2014年10月01日

「特別な人」 金永雲先生の入教、そして梨花女子大事件へ!! 〈草創期の教会〉



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あなたをイエスに導いたのは
わたし(神)である。
そして、あなたをここ(統一教会)に
導いたのもわたしである



『受難の源流』
今回は、アメリカを最初に開拓された
金永雲先生の証しです。
少し長いですが、一部だけ
省略して掲載します。


崔元福教授が統一教会に行って間もなく、
統一教会を訪ねたのが当時、社会事業科副教授であった金永雲女史(1915〜1989)である。

金永雲副教授は、1942年に日本の関西学院大学の神学部を卒業して、
1947年9月、梨花女子大学校で教鞭を執るようになった。

梨花女子大学校では、1945年から1956年までに
約40人の教授が外国に留学した。
日本帝国主義時代、教授たちの研究が沈滞したため、
学校側が奨学資金を出して海外での研究を奨励したのである。
金永雲副教授も、そのとき留学した一人であった。

金永雲副教授は、カナダのトロント大学イマニュエル・カレッジに留学し、
神学修士の学位を取得した。
韓国の釜山に戻って来たのは、朝鮮戦争期間の1952年2月のことである。
金永雲副教授は、釜山にあった梨花女子大学校の仮校舎で講義をし始めたが、
水や食物が悪かったため病気にかかった。

金永雲副教授の統一教会との出会いは、
ソウルに上ってから次のような形で訪れた。


1954年11月下旬、金永雲副教授の病は悪化し、
明日の命も分からない状態に陥った。
そのとき、「今は霊的な危機だ!」という声が聞こえ、
金永雲副教授は目を覚ました。

何かが起こると思っていると、その4、5日後、
同大学の韓忠ファ助教授と一人の男性(安昌成氏)が、
金永雲副教授を訪ねた。
韓忠ファ助教授は病床にある金永雲副教授に次のように語った。

「再臨主が韓国にいらっしゃいました。
そのかたが啓示で受けた“新しい真理”を一度聞いてください。
先生(金永雲副教授)は神学を学ばれた方ですから、
話を聞かれればそれが真理かどうかお分かりになるでしょう」

再臨主が韓国に来られたという話に、
金永雲副教授は深い関心を示し“新しい真理”を学ぼうとした。
ところがその晩、胃けいれんを起こし病院に担ぎ込まれてしまった。

金永雲副教授が統一教会の教えを聞いたのは、
韓忠ファ助教授に誘われてから1か月後の1954年12月27日である。

金永雲副教授には統一教会に行く直前、次のような出来事があった。

退院する数日前、金永雲副教授は病院長の許可を受けて、
総長の自宅で催されたクリスマスパーティーに参加した。
金永雲副教授は、金活蘭総長とは以前から親交があった。
梨花女子大学校に金永雲副教授が勤めるようになったのも、
総長の尽力によるものである。

このパーティーで、金永雲副教授が総長から依頼されたことがあった。

「統一教会の教えを聞いて、自分(総長)にその内容を報告してほしい」
という頼みであった。
その後、金永雲副教授は病院に戻り、すぐに退院した。
そして、彼女は統一教会の教えを学んだ。

金永雲副教授は、総長から指示を受けたことよりも、
“新しい真理”の内容を聞き、再臨のイエスといわれる人物に
直接、会ってみたいという動機で統一教会を訪ねた。


金永雲副教授に「統一原理」を講義したのは、前に紹介した劉孝元氏である。

当時、教会はソウルの城東区北鶴洞にあったが、
教会がみすぼらしかったため金永雲副教授には
梁允永女史の自宅で講義が行われた。
講義が始まると、隣の部屋では梁女史をはじめ
教会員が声を殺して熱い祈りをささげた。

金永雲副教授は、学生たちからも人気があり、
総長からの信頼も篤く教授たちからの評価も高かった。

金永雲副教授が統一教会の信仰を持てば、
その影響力は極めて大きなものがあった。
そのことを知っている統一教会の信徒たちは、
命懸けで金永雲副教授が「統一原理」を理解し、
統一教会の信仰を持つことができるように祈ったのである。


金永雲副教授は、かつて朝鮮キリスト教界を覚醒させた
李龍道牧師(1901―1933)に出会い、
霊的感化を受けたことがあった。

また、スウェーデンの国のために貢献した著名な科学者、
哲学者でもあったスウェーデンボルグに心酔していた。
スウェーデンボルグは晩年、霊的世界が開け霊界の実相を明らかにした人物である。


講義を聴いた二日目の夜、金永雲副教授がベッドで祈っていると
次のような声が聞こえてきた。

「あなたをイエスに導いたのはわたし(神)である。
また、スウェーデンボルグに導いたのもわたしである。
そして、あなたをここ(統一教会)に導いたのも
わたしである」



三日目の朝、起きてみると肝臓などの病気が完治していた。
四日目からは、ご飯やキムチ、肉なども食べられるほど体は快復していたのである。
それまで、講義の後の食事は、大根やほうれん草をゆでたものを食べていた。


金永雲副教授は三日間、劉孝元氏から「統一原理」を聞いた。
その期間、文鮮明師はいつも金副教授の近くに座って講義を聴きながら、
ときどき講義の補足説明をした。


金永雲副教授は後に、このときの文師について次のように述懐している。

「涙の使徒、李龍道牧師に会った後、李牧師のような
深く強い霊性を持った方にあこがれ、捜し求めていました。

文先生にお会いしたとき、このかたが
祈りと涙のかたであると感じたのです



一方、文師は金永雲副教授に会ったとき、次のような内容を語られた。

あなたは、多くの祈りをしてこられましたね。
先祖が特別なのか、
あなたが特別なのかは分かりませんが、
あなたは特別なかたです



「統一原理」を学んだ金永雲副教授は、突然、
「ここ(教会)に霊通するかたはいますか?」と尋ねた。
その後、金永雲副教授は霊通する統一教会の三人の婦人と、
静かな部屋で話し合いを持った。
その晩、金永雲副教授は文師の前で統一教会に入信する決心を明らかにしたのである。

教会員は、その光景を見て感激して歓声を上げた。
大きな拍手が続き、金永雲副教授の入信の祝宴が催された。
彼女が統一教会に入信したのは、1954年12月30日のことである。


金永雲副教授は、その後すぐに金活蘭総長に会い、
統一教会で見聞きしたことを報告した。
総長は興味をもって聞きながら
「もっと聞きたいので、またわたしのところに来て話をしてほしい」とまで言った。

ところがその後、総長の態度がなぜか豹変した。
総長は金永雲副教授を呼んで、こう詰問している。

「あなたはなぜ、統一教会にこのように没頭しなければならないのですか? 
もっと客観的にその運動を研究することはできないのですか? 
統一教会の教えは、梨花女子大学校の
伝統的な信仰(メソジスト派)とは違いますが、
どうしてもその教会の教理を信じなければならないのですか?」

そのとき金永雲副教授は、
「わたしにとって宗教は生活の手段ではなく、生死の問題です。
統一教会の教えが天の啓示であり、真理であることを知った以上、
傍観しているわけにはいきません」
と、述べた。


このころ、(梨花女子大の)チャペルで司会を担当しだ燦善校牧は、
激しい声で興奮を隠しきれずに次のように語っている。

「最近になって、統一神霊会という邪教団体が幽霊のように横行しているが、
残念ながら梨大生20余人がこれに感染し、学校を顧みないほどである。
これらの教え子を救出するため調査に行った3人の教授までも、
その邪教に染まってしまった。これはあまりに嘆かわしいことではないか」     
   (『梨花100年野史』301ページから)


総長が、金永雲副教授を呼んで問いただした一週間後、
総長は再び呼び、こう語った。

「金副教授! 教室やキャンパスで統一教会の話はしないで、
個人の信仰としてのみ留めてくれればいいのです」

「総長! 全世界がわたしの教区です。
でも総長がそのように言われるのでしたら、
梨花女子大学校だけはわたしの教区から除きますからご安心ください」


統一教会の教えを聞いた教授たちは、
授業や説教で統一教会のことを黙っていることはできなかった。
「統一原理」に触れた喜びと感動を抑えることができなかったからである。

大学内では、金永雲副教授が異端と騒がれている
統一教会に入信したというニュースが広まり、
多くの学生たちが統一教会に通い始めた。


ある日、総長は金永雲副教授に沈うつな表情で、次のように訴えた。
「わたしは金先生をこの大学から出ていかせたくない。
わたしの心がどれほど苦しんでいるか分かってほしい」

「総長の恩に背くことなく、長くこの大学のために働き、
今までの総長の愛におこたえしたい」と、金永雲副教授は答えた。

「もう一度、考え直してほしい」と総長は語ったが、
学校当局はいつまでもこのような状態を放置することはできなかった。
総長から金永雲副教授に簡単な手紙が送られてきた。
手紙の要旨は次のようだった。

「統一教会の信仰を取るか、大学で教鞭を執るかの二者択一にしてほしい」

金永雲副教授は、総長に次のような内容の手紙を書いて送った。
「総長から受けた恩にこたえるために、長く貴校に奉仕しようとしましたが、
それができず申し訳ありません。
しかし、わたしが選んだ道は誤った道ではないばかりでなく、
万人が従ってこなければならない道であることを
いつか分かってくださることでしょう。
そのときを待ちながらお別れのあいさつといたします」

総長は金永雲副教授が再び自分に会いに来るものと思っていたが、
同副教授は書面で総長に返答したのだった。

こうして、五人の教授たちが梨花女子大学校を免職になるという事件が起きた。


同副教授は、統一教会に来る以前から、
「真理を人に伝えることこそ、永遠に価値あることである」
という信条を持っていた。
真理を伝えることに最高の価値を見いだしていた金永雲副教授は、
統一教会に入信した4年後の1959年、
最初のアメリカ宣教師として渡米した。



梨花女子大学の金活蘭総長は
金永雲先生からみ言を聞きました。
その時、とても関心を持ち、
「もっと聞きたいので、また話をしてほしい」
とまで言ったのです。

しかし、その後、受け入れることができませんでした。
第三者の口ぞえなのか、
本人が大義名分を優先させたのか、
詳しいことはわかりません。
位置のある人が受け入れるというのは、
改めて簡単ではないと思います。

金永雲先生は、日本にも留学されていたので、
日本語も上手だったことでしょう。
また、カナダに留学され、英語も堪能でしたし、
いろんな意味もあり、アメリカの最初の宣教師になりました。
金永雲先生の「統一神学」をかつて読んだことがありますが、
神学にもたけた方であると思います。

路傍伝道をしていると、
このように昔歩まれた大先輩が、
霊界で私たちを協助していると感じることがあります。
見えたり、聞こえたり、ということは全くないので、
ある意味『思い込み』の世界かも知れませんが、
とても感じさせられることがあります。

そういう大先輩たちの苦労の歩みの土台で
今の私たちがあるし、私たちの歩みも
大先輩の協助の中で大きく実らせていきたいと思います。


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