の証し> 梨花女子大生たちは、こうして伝道された! 大学街に起こった統一教会旋風



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1950年代には、大学生と言えば
最高の知性を備えた人々でした。
大学街伝道を初めて二ヵ月で、
教会員が爆発的に増えました。
春の突風がひゅうと吹きすぎていったかのように、
大学生の心が一瞬のうちに変わってしまいました。


自叙伝より



昨日に続いて、姜貞遠さん、そして他の
梨花女子大の学生たちの証です。


姜貞遠さんは、教会に来て二日目に不思議な夢を見た。

姜貞遠さんの先祖が、霊界で列を作って並んでいた夢である。
中央には王様が座る立派な席があった。
姜貞遠さんは、先祖たちに敬拝(韓国式のあいさつ)をしようとすると
先祖はそれを止めさせ、最高の尊敬語を使って次のように語り始めた。

「あなた様こそ、私たち先祖の恨みを解放するおかたですから、
私たちがあなた様に敬拝をささげなければなりません」

こう言って、先祖は姜貞遠さんに敬拝した。

そして「あなたは、向こうに座っていらっしゃるかたにだけ
敬拝をしてください」と言われたのだった。

向こうに座っているかたとは、文鮮明師のことである。

             *
このような夢だけではない。
学生の中には、「統一原理」を途中まで聞いて帰ろうとすると、
足が地面にくっついて離れなくなった人もあった。
また、映画館に行こうとすると体が動かなくなり、
統一教会に行こうと思うと体が動き始めた。
このような証しは数限りなくある。

“梨花女子大学生が統一教会に大勢行き始めた”といううわさを聞いて、
学校側は統一教会に行かないよう学生たちに勧告した。

             *
なかには自分の目で確かめてみたいという気持ちで、
自ら統一教会を訪ねた学生もいた。
姜貞遠さんの友人だった朴榮淑さんも、その一人である。

彼女は人生問題について特に悩んでいたわけではなかったが、
統一教会の教理に触れて感銘し入信した。
朴榮淑さんはその後、人柄が変わったようになった。

おとなしかった彼女が、いつも小脇に本を抱えて広い校庭を走り回ったのである。
寄宿舎にいた彼女は、統一教会に行くと言えば止められるので、
ふろに行く格好をして一時間ほどかけて教会に通った。

ある日、金玉吉教授は朴榮淑さんを呼んで次のように諭している。

「あなたのような勉強しか知らないまじめな学生は、
風紀の悪い統一教会には行かないようにしなさい」

「わたしは、その教会は辞めません」

「風紀が乱れている教会に通っていると、将来、結婚ができなくなりますよ」

金玉吉教授は、このようにして朴榮淑さんを脅迫した。

朴榮淑さんは、「結婚など問題ではありません」と答えた。
朴榮淑さんは、そのときすでに再臨主のために
命をささげる決意をしていたのである。

彼女は後に寄宿舎から追い出され、父親の友人の家に入るようになった。
そのとき、朴榮淑さんは自問自答し、初代キリスト教会時代、
キリスト教徒が迫害されたことを思い起こして決心した。

「この教会は必ず発展する。十年、二十年たってもわたしは後悔しない」と。

             *
統一教会の草創期は、霊的現象が多かったことはすでに述べたが、
病気が治ったりする現象もたびたび起こった。

1995年2月1日に入信した家政科三年の鄭大和さんもその一人だ。
彼女は十六歳のとき肋膜炎を患い、後には病名も分からない病にかかり、
自殺を考えるまで深刻だった。
鄭大和さんは「統一原理」を初めて聞いた日に、何の躊躇もなく入信した。

鄭大和さんが最も知りたかったのは、死後の世界についてであった。
そのいちばん求めていたものを彼女は得たのである。
それだけではない。
教えを学んでいくうちに、体が熱くなり慟哭し、
気がつくと病気が奇跡的に治っていた。

鄭大和さんは二人の教授を尊敬していた。
一人は、前述した崔元福教授である。
梨花女子大学校の入学式で崔元福教授が紹介されたとき、
鄭大和さんがいちばん尊敬していた小学校の先生と名前が同じだった。
それ以来、崔元福教授に尊敬心を抱いていた。

もう一人は、金永雲副教授であった。
尊敬し感銘を受けた理由は、金副教授の態度が霊妙で厳粛だったからである。
イエス様の三大試練に関する金副教授の講義は、
今でも忘れることができないという。

この二人の教授については、第一章ですでに述べたが、
共に統一教会に信仰を持ったことが理由で、
1955年3月24日、大学当局から免職された。

             *
薬学科四年生の申美植さんは、次のようなケースで教会の門をたたいた。

「統一教会の『統一原理』を聞きに行かない?」
クラスメートから誘われた。

「絶対に行きません。あそこに行くと惑わされるというではありませんか?」

「あなたは大学四年生です。統一教会に行って
『統一原理』を聞いただけで惑わされるのですか? 
自分の理性を信じることができないのですか?」

その答えに、プライドを傷つけられた申美植さんは、
その反発から統一教会に行って受講した。
講義を聴くと、何ひとつ疑う余地もなかった。



統一教会に入信するときに、
霊的現象を体験する人は多いと思います。

私も4日間のセミナーに参加した後、
不思議な夢を見ました。
何か、守護霊のような先祖が現れて、
私の行く末を応援するようなことを言っていました。
その夢は、今も印象に残っていますが、
出てこられた人(女性)は先祖の中でも、
善の功労を積んだ方なのかな、そんなことを思わされました。

ともに教育センターで歩んでいる婦人も
真のお父様を証された翌日に先祖が出てきたそうです。
当時は、統一教会はマスコミを通して、
あまりにも悪い印象を植え付けられていたので、
証されたときには、物凄くびっくりして、
辞めようかどうしようか、迷っていました。
それでも、先祖が現れて、この道は間違いのない道であり、
また、自分がここに導かれるために
今まで先祖の人たちが苦労したのだと思うと、
自分は頑張らないといけない、
そんなことを思ったのだそうです。

まだみ言を聞いていない皆様、
百聞は一見にしかず、です。
過去の先輩方のように、自分の目で
直接、統一教会の門を開いて、
訪ねてきてくださればと思います。


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